2-102.エピローグ-罰の終わりと始まり

その後、ほたる以外の、作戦に参加した心苗コディセミットたちは、『身体フィットネステスト』の再テストを無事に受けることができた。そのおかげで、事件のために低評価となることを回避することもできた。


 守護聖霊を失ったハイニオスの柱の間には、ダイラウヌス機関に指名された『源将尖兵マージスター』がガードとして、柱を守護するために配置された。その措置は、一年に一度の降霊祭の日まで続く。


 事件に関わった2年A組の心苗は、機関と学校の審判庭に所属する実行公安捜査委員会――ロッドレン会の取り調べを受けた。そしてその判決として、全員が校内の巡回労働の罰を受けることと決まった。

 具体的には、第三カレッジの治安風紀隊であるメビウス隊の監督の下、一ヶ月間、学校の辺境エリアにおいて、魔獣や不審者の排除または捕獲をすること。そして、その功績は実績には反映されないというものだ。

 さらに六ヶ月間は後継観察を受けることとなる。その間に重要施設への侵入や破壊行動が見られれば、今度こそ本格的な罪に問われる。


 そして、一連の事件の解決から一週間が過ぎた。


 義毅よしきとの約束があり、のぞみは事務棟―カウスティルを訪れていた。事件は終わったというのに、のぞみはどうもすっきりしない表情で過ごしている。


 教員たちの席があるエリアまで来たのぞみは、食欲をそそる匂いと、ズルズルという音を聞く。義毅の席まで着くと、彼はカップラーメンを食べていた。


「豊臣先生」


 義毅はのぞみを見ると、ズルッと麺をすすり、口の中の物を丸呑みする。


「来たか」

「はい、どうされましたか?」

「何だ、お前覚えてないのか?今日はお前の罰が終わる日だぜ」


 のぞみはそう言われて初めて、手首の縄をちらりと見た。


「そうでしたか……あまり考えていなかったです」


 ずっと頭がいっぱいののぞみは、放心したように義毅に応えた。


「ほら、手首を出せ」

「はい」


 机の上にはボトルクリッパーのような道具が置いてあった。金でできたその道具には、謎の紋様が刻まれている。呪いの章紋を断ち、罪と罰を斬るための執法道具だ。


 大人しく差し出された右手の裏側の縄を、義毅はあっけなく切り取る。


「よし、これよりお前には操士ルーラーのスキルの使用を認める。勿論、ルールは知っていると思うが、もし宝具を創りたい時は簡単なものから創って実績を積み、そのレベルに達するまでは我慢しろ」


「はい、有難うございます」


 それからのぞみは、慎重に切りだした。


「先生、ツィキーさんはどうなったんでしょう?まだ判決は出ていないんですか?」

「いや、結果は出てるんだけどな、公式の発表はこれからだ」


 事件の被害者には、二度と犯人とは顔を合わせたくないという者も多い。そのため、被害者本人からの特別申請がない限りは結果裁決書が手に届くまで犯人と会えないのが原則だ。これは、被害者を守るためのルールである。


「お前、審判庭に出たいのか?」

「はい。もし可能なら、ツィキーさんと話したいです」


 義毅は一瞬目を逸らすと、声のトーンを落として応えた。


「うーん、残念だが、お前とはしばらく会えないだろうな」


「そうなんですか……」と、のぞみは肩を落とす。


「結果裁決書は近々届くはずだ。それまで辛抱しろ」

「……書面の裁決書には私の案件以外のことは書かれていないですよね?結果内容も、詳しくは知らせてもらえないと思います」


 のぞみはずっとジェニファーを心配していた。

 そんな彼女の気持ちを、義毅も理解していた。もし何も教えてもらえなければ、のぞみはずっと気がかりなまま、放っておくことも忘れることもできないだろう。


「神崎、そこに書かれている以上のことはシークレットだ。ツィキーがお前に知らせたくないのかもしれないぜ」

「……そうですね、もしツィキーさんが教えたくないだけなら仕方ないんですが……」


 未練ありげな顔を見て義毅は、のぞみがそこまでジェニファーにこだわる理由が知りたくなった。


「ハハ、そうだな。ツィキーは特別に要求していないだろうな。だが、お前何でそこまで知りたがるんだ?もうお前とは関係のないことだろ?」

「いえ。ツィキーさんは共に戦った仲間です。私は本件の関係者として、知る権利があるのではないでしょうか?」


 のぞみジェニファーに対する思いに区切りを付けるには、判決の内容を知らせるしかないだろう。義毅はそう考えた。


「……ツィキーは停学になる。つまり学籍は保留される。だが、治安風紀隊の資格は取り消し、将来的にも『尖兵スカウト』のテストを受ける資格を失う。そして、当面はハイリスクの救助や支援任務を受ける。おそらくは、救った命が、奪った命の数に達するまでは、戦闘任務を受け続けることになるだろう」


「退学にはならないんですか?」

「組織に脅かされていたという背景は考慮される。それに、実はあいつが殺したほとんどは、問題のある人物だったんだ。ルールを犯し、治安風紀隊の取り調べを拒否したうえ、攻撃するような奴らだ。風紀隊の実行勤務妨害ということで、ツィキーの罪状が軽減されるという判断になった」


 フェイトアンファルス連邦では、人の命、つまり人材がとても大切に扱われる。大罪を犯した者であっても、すぐに死刑になるということはない。危険な仕事を受けさせ、その仕事では実績ポイントを計上しないといった形で罪を償わせる仕組みだ。

 ジェニファーはまだ若く、戦士としての才能にまだ伸びしろがあり、人材として磨くことができる。そういった判断が、彼女の学籍が保留されている理由になっている。


「それなら、またツィキーさんに会える日もやってきますね」

「それはあいつが、すべての戦いで生き残れば、の話だ」


 これからジェニファーを待ち受けているのは、断ることも逃げ出すこともできない、無間の戦闘地獄だ。


「そうですよね……」とのぞみは口をつぐんだ。


「ま、あいつほどの実力者なら大丈夫だろ」


 楽観的な義毅の意見に少しだけ救われた気持ちになって、のぞみはあることを訊いた。


「そういえば、ツィキーさんを支配下に置いていたのは半グレ組織だったんですよね?その組織に対して、私の暗殺を依頼したのは一体誰だったんでしょうか?」


 のぞみはずっと気になっていた。ジェニファーは組織に依頼されたが、その組織は、誰に依頼されて自分を暗殺しようとしていたのか。

 だが、その質問を聞くと、義毅は急に厳しい表情になり、しばらく返事ができなくなった。そして、何かを考慮するような数十秒の後、重い口を開いた。


「神崎。その依頼人はな、どうやらお前の家族と関わりのある人物だ」


「えっ……」と、のぞみは目を丸くして、気弱になった。


「私の……生家の人ということですか?」

「それ以上はノーコメントだ。天衣あいちゃんの頼みだ、分かってくれ」


 のぞみは難しい表情を浮かべて、しばらく何か考えているようだったが、


「そう、ですか……」


 のぞみは生家のことを思う。おそらくは、本家と分家の間にある、神々との契約争いが原因だろう。契約を受ける権限を持つのぞみを早く始末しておきたいという考えの者がいることは理解できる。そこまで考えると、のぞみは大きく溜め息をつき、苦笑いした。


「生家の関係者なら、仕方ありませんね……」

「神崎、お前がアトランス界にいる限り、実家のことはどうにもできない。今は心苗として、自分を磨くことだけ考えろ」


「そうですよね……」


 歯切れの悪いのぞみに、今度は義毅が質問した。


「さて神崎、事件は落ち着いたはずだが、ずっと顔が曇ってるな、恋煩いか?」

「えっ?な、何故ですか?」


「柱の間で、光野遼介みつのりょうすけと奇跡的な出会いがあったらしいじゃねぇか。ずっと考えるのか?」


 いたずらっ子のような義毅のニヤニヤ顔を見て、のぞみは真っ赤になった。 恥ずかしさのあまり、のぞみは叫ぶ。


「ち、違います!そんなんじゃありません」


 義毅よしきのふざけた言葉に、さっきまでの鬱々した気分は吹き飛ばされていた。


「ほう?じゃ、どうした?言ってみろよ」

「……豊臣先生だって知ってるでしょう?ヘルミナ先生のこと……。私、まだ信じられません。どうしてヘルミナ先生が……」


「あのな、神崎。この学園の教諭になるということは、そういうリスクを背負うってことだ。ヘルミナちゃんだって、心苗コディセミットを育てる者として、覚悟を決めて背負ってきたはずだぜ。フミンモントル時代のお前の担任だったんだろ?気持ちは分かるぜ。だから、教えてもらったことは忘れるなよ。その想いを託されたお前が、生き続けろ」


 義毅の言葉を聞きながら、のぞみの頬を涙が伝った。


「分かりました……」


 のぞみは事務室を後にした。

 遼介の任務について思い返す。アーリムの犯行を告発し、突然の事故で亡くなったというのはヘルミナだったのではないかと思った。確信はなかったが、もしもこれが遼介の言っていた事件なら、じきに機関から秘密命令の通知書が来るだろう。


 もしヘルミナの死がアーリムと関わっているなら。のぞみはそう考えると、決してアーリムのことは許せないと思った。依頼に対する本気度がこれまで以上に高まり、必ず捕まえると心に決める。

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