第11話:女の子は着飾るもの
その日、ティアの機嫌はとても良かった。思わず鼻歌を歌ってしまうほどだ。自分の新しい服にワクワクしているのだ。シェルミーから服が出来たとの連絡を貰ったのは昨日である。シェルミーがわざわざ店に来て知らせてくれたのだから、これは期待できるに違いない。
いつもより早めに店をしめると、シェルミーの仕立て屋のガーベンへ早足で向かった。今日も客は少なかったが構わない。今日は恐らくミリィは来ない気がする。理由も確証も無いが、ティアの勘はよく当たるのだ。これぞ森で鍛えられた第六感。
ガーベンの店内には先客が居た。恐らくオーダーメイドなのだろう、先客の貴婦人は見たことの無い服を着ている。どうやらティアと同じで注文した服を受け取りに来たようだ。出来上がった服を待ち遠しそうにしていた。
(私もあんな目をしているのだろうな)
早く出せと言わんばかりに輝く瞳は、恐らく自分と変わらないのだろう。ティアが入店したことにも気付かずにそわそわとしていた。新しいものを買う時が一番楽しいのだ。新しい何かが始まりそうな期待が貴婦人の胸を躍らせる。
やがて、店の奥からシェルミーが出てきた。今日も変わらず男性のような服装をしている彼女は、なんとも美しいドレスを用意した。店内だというのに太陽の光を吸ったような輝きだ。
「こちらになります。どうぞ」
「まぁ……! 無茶な注文だったでしょうに、本当に出来上がったのね!」
「私も初めて作りましたよ。気に入っていただけましたか?」
「バッチリよ!」
受け取った貴婦人は満足そうに笑う。ティアには分からないが、到底真似できないような技術が使われているのだろう。貴婦人の顔を見れば注文以上の品であることは間違いない。
ちなみに、初めて聞いた彼女の敬語は違和感しかなかったがティアは何も言わなかった。
「流石シェルミー! 帰って早速着てみるわ!」
本来は従者が受け取りに来るのが普通であるが、我慢できずに本人が来てしまったらしい。従者に支払い任せると、彼女はさっさと帰ってしまった。きっと家に帰ったら真っ先に着替えるのだろう。そして鏡の前でくるくると妖精のように舞うに違いない。
「お待たせ、ティア。付いてきて」
「……私以外の客は初めて見た」
「ふふ、結構儲かっているのさ。皆からは変人だの趣味が悪いだの言われるが、このデザインを好きだと言ってくれる人も居る。中にはさっきの客みたいに中層部の人も買いに来てくれるのさ」
二人の間に敬語は無くなっていた。服の完成が待てなかったティアは、毎日のようにガーベンへ遊びに来ていたのだ。二人が仲を深めるのもそう時間はかからず、今では友達のように接している。
ティアは店の奥へ案内された。姿見や衣装棚がずらりと並んでおり、話しながらティアに渡す服を用意するシェルミーの顔はどこか嬉しそうだ。
「実は、ティアには親近感を感じているんだ」
「どういうところに?」
「そうだね……他人とは違うことをしているところかな。例えば他の店には無いものを売っている、とか」
「なるほど。確かに私の花は他では手に入らないと思う」
「そうだろう? ほら、これだ」
シェルミーが一着の服を手渡した。ティアは早速着ていたコートを脱いで着替えようとする。透き通るような肌が
「おお、ここで着替えるのか。大胆だね」
「うん、別に私は気にしない」
「私が驚くのさ、全く……姿見だ。ゆっくり見てみな」
そんなことより早く服を寄越せ、と言いたげなティアに、シェルミーは呆れた表情で姿見を渡した。ティアは鏡に映る自分をまじまじと見つめる。大きさは当然ながら丁度であり、流石はシェルミーだと改めて感心する。
「どうだい? 必要かは分からないけれど、可能な限り軽い素材にしてみたんだ」
くるくると回るティア。シェルミーの声が遠く聞こえるような錯覚。感覚が薄まっていく中、ただ鏡に映る姿だけが情報となって頭に入る。
「うん……良いね、すっごく」
そこには見たことのない自分が映っていた。
髪と同じ藍色を基調とした服。所々に白いアクセントが入っているのは同じく髪色を意識しているのだろう。全体的にタイトなスタイルはティアの華奢な体によく似合っていた。
「意外だよ。肌を出すと言っていたからもっと派手なものだと思っていたけど」
「甘いねティア。ただ見せればいいって話じゃないんだ。むしろチラ見せすることでその魅力を引き上げているのさ」
「そんなものか」
「そんなものさ」
この服装なら今度の依頼人にも失礼がないだろう。ボロコートから綺麗なドレスに生まれ変わった。花屋の自分には勿体無いほどの逸品だ。
「あ、シェルミー。ちょっと後ろ向いててくれる?」
「了解」
シェルミーがこちらを見ていないのを確認すると、ティアは仮面を外した。仮面を付けていない本当の自分。鏡にはあの日見殺しにした少女の顔が映っていた。しかし、久しぶりに見た自分の顔は、面影を残しつつも少し変わったような気がする。それは瞳か、髪色か、それとも服装によるものか。もしかしたら記憶が少しずつ色褪せているのかもしれない。
少女の体を借りて始まったこの生活だが、自分はここに確かに生きている。偽物ではない、本物の自分だ。
(これはユースティアではない。これはティアだ)
そう言い聞かせるように、ティアは心の中で呟く。いつの間にか芽生えた罪悪感を誤魔化すように。今、鏡の前で素敵な服を着た少女はユースティアではない。それが確認できただけで充分だった。ティアは再び仮面を付けると、シェルミーへ声を掛けた。
「もう大丈夫だよ」
「その様子だと気に入って貰えたみたいだね」
「うん、気に入った。ありがとうシェルミー」
「そりゃ良かった。こちらこそ楽しかったよ」
代金を支払って店を出た。まるで生まれ変わったような気分だった。道行く人々の視線が今までと違うように感じる。嫌悪から羨望へ。無関心から興味へ。街を歩くのが楽しい。そう感じるのが随分と久々だった。
「いや、少し大げさか」
まあいいや、とティアは心の中で思った。そうだ、帰る前に鏡を買おう。ついでに服を掛ける場所も必要だ。お金がまた無くなってしまうかもしれないが、これは仕方のない出費だ。玩具以外の楽しみが増えたのだ。
日々が変化する。森では味わえなかった未知の感覚。それがこんなにも満ち足りるものであると改めて知った。
「ふふ……私はどうやら可愛いようだ」
今までは関心すら無かった自分の姿だが、今は少し違う。鏡に映る自分を可愛いと思った。恐らく人とゴーレムでは感覚や価値観が異なるだろう。ティアの感じ方とシェルミー達の感じ方は違うかもしれない。そもそも、元々ゴーレムに感じ方も価値観も無い。それでも、ティアはあのとき鏡に映る自分を認めることが出来た。今はそれでいいのだ。それだけで充分なのだ。
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