第4話:思い出話と森の花


 お金の稼ぎ方が分からない。結局答えの出なかったティアは、行きつけの露店で聞くことにした。露店で賑わう表街道の端、誰も寄りつかないような品揃え。店主は各国の宝だと豪語するが、普通の人から見ればガラクタばかりだ。


「金の稼ぎ方を知りたい?」


 出会い頭に妙な事を聞かれた店主は、薄くなった頭を擦りながらティアに聞き返した。


「そりゃあまた、いきなりだな。そんなの働けばいいだろ」

「どうやって仕事を探すの?」

「んなもん知るか。やりたい事をやればいいじゃねーか」

「やりたいこと?」

「あぁ。まずはそのヘンテコな仮面を外してからだな。素顔の分からん奴など雇って貰えないぞ」

「ヘンテコ……」


 ティアはお気に入りの仮面をヘンテコと呼ばれて少しショックを受ける。しかし、実際問題外すのは難しいだろう。元になった少女・ユースティアは、命を狙われて殺されたのだ。もしも、死んだはずのユースティアと同じ顔の少女が街を歩いていたら大問題である。


「んー、難しいなぁ。いっそここで雇ってよ」

「無理だ」

「そこをなんとか!」

「お前が怪しいとかじゃなくて、単純にうちは人手がいらん。売り子なんざ俺一人で充分だからな」

「うーん、そっかぁ」

「悪いな。また来てくれ」


 お礼に商品を一つ買って店を後にした。また金が減ってしまったが仕方ない。また軽くなった巾着袋を腰に下げ、行く宛無く街をさまよった。表街道は食べ物を売っている露店が半分近くを占めている。人気のお店は外にテーブルを置いて客を呼び込んでいた。それによって更に道幅が狭くなり街路の密度を高くする。


(相変わらず人が多い)


 森では見たことのない人の波だ。逆に雑貨や道具を売っている店は比較的に人が少なく、それがティアにとっては心地良かった。珍しい掘り出し物を目当てに露店を漁るのは楽しいものである。


 ○


 やがて錯綜とした街路を抜けると、落ち着いた雰囲気の広場に出た。中央には大きな一本の樹が立っており、その周りを綺麗な水が流れている。トーカスに張り巡らされた水路は人々の生活に欠かせないものであり、同時にトーカスが水の都市と呼ばれる由縁でもあるのだ。ベンチには恋人と思われる男女や老人が座っており、のどかな雰囲気が流れている。ティアはその内の空いてるベンチに腰かけると、ぼんやりと空を見上げた。


「平和だな」


 同族との殺し合いとかけ離れた生活だ。いつの間にか慣れてしまっていたが、昔の自分からは想像もつかないような生活を送っている。スラム街で見た少女の死、そこから始まった街での暮らしはとても刺激的だ。正体を隠しながらの生活はいささか息苦しい部分もあるが、店主を始めとした街の人々との交流は楽しいものである。


 こうして見上げる空が広いのも慣れた。森にいた頃は、大樹に囲まれて空を見上げることは無かった。それに、森での生活は常に危険と隣り合わせだ。同族に遅れを取るようなことは無かったが、霧に住まう化け物達に狙われたらひとたまりも無いからだ。心休まる場所も、話す相手も居ない環境にはもう戻れないだろう。


「いや、話し相手はいたか」


 思い出せば、話し相手はいた。あれは奇妙な“猿”だ。ティアを含め、あの森で喋る魔物は珍しい。長く森で暮らしてきたが、後にも先にもあの猿だけだ。話し掛けてきたのは向こうからだった。気配を感じさせずに近づかれて驚いたのをティアは憶えている。互いに敵意が無いと分かってからは、たまに交流があった。当時は煩い奴だと思っていたが、今にして思えばあの煩さが懐かしく感じられる。


 こんなことを思い出すのは、もしかしたら広場の樹が森の大樹に似ていたからかもしれない。空を覆う大樹の下、生を感じる余裕すらなかった過去。あの過酷な環境をよく生き抜いたなと自分を感心する。褒め称えてあげたい。あの森を生き抜いたのは最早奇跡なのだ。だから、多少盗みを働いたことは許してほしい。そうだ、自分は悪くないぞ。



 現実逃避気味なトリップは加速する。この体を得た日、初めて人を殺した。「人は想像以上に脆い」と驚いたものだ。人の言葉で言うなら、あれは恐らく正当防衛である。ティアにとっては不思議なことだ。人殺しを悪とする人間達だが、自分を守る為の殺しは罰しない。同じだろう、とティアは思う。殺された者は弱かっただけなのだから。強い者が生き残るのは自然の摂理である。ティアはそうやって生きてきた。



 そんな思考の海から帰ってきたのは、ベンチに座ってから随分と時が経った頃だった。ふと、広場の樹に目を向けると樹の足元には色鮮やかな花が咲いている。そういえば、表街道では花売りの露店も繁盛していたなぁと思い出す。


「……そうか、花屋か」


 微睡みの森には様々な花が咲いていた。不思議な香りのする花、夜に光を放つ花、花粉で獲物を誘う肉食花。恐らく人の街では目に掛かることのない花が数えきれないほどあるはずだ。これらを街で売ればどうだろう。人々は珍しい花へ興味を持つに違いない。

 咄嗟のアイディアだが、悪くないとティアは思う。ちゃんと花を選べばうまくいくのではないだろうか。話題になると怪しまれるかもしれないから慎重に選らばなければいけないが、やるだけの価値はあるように思われる。


「うん、いいかも」


 ティアは動き出した。花屋ティアの誕生だ。きっとうまくいく。ティアは明るい未来を思い描いた。



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