2-100.密令と再会の予告

 汐の声で、のぞみは現実に引き戻された。間もなく遼介たちは未来へ戻る。話したいことはたくさんあるが、諦めるしかなかった。


「遼介兄ちゃん。そんな個人的な話よりも、もっと重要な話を伝えてください」

「そうだ。のぞみ、お前にある機密任務を頼みたい」


 遼介の言葉に、のぞみは目を丸くさせた。


「え……?機密任務を?」

「ああ。お前に、アーリム・ラメルスを捕まえてほしい」

「三年後も、ラメルス先生はまだ捕まっていないんですか?」


「……恐らく彼はリディたちの支配に成功してすぐ、自分の犯行を告発する人物について口を割らせた。彼は突然の事故で亡くなったことになっている。それがラメルスと関わっているという証拠がないまま、ラメルス自身も六ヶ月後、何者かに暗殺された。それ以降、彼に関わる案件は迷宮入りしている」


 のぞみは目線を伏せ、思案顔になった。


「そんなことに……。ということは、私は六ヶ月以内にラメルス先生を捕まえなければいけないんですか?」

「そうだ」


 突然の依頼に、のぞみは俯き、思案顔になった。暗殺事件もまだ完全に解決していない状態で、さらに危険な任務に足を踏み入れなければならないのぞみを慮り、ラトゥーニが腹を立てる。


「ちょっと待ってよ!それって機関とか、『尖兵スカウト』の役目じゃないの?そんな危険な任務を二年生のただの心苗コディセミットに頼むなんて、どういう了見なの?」


 満身創痍のクラークも、のぞみを擁護するためならばと重い体を引きずってやってきた。


「そうだそうだ、そもそもトラブルが起きたのはお前ら未来から来た奴らのミスだろ?その責任をカンザキさん一人に丸投げするなんて、俺には納得できないぜ」


 憤慨するクラークを抑えたのはラーマだ。


「ティソン、私たちの命を助けてくださった方々に向かって、言い過ぎです」


 ラーマはそう言ったが、この場にいる心苗の多くが、のぞみが依頼を受けることを認められなかった。


「過去の時間点に長く滞在することは、無関係なものごとにも変化を与えるリスクが増える。だから、俺たちは手出しできない。たしかに機関の本部長は、三年前ののぞみに任せるのは早いと言った。だが、四人が死ぬはずだった運命を変えたのはお前だ、のぞみ。今のお前なら、任務を受けられる。それだけの力があると俺は思っている」


 遼介りょうすけはそう全員に向かって言うと、のぞみを振り返り、その目を見た。


「俺はお前の力を信じている。勿論、断ったって構わない。この時間点においても、他に依頼できる人物はいる。お前次第だ」


 仲間が反対していることは分かった。それでものぞみは、遼介の頼みを受けたいと思った。澄んだ瞳がまっすぐに遼介を見る。


「受けます。私が、受けます」


 想いを伝える時間はない。のぞみはせめて、自分を信頼してくれる彼の力になりたかった。それは、長年の願いでもあった。今、そのチャンスがとうとうやってきたのだ。誰にも譲りたくはなかった。

 のぞみは恐れを知らないままの自分で、思い切って依頼を受けることを決めた。


「のぞみさん……。さすがに無茶ではないですか?」


 ランが心配そうにのぞみに声をかけた。


「そうだよ!」と、藍の加勢を受けてラトゥーニが猛反発する。


「どうして受けるの?ノゾミはまだ二年生だよ?『尖兵』資格が必要なレベルの任務を受けるには早いんじゃない?」


 ティムは理性的に物事を受け止めていた。


「もしもそれが正式な密令なら、この時間点の機関からカンザキさんに、通知が届くはずです」


 遼介が応じる。


「ああ、意思確認は済んだから、後から正式な通知書が届くはずだ」

「ノゾミ、こんな危ない依頼、受ける必要ないよ。予備の人選があるんだから、他の人に任せたらいいじゃん」


「……ラトゥーニさん。でも、任務には学年に関わらず、学校や機関から任命されるものもあります。私はきっと、今がその時なんだと思います」

「そうだけど……」


 のぞみが意思を固めたことは誰の目にも明らかだった。もう、ラトゥーニにも止めることはできない。今回のように任務の内容によって、秘密命令として下級生を指名することはある。指名された者は任務を受けるか断るか、自分で選ぶことができる。全て、本人の意思が尊重される。


「決まりだな」


 のぞみは再度、任務内容を確認した。


「はい。六ヶ月後に暗殺されるよりも前に、ラメルス先生を逮捕すること、ですね?」

「詳しい内容は通知が届いてからだ。指導者が教えてくれる」

「分かりました。必ず証拠を掴んでラメルス先生を捕まえます」


 遼介はのぞみの答えを肯定する。


「お前ならできる」


 レンが遼介に呼びかける。


「ミツノさん、そろそろ戻る時間です」

「先に行け。後から追いつく」

「では僕たちは先に行きます」

「カンザキ先輩、皆さんも、お元気で」


 そう言ってケビンとレンは、それぞれリディとカロラを抱え、時空の穴に飛び込んだ。


「あ!待ってください、皆さんが戻ってしまったら、機関と学校へは誰が証言するんですか?」


 遼介は一枚の水晶のかけらをのぞみに渡した。


「のぞみ、このメモリーピースをグラーズン支部長に渡してくれ。それで事件の全貌は明らかになる」


「分かりました」と、のぞみはそれを受け取り、握りしめた。

「遼介兄ちゃん、行きましょう」


 うしおが促すと、「そうだな」と遼介が頷いた。


 遼介の背中を見て、のぞみは激しく感情を揺さぶられる。


「光野様、私たち、また会えるでしょうか?」


 遼介は許嫁いいなずけの声に足を止め、振り返る。汐も振り返り、二人とも笑みを見せた。


「ああ。お前の時間点から11ヶ月後、どこかで会える。その時にまたよろしくな!」

「そうですか……楽しみにしています」


 のぞみは少し切ない微笑みを浮かべた。いずれ来る二人の運命の出会いを期待した。


「では、さらばだ」


 汐が翼を伸ばし、時空の穴へと飛び去る。遼介は背を向けたままで手を挙げ、別れを告げるようにその手を振った。すぐさま赤いコートが穴に消え、時空の穴は閉じるように縮み、最後に光が散った。


 のぞみは時空の穴が消えたあとのその虚無をしばらく見ていた。奇跡的な出会いだった。全身の血が沸騰したように、激しい感情がなかなか収まらない。


「行ったか」と、クラークは気が抜けたように言った。


 ラトゥーニは危険な依頼をのぞみに任せる遼介に強い不信感を覚え、時空の穴に消えた後もまだ睨んでいる。


 のぞみと遼介の付き合い様子を見って、藍は二人の関係に気になって、のぞみに問う。


 藍は遼介とのぞみの関係が気になって仕方がなかった。


「のぞみさん、あの方は……?」

「可児ちゃん、彼は光野みつの遼介さん。私の許嫁です」

「本当なんですか!?」


 藍は興味津々な様子で、頬を上気させている。


「それにしては、カンザキさんは彼に慣れていないようにお見受けしましたが?」

「フェラーさん。彼が許嫁であることは知っていたんですが、実際にお会いしたことがなくて。まさかこんな形で出会うとは思いませんでした」


 あれだけの人員でも押さえ込めなかった相手をたったの一瞬で戦闘不能にし、さらにリディとカロラを支配下から解放した手腕。彼は恐るべき強さだった。修二は遼介の強さに惚れ込み、戦士の魂を震わせている。


「……なんて強さだ……。神崎、次に奴と会った時は、ぜひ俺様と手合わせさせてくれ」

「それは私が決めることではありません」

「ノゾミちゃん、私たちの戦いは、終わったんだヨン?」

「もう不審な人も術も現れないってことは、きっとそうだべ」

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