2-101.戦士が免れられない罪

「え?のぞみさん、どうして?」


 ランだけでなく、柱の間にいる全員に語りかけるようにのぞみは声を上げる。


「ツィキーさんが私を暗殺しようとしているのは、誰かに脅されて、やむを得ない事情があるからなんです!」


「どういうことですか?」と藍が眉をひそめた。


「ツィキーさんはよく、家族写真を見ています。その写真に映る人々が、彼女が暗殺を引き受ける理由でしょう。例えば、家族が人質にされているとか……」


 コミルはジェニファーが話せるよう、手を離したが、警戒を解いたわけではない。「スレイヤーハンド」をプライヤーのような形にしたままで、いつでも彼女を制圧できるよう、厳戒態勢で待機している。


 ジェニファーはコミルの隙のない構えを意識しながら、のぞみを睨みつけた。


「フン、この期に及んで同情か?貴様のような弱虫の泣き虫に同情されるとは、とんだ笑い話だな!」


 そう言ってジェニファーは声を上げて笑った。だが、彼女が意地を張っていることは誰の目にも明らかだった。


「ツィキーさん、カンザキさんの言ったことは本当ですか?」


 感情を逆撫でしないよう気を付けながら、ラーマが訊ねた。


「否定はしない。だから何だと言うんだ?」


 コミルがジェニファーの見張りを緩めないままで言う。


「カンザキさん。君は世間知らずの箱入り娘だ。裏社会の闇なんて知らずに育ったんだろう?彼女のように弱みを握られ、汚れ仕事に手を染める奴なんて、世の中には山ほどいるんだよ」


「私に分からないことがたくさんあるのは仕方がありません。でも、一つ言えるのは、ツィキーさんが、自分の思いで私を殺したいわけではないということ。背けない命令のためにやっているだけなんです」


 人徳を過信している若殿を諭す侍従のように、ラトゥーニがのぞみに応えた。


「ノゾミ、それでも、ツィキーさんが何度も君の命を狙ったことは変わらないよね?情けをかける必要なんてないよ」


「いえ、もしも私が彼女の立場に立ったなら。きっと私も家族を守るために、誰かの命を奪うことしかできません。もしもツィキーさんの家族が人質に取られていなければ、彼女はこんなふうに人殺しをすることはなかったでしょう。悪いのは、ツィキーさんに指示を出している人ではないでしょうか?」


 ラーマはのぞみの論にも一理あると思った。だが、


「カンザキさん。それでも、もし彼女がすでに何人もの命を奪っていたなら、それは彼女の罪です。命令だったからといって、消える罪ではありません」


 ケビンたちの戦いを見ていて、のぞみには分かったことがある。宿命とはいえ、切ないことだ。


「……それでも、闘士ウォーリア心苗コディセミットとして、私たちは日々、実技授業を受けてきました。将来的にはお仕事のために、誰かと戦わなければならないでしょう?」


 のぞみはどこまでもジェニファーの立場に立って考え、必死で説得を続けた。


「誰だって、理由もないのに人を殺すなんてこと、できる限りしたくないと思います。でも、ウェスリーさんたちのように、一緒に任務を受ける仲間同士であっても殺し合うこともある。私たちにはいつか、人の命をも奪わざるを得ない戦いが、訪れるのかもしれません」


 ケビンたちの戦いの熱がまだ残っているこの場所で、のぞみの言葉は心苗たちの心に深く届いた。メリルが悲しげな表情で言う。


「ノゾミちゃん……それは難しい話だヨン……」


 珍しく、ラーマも複雑な表情をしている。


「カンザキさん……戦士でありたいなら、それは口にしてはいけません。戦いができなくなります」


「そうです。闘士にとって戦いを否定することはできない以上、いつか人を殺す仕事に就く可能性だって、同じように否定できないんです。全体像を知らない者がその人を裁いてはいけないと思います」


「ノゾミ、私たち闘士は、守るために戦ってるんだよ?だから、目的以外に無意味な殺人はしないんだよ」


「そうです、ターゲットが同級生だったというだけで、ツィキーさんもただ、忠実に任務を果たそうとしただけなんです。私たちがルビス先生の課題を受けた時も、ついさっきまでも」


のぞみは澄んだ目を潤わせ、感情を込めて言った。


「たとえ殺しの仕事を請け負ったとしても、ターゲット以外の人まで傷つけたいわけじゃない。それがツィキーさんの本心だと私は信じています。経験者である彼女はその腕を買われて仕事を受けた。家族を脅かされ、選択肢のない彼女を責めるのは、正しいことでしょうか?」


 のぞみの話を最後まで聞いて、心苗たちは互いに視線を交わした。ジェニファーに対する嫌悪感は失われていき、武器を収める者が一人、また一人と増えた。ティムは納得したように穏やかな笑みを浮かべる。


「ふふ、これは一本取られましたね。カンザキさんの言うとおりです。守るもののために戦えば、必ず敵を傷つけることになる。ですが、敵もまた人の子であり、愛する人や仲間がいる。ツィキーさんが暗殺を行ったこと、これは事実です。しかし一方で彼女も被害者です。ここから先は、私たちには口を出す立場にありません。機関と学校が審判を下すでしょう」


 ヒーラーを目指すティムには、過ぎし日の戦で心得た無念がある。それが、のぞみの気持ちを深く理解させた。


「姫巫女ちゃん、言いたいこと、ちゃんと伝わったべ」


 自分たちに裁く権利はないと納得した心苗たちの中で、ジェニファーだけがまだくすぶっていた。


「Ms.カンザキ、なぜそこまで私を庇う!はっきり言わせてもらうが、私は今でも君を殺したい!」

「ツィキーさん、その必要はないんです。あなたはもう、命令を聞く必要はありません。暗殺の任務は終わりました」

「アハハ、やめてくれ。そんな分かりやすいおとぎ話で私が動揺するとでも?」


「テスト初日にツィキーさんとお話ししたこと覚えていますか?あの時、ツィキーさんが言った願いは、すでに成就したと思います」


「バカな。どこまで私を虚仮こけにすれば気が済むんだ?あの組織が私を手放すわけがない」


「たしかにお前を手放すわけはないかもな」


 扉の向こうから、男の声が聞こえた。


「おヨン、この声は、トヨトミ先生だヨン?」


 その時、柱の間の結界と鍵が開き、扉が開いた。


 そして、義毅よしきとともに、のぞみの事件に関わった全ての『尖兵スカウト』たちが柱の間に踏み入ってくる。リュウ、ルーチェ、エルヴィ、カイル、捜索班のマイユまでもが同行していた。ダンジョンのどこかに空間移動させられた真人さなとも見つけ出され、義毅の後ろに付いている。


 さらにが入ってきた。ハイニオス所属の副部長が来たことで、柱の間で起こった全ては機関にも筒抜けであったことが分かる。彼は四人のヒーラーと、魔導士マギア一人を連れてきていた。


 ヒーラーが、手当てを続けているティフニーと入れ替わった。魔導士の先輩が章紋で空間の穴を開く。その先には医療センターが繋がっており、救急機元ピュラトの担架に寝かせられたほたるが速やかに運び出された。


 それを見届けてから、義毅が続ける。


「だがなツィキー、お前の暗殺任務はお終いだ」

「何の話だ?」

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