2-101.治せない傷

 未来から来た『尖兵スカウト』たちと遼介がこの場を去ってから、数十分が過ぎた。何も起こらないまま、のぞみたちは柱の間に幽閉されている。


「いつまで待つんでしょう……お腹がぺこぺこになってきました」

「コールちゃん、ポーションで何とか凌ぎましょうヨン」


 前戦で戦っていた心苗コディセミットたちも、補給陣地に集まってきていた。ティフニーと二人のヒーラーが付きっきりでほたるの手当てを続けている。他のヒーラー二人は、激戦で心身ともに疲弊した心苗たち全員が回復できるような章紋をかけた。体力の残っている者は補給アイテムを飲み、空腹感を抑えている。


 手当ての済んだティム、ラーマ、楓たちは、目を閉じて精気を養うようにして時間を過ごしている。柱の間には、聖霊を養えるだけの自然の源気グラムグラカが地脈に流れていた。そのため、周辺の源気を吸収し、体内に循環させるだけでも体力回復が見込める。これは、食事ができない環境下ではありがたかった。


「そういえば、島谷さんは大丈夫なんでしょうか……?」


 心配するのぞみに、楓が薄く目を開けて応えた。


「んだな、真人さなとちゃんは大丈夫だべ」


 ラーマが目を閉じ、気を安定させたままで続ける。


「ハヴィテュティーさんが、彼の意識がまだあると言いました。おそらく、ダンジョンのどこかに落とされたのでしょう」

「ふん、肝心な時にさっさと離脱しちまうとはな。修行が足りないぜ」


京弥きょうやちゃんだって、早々にあの程度の鎖に捕らえられてたべ?そんなふうに言っちゃ駄目だべ」


 京弥はばつの悪そうな顔をすると、ティフニーの手当てに協力しているのぞみを遠く眺めた。


「それはたしかに、今後の課題だ。それよりも、神崎さんの許嫁(いいなずけ)ってのが、まさかあの男とはな……意外すぎるぜ」


 京弥は彼の顔をはっきりと覚えている。それは、冬休みに地球アース界の武術大会で負けた相手だ。未来の彼がさらに強くなると知った京弥は、鳥肌の立つ思いだった。


「神崎さん、ハイニオスに転学してきた理由を、彼への憧れって言ってたッスよね?そりゃ、あのレベルの男がお相手なら、わざわざ闘士ウォーリアの修行を受けたいってのも……」


「そこまで!女の子の恋バナの詮索はなしだべ?」

「ははっ、悪いッス。でも、あんな強い奴が許嫁なんて、つい色々と気になっちまうッスね」


 噂話が原因か、のぞみが小さくくしゃみをした。

 周囲の心苗が各々のペースで休息を取っているなか、のぞみは少しも休まずに、ずっと蛍のそばで、救急処置を見守っている。


「ハヴィー姉さん、森島さんは……?」

「ええ、二人の『章紋術ルーンクレスタ』のおかげで、出血が止まりました。一部の骨と血管、臓器の損傷も治癒しましたよ」


「『章紋術』でも完全には治せないなんて……」

「彼女の骨の一部は、人造金属でできているようなの。『ヒーリング』が効かないのは、きっと普通の素材ではないんでしょうね。モリジマさんのプライバシーに関わる部分ですから、私には何も言えません。できることはただ、生命反応を引き伸ばすことだけ」


 のぞみは蛍の深い傷の奥に、金属の脊髄が覗いているのを見た。それは彼女の過去にまつわる秘密だろう。


 学校での蛍は、決して模範生ではなかった。だが、実際に戦いが始まれば、誰よりも前に出て、のぞみを庇うことにも一切、躊躇わなかった。のぞみは蛍が、いざという時に強い心を持っているのだということを、改めて知った。


「私にも手伝わせてください。操士ルーラーと闘士、二つの素質を持つ私の源気は、闘士への手当てに適性があると聞いています」

「それは心強いですね」

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