第7話:仕立て屋ガーベンと奇才の店主


 次の日、店を訪れたミリィは元気がない様子だった。昨日のことが関係しているのだろう、とティアは予想する。そんなミリィだったが、ティアに会った瞬間元気になった。新しい花が売られていたからだ。昨日のうちに新しい花を採取して良かったとティアは思う。霧を出し続ける白い花は飾れた商品の中でも少し異色だった。


「すごい! こんな花もあるのね!」

「新商品だよ。しかも今だけの限定品」

「限定! その言葉はずるいよ~。買いたくなっちゃう……」

「ゆっくり見ていってね」


 楽しそうなミリィを見て、別人のようだとティアは思った。昨日の生気を感じさせない彼女とはまるで正反対である。もしや別人だったのかと不安になるくらいだ。


「買っていく?」

「うー、欲しいけどこの前買ったお花があるから諦める……」


 そう言いつつも、その瞳は諦めきれていなかった。名残惜しそうにしている姿もまた可愛らしい。ふと周りを見渡せば、街行く人達がちらちらと視線を向けていた。視線の先は可愛らしいミリィか、それとも店先に並ぶ珍しい花か。今売られているのは良い香りのする花とほのかな光を放つ花、そして霧を出し続ける花の三種類だ。どれを取っても他の店では絶対に置いていない花である。


「そう言えばお姉ちゃん、このお花達はなんてお名前なの?」

「名前? そんなの無いよ」

「ええ! 勿体無い! こんなにきれいなのに!」


 信じられない、という目をされるが仕方がない。未開の森に生えている花に名があるはずがないのだ。気にしたことも無かったのである。だが、確かに勿体無いとティアは思った。名というのは大事なものである。ミリィやマリエッタが自分の名を呼んでくれるのは思っていた以上に嬉しいのだ。ならばこの花達にも名がいるのだろう。


「名前、か」


 どうしたものかと悩んでいると、ミリィに続いて来客が訪れる。


「お、今日はお客さんがいるじゃない」

「マリエッタさんいらっしゃい」


 今日も元気なマリエッタ。陽気な笑顔は見る人を安心させる。ティアにつられて、花に夢中だったミリィが顔を上げた。


「ミリィ、こちらはマリエッタさん。ミリィと同じ常連だよ」

「初めまして! ミリィです!」

「まあ可愛い! マリエッタよ、よろしくね」


 ミリィの可愛らしさにマリエッタはいちころだ。面倒見の良いマリエッタは案の定子供が好きなようだ。よろしくと言いながらミリィの柔らかい髪を撫でている。


「マリエッタさん、今日はどうしました?」

「冷やかしにきた」

「怒りますよ?」

「冗談さ。ティアちゃんにとって良い話をもってきたんだ」


 そう言うと、マリエッタはポケットから一枚の紙を取り出した。紙には街の地図、中でもある一部分が強調して描かれている。恐らく依頼人の家であろう。


「ティアちゃんをご指名だ。しかも、中層部のお金持ちだよ」

「中層部? そんな人がなんで私を?」

「庭の花壇をみて欲しいそうよ。その上で花壇に合う花がないかの相談だって」

「ふむ……分かりました。ありがとうございます」


 ティアは地図が描かれた紙を大事にしまった。初の指名だ、嬉しくないわけがない。表情は見えねども、嬉しそうな様子がマリエッタにも伝わった。良い仕事をした、と満足そうなマリエッタ。


「そうと決まれば、やることは一つね」

「やること?」

「あら、そのままの格好で行くつもり?」


 ティアは自分の服を見下ろした。丁度昨日、買い替えようと思ったところだ。いい機会かもしれない。ちなみに金はある。ミリィが度々買いに来てくれる上に、ティアは食費がかからないからだ。客はまだまだ少ないが、貯金は少しずつ増えているのである。


「まぁ……確かに」

「でしょ? さ、買いに行くわよ」

「今からですか?」

「そうよ。どうせ客は来ないんだし、さっさと行きましょ」


 その通りのため言い返せないティア。確かに客は来ないだろうが、面と向かって言われると少々傷付くものである。しかし、そんなティアはお構い無しに、どんな服にしようかと彼女の妄想は膨らんでいた。マリエッタ、子供好きの血が騒ぐ。腕の見せ所だと燃えていた。


「ということで、ごめんねミリィ。今日は店仕舞いにするよ」

「はーい! 私も行きたかったけど、ちょっと用事があるの……」

「あら、そうなの。じゃあミリィちゃんはまた今度行きましょ。もちろん皆で!」

「うん! いく!」


 またね、と手を振りながらミリィは去っていった。ティアは手早く店を片付けると、ぶつぶつと呟いているマリエッタを横目に買い物の準備をする。服を買うのはもちろん、誰かと買い物に行くのも初めてだ。期待か緊張か、胸の高まりを静かに感じていた。


 ○


「ここですか?」

「そう。マリエッタさんおすすめ、時代の先を行く仕立て屋“ガーベン”さ」


 アンティークな装飾の扉を開けると澄んだ鈴の音が鳴った。続いて、店の奥から人が歩いてくる。店内は洒落た服から優雅なドレスまで様々な服が展示されていた。中には混沌としたトーカスでも着るのをはばかれるような服もある。むしろ、街中では見かけない奇抜な衣服のほうが多いかもしれない。もっとも、センスは抜きにしても服の仕立てはとても良かった。幅広い種類を手掛けていること、また、店主の腕の良さが見て取れる。


「いらっしゃい。あぁ、マリエッタか」


 店の奥からハスキーな声が聞こえた。現れたのは店主と思われる女性だ。


「ここは相変わらずだねぇ、シェルミー。売れてないんでしょ?」

「街の奴らは何故理解できないんだろうね。いつまで古くさい殻に閉じ籠っているんだか」

「あんたの言う、その古くさい服を仕立てればもっと売れると思うけどね」

「それはつまらない」


 そう言うと店主はティアに目を向けた。彼女と目があったティアは「なるほど」と納得した。マリエッタの言う通り、確かに時代の先を行ってる。主に彼女自身が。


「そちらは?」

「今日はこの子に服をお願いしたいのさ。見ての通り、仮面に合うようなやつをね」

「ほう」


 シェルミーの目が光った。驚いたような表情を浮かべた後、その顔をにんまりと歪める。まるで世にも奇妙な生き物を見つけた探求者みたいだ。一瞬だけ冷たい冷気が店を駆け抜けた。


「よろしく。私はシェルミーだ。面白い素材をありがとう」

「客を素材呼ばわりするんじゃないよ。ごめんねティアちゃん、悪い奴じゃないんだ」

「よろしくお願いします。ティアです」


 シェルミーはなおも笑っている。肩ほどまでの非対称アシンメトリーな髪型はトーカスでも珍しい。街中を探しても恐らく彼女ぐらいだろう。そして、似合うのも恐らく彼女だけだ。深い茶色は落ち着いた印象を与えるが、性格はどうやら違うらしい。女性では珍しいパンツスタイルも恐らく彼女のデザインと思われる。


「それにしても随分と使い古したコートだね」

「はい、色々と」

「ふーん……まあいいや。ついでに要らないならコートも買い取ろうか?」

「いえ、まだ使うつもりなので」

「おっけ。じゃあ採寸するから取り敢えず脱ごっか」


 ティアは言われるがままにコートを脱いだ。白く細い肌があらわになる。外は少し肌寒かったが、ティアはそのような素振りを全く見せなかった。


「綺麗な肌だね、まるで人形みたいだ」

「ほんとに! 隠しているのが勿体無いくらいだよ」

「確かに隠しているのは勿体無い。よし、肌を出す方向で考えようか」


 本人の意思は関係無しに、シェルミーの脳内は加速していく。採寸しながらも、服の図面は着実と出来上がっていた。


「はい腕上げて――はい次――」


 本当に測れているのか疑うほどの速さで採寸していくシェルミー。ティアは素直に感心した。恐らく、腕だけならばトーカスでも有数の仕立て屋だろう。センスがいささかずれているだけで。否、彼女の言葉で言うならば「先進的」だ。


「ふむ、採寸は終わったわ。デザインについてはまた相談しましょう」

「分かりました。場所はどうしましょう?」

「そうね、また暇な時にこの店に来てちょうだい」

「あら、ティアちゃんはいつも暇そうよ」

「やめてください、言い返せないので」


 軽口を言いつつも予定より早く採寸は終わった。時間が余ったため、ついでに店の商品を見せてもらうことにする。シェルミーは作業机に座り、悶々と案を考えていた。展示している服の数は少なく、木で作られた棚には沢山の布が入っていた。恐らくオーダーメイドが中心なのだろう。机の上には手袋等の小物が売られている。


「このお店はシェルミーさんが一人で?」

「そう。元々親とは仲が悪くてね。家を出て一人で経営してるのさ」


 様々な色で溢れているにも関わらず、どこか寂しい雰囲気が漂うのはそのせいかもしれない。まるで時間が止まったような空間だ。人の住む気配が薄いという点ではティアに通ずる部分もある。



 売り物を眺めたりシェルミー達と話しているうちに、外の景色がいつの間にか赤く染まり始めている。普段ぼーっと店番をしているティアは、こんなにも時間の流れが早いのかと驚いた。楽しい時間はあっという間に過ぎ去るのだ。


「もうこんな時間だったのですね。そろそろ帰ります」

「あら、本当ね。店の仕込みもあるし私も帰ろっかな」

「シェルミーさん、また来ますね」

「はいよ。またおいで」


 シェルミーは片手をひらひらと振りながら見送る。ティアとマリエッタが去り、仕立て屋に残るはシェルミーだけ。二人が帰った後の店内は静けさに包まれた。


「さて、デザインを考えるか」


 シェルミーは再び机に向き直った。友人が連れてきた奇妙な客。波乱が起きそうな気配に店主は胸を踊らせる。久しぶりに気合い入れるか、とシェルミーは腕をまくった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る