第5話:私の大事な常連客
店主が客を呼び込むために声を張り上げ、濁流のような人が行き交う中、ポツンと店を構える店があった。立て札に店名は書かれておらず、ただ花屋であることしか分からない。粗雑な店構えだ。しかし、店先には珍しい花が並べられた。仄かに光を放つ花や香水のように良い香りのする花など、どれも見たことがないようなものばかりだ。しかし、商品が売れた形跡は無く、賑わいの中でそこだけポッカリと空いたかのように閑散としていた。
(暇……)
手持ち無沙汰な様子のティアは木箱に座って店番をしている。いざ始めてみたものの、なかなか客が寄り付かないのだ。その理由は単純。店が安っぽい上に店主のティアが怪しいからである。道行く人々はちらちらと目線を向けてくるため、興味は持たれているはずだが立ち寄ってくれない。
何度目か分からないため息をつき、今日もまた客無しかと諦めていた頃のことだ。夕陽に照らされて小さな影が店先に現れた。顔上げると見覚えのある少女が立っている。
「あれ、君は?」
「こんにちは! やっぱりあの時のお姉ちゃんだ!」
その正体は以前にティアを褒めてくれた少女だった。白銀の髪がサラサラと風に揺れている。以前会ったときには気が付かなかったが、上等な服を着ている辺りどこかの令嬢かもしれない。くりっとした目はあの日と同じくキラキラとしていた。
「わぁ~、綺麗なお花! お姉ちゃんは花屋だったんだね」
「そうだよ。て言っても、最近始めたんだけど」
少女は初めて見る花に興味深々だ。鉢を持ち上げてくるくると回る少女を見て、ティアも仮面の下で微笑む。可愛らしいと純粋に思った。そして、そう思う自分にちょっと驚いた。人に興味を持って始めた街暮らしだが、思いの外馴染んでいたらしい。まだどれにするか迷っている少女だったが、やがて一つに決めた。仄かに光を放ち続ける花だ。名前はティアも知らないが森ではよく見かける花だった。
「これにするわ!」
「まいど。そういえば君、名前は?」
「ミリィよ。お姉ちゃん、また来るね!」
元気に手を振る少女は人混みの中に消えていった。その日は結局ミリィ以外に客が訪れることは無かったが、初めて出来た客にティアは喜んだ。遅いスタートではあるが着実に進んでいる。それだけでティアは満足だった。
○
ミリィが訪れて以降、少しずつだが売れるようになっていた。ミリィが常連として買いに来てくれるようになったのが理由の一つである。可愛らしい少女が度々訪れることで店に対する警戒心が下がったのだろう。高そうな服を着ているミリィは下層部においてよく目立った。ティアの始めた花屋は何とか波に乗り始めたのだ。
「やっほー、ティアちゃん」
「マリエッタさん、いらっしゃい」
にこやかに現れたのは常連客のマリエッタだ。少し癖のある橙色の髪が特徴の女性である。気さくな性格をしており、実家の料理屋で飾る花をいつも買ってくれるのだ。今日は既に買い物を済ませたらしく、両手にたくさんの食材が入った袋を抱えている。
「ごめんね。今日は特に買うつもりはないんだけど、会いに来ちゃった」
「いえいえ、来てもらえるだけで嬉しいです」
「あら、嬉しいこと言っちゃって」
機嫌良さそうに笑うと、袋から一つの果実を取り出した。
「はい、餞別だよ」
「ありがとうございます……また後で食べますね」
小さいが濃厚な甘味が特徴で、トーカスでも人気のある果実だ。小さな子供達がよく美味しそうに食べているのを目にする。ティアは大事そうに鞄へしまった。
「最近店の調子はどう? 売れてる?」
「うーん……旅人がたまに買ってくれますが、固定客はまだまだです」
「そっかそっか、じゃあ私は大事な常連客ってわけだ。アッハハ!」
快活と笑うマリエッタ。明るい性格は店でも評判で、看板娘なのだそうだ。
「実際ありがたいですよ。こんなナリですから客も寄り付きませんし。せめて店だけでも綺麗な出来たらいいんですけど」
「その仮面を外しちゃえば……」
「無理です」
「だよねぇ。まあ、気長にやるしかないね」
仮面の理由は当然話していないが、その辺りを察してマリエッタは特に聞こうとしなかった。そういった部分が彼女の人間性をよく表しており、実家の料理屋で人気なのも頷ける。
「でも、ティアちゃんの花は評判いいよ? お客さんからいい香りがするって好評なんだ」
「それなら良かった。ついでに宣伝しておいて下さい」
「おお、ちゃっかりしてるね。マリエッタさんに任せなさい!」
「ありがとうございます。また良いの入ったら真っ先にお伝えしますよ」
「それは楽しみだ。じゃ、またねー」
やがてマリエッタが去ると店には静けさだけが残った。実は店先に並べてない花はまだあるのだ。いつも腰かけている木箱の中には
そういえば、とマリエッタから貰った果実を取り出した。いい具合に熟した赤い果実は一般的に見るならとても美味しそうである。しかし、残念ながらティアは土くれだ。
「……いただきます」
仮面をずらして果実にかぶり付くと、プシュッと果汁が溢れ出た。血のように赤い果汁はきっと甘いのだろう。もしかしたら酸味があるのかもしれない。果肉の感触はどんなだろうか。そんな妄想をしながら、
美味しそうな匂いに釣られる人間の姿、もしくは、幸せそうに食べる姿をティアは羨ましいと思っていた。生身の肉体を持たぬティアにとってそれは、決して味わうことの出来ない感覚だ。いくら望んでも手に入らない種族の壁。
「ま、仕方がないか」
種ごと飲み込むとティアは店番を再開した。自分はゴーレムなのだ。だから仕方がない。そう言い聞かせながら、叶わぬ夢を心の中にし舞い込み、手に持ったおもちゃで気持ちを誤魔化す。結局、その日の客はマリエッタだけだった。
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