2-101.後悔なき罪

 怪しい人も、危険な術も消えた。だが、藍(ラン)には気になることがあった。


「でも、柱の間の扉の結界が解けていません。私たち、いつまでここに閉じ込められるんでしょう?」


 近くにいたラーマにそう聞くと、彼女はまだ真剣な表情を緩めないままで応えた。


「……重要な施設の結界や扉の鍵は学校の官房部が、セキュリティーの実行はダイラウヌス機関が務めています。向こう側から開くのを待つしかないでしょうね」


 戦いが終わったとは思えない緊張感のある声を聞き、藍は不安になった。


「えっ?私たち、助けてもらえますよね?」

「……もしかすると、我々は捕まるかもしれません」

「どうしてですか?」


 すでに覚悟ができているというような、淡々としたティムの言葉に、のぞみが訊ねた。


「セントフェラストの結界を支える柱の間に侵入するというのは、それだけでもとんでもない大罪です。ましてや守護聖霊を倒すなんて……。軟禁や禁学では済まないでしょう」


 全力で生きようとして夢中で戦ったことが、罪になる。藍は現実を目の当たりにして目を大きく見開き、自分の犯した罪の重さに体が震えだした。


「……で、でも、それは、ラメルス先生の罠に嵌められてしまったからで……私たちはただ、生き残るために……」


「私が言ったのは、あくまで故意に悪事を働いた場合です。ですが……いくら私たちが罠に嵌められて行ったことだとはいえ、守護聖霊を倒したこともまた事実です。学校の管理層や機関がそう簡単に見逃すとは思えません」


 残酷な現実に、のぞみは眉をひそめた。


「そんな……私を守るために、皆が罪に問われるなんて……」


 自分だけでなく、巻き込まれるはずだった四人の命を救えたこと、会いたいと願い続けてきた彼に奇跡的に出会えたこと。のぞみを満たしていた嬉しい気持ちが、一気に吹き飛んだ。


 静まりかえった柱の間に、明るい声が響いた。


「ま、罪に問われたとしても、俺様は後悔しないぜ」

不破ふはさん」


 修二の宣言を皮切りに、温かい気配が漂い始める。


「んだんだ。姫巫女ちゃん、自分を責めることはないんだべ。私らは皆、覚悟を決めてこの作戦に参加したんだもの」

「楓姉さん」


「ノゾミはちょっと考えすぎだよ。ボクたち、良くやったじゃん?」

「そうよ、私たち、皆の命も守ったし、柱の倒壊の危機も救ったんだから」


「ラトゥーニさん、ドイルさん……」


 二人は全員で成した功績の、その大きさを皆に感じさせた。


 のぞみが柱の間を見回す。ここに来たことを後悔している者は一人もいなかった。全員が、自分たちの成し遂げたことに対し、充足した気持ちでいて、笑顔が広がっていく。


「私も信じています。ここに皆が集まったのは、柱を壊すためではありません。ですからカンザキさん、どうか心配しないでください。私たちは嘘をつかず、誠実な態度で取り調べを受けましょう。そうすればきっと、機関や学校は理解してくれるでしょう」


 藍はまだ救いの手があることに気付いた。祈るように手を胸元に添え、不安を抑える。


「そうですよね……豊臣先生も、私たちの味方ですよね」


 どれほどの覚悟を持って作戦に参加してくれたのか。のぞみは皆の決意の重さにようやく気付くと、幸せそうに笑った。だが次の瞬間には、切なげに目尻に涙を溜め、


「皆さん、ありがとうございます」と感謝を口にした。

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