2-100.奇跡の出会い

 その頃のぞみは、リディとカロラの容体を確認している遼介の真剣な横顔を眺めていた。遼介はきっと自分のことを分かっていない。そう思い、のぞみは町中でたまたま救命の現場に居合わせた人々のように声をかける。


「あの、彼女たちを救う方法はありますか?」

「ああ。それが、俺がここに来たもう一つの目的だ」


 彼女たちの来ているマントには、首の辺りにボタンがある。遼介がそれを押すと、マントがコントロールナノマシンの液体に変わり、全体がボタンに吸収されていった。二人はその下に薄い生地のボディスーツを着ている。ボディスーツの上からでも、二人の身体の経脈の場所がよく見えた。


 遼介は人差し指と中指を合わせ、全身の源気をその二指の先端に集める。まずはリディの身体のいくつかのツボを狙って押し、最後は胸元に指を当て、そこから自分の源気を注ぎ込む。源気はリディの経脈を通って全身に巡り、彼女の臓器や細胞に寄生する虫から生えたカビの菌糸のようなものを浄化していく。やがて源気は頸椎に達すると、虫を破壊し、抹消した。

 その瞬間、リディの身体は無意識に反応し、胸や腹が弓のように反り、

「あっ!!」と大きな声を出し、息を吐き出した。

「首にあった、虫の形の腫れが引いた……!」


 のぞみは目をキラキラと光らせ、遼介の不思議な施術を見ている。


 リディの様子を見ていた遼介は、今度は振り返ってカロラの手当てにあたる。施術は順調なようだ。


「よし、次は彼女だな。さっさと終わらせるぞ」


 カロラも手当てを受け、二人は寄生虫のコントロールから解放された。


その瞬間、別の場所で柱の間の状況を見ていたアーリムが、指に嵌めていたリングの二つのゴールドスカラベの石が割れた。アーリムは粉々になった石を、邪気のある笑みを浮かべて見ていた。


 寄生虫の支配下を逃れる処置はできたものの、二人はまだ目覚めないらしい。


「二人は、助かるんでしょうか……?」


 のぞみはそれが心配でならなかった。遼介は安心させるような表情で応える。


「ああ、二人を操る根源はもうない。だが、医療センターでの治療が必要だろうな」


 汐が全員の呪縛を解いて戻ってきた。


「安心してください。リディお姉ちゃんたちは未来で治療を受ければ、すぐに元気になりますよ」

「未来で……。二人はこちらの時間点で治療を受けるわけにはいかないんでしょうか?」


 少しでも早く治療を受けてほしいと思ったが、遼介の代わりにレンが首を横に振った。


「すまないな。あなたのお気持ちには感謝するが、任務達成している以上、我々は速やかに戻らねばならない。この時間点に長く滞在すれば、また未来を変えるリスクが増えてしまう」


 リディとカロラの立場を考えれば、二人はアーリムが暗殺者であることを知る証人だ。もし二人がこの時間点に残り治療を受けることがわかれば、アーリムは必ず二人を始末しようとするだろう。


 そこまでは考えが至らず、のぞみは申し訳なさそうに俯いた。


「そうですね……。私のせいでお二人を巻き込んでしまって、さらに危ない目に遭わせるわけにはいきませんね」

「それはお前のせいじゃないだろ?」


 遼介が呆れたような顔でのぞみに言った。


「ったく、お前は今も昔も、他人のトラブルの責任を負いたがるんだな」


 のぞみをよく見てくれているからこその言葉だったが、本人は落ち込んでいる。


「……でも、私のせいで今の時間点に来たのは事実ですよね」


 遼介はのぞみとまっすぐに目を合わせると、そっと手を彼女の頭に乗せた。そして、優しく撫でながら続ける。


「のぞみ、大蛇の一件が起きたのは事実だが、お前一人の責任じゃない。それを今の時間点のお前に早く知らせたかった。あまり他人のことまで自分で抱きかかえるんじゃないぞ」


 いきなり頭を撫でられ、のぞみは「えっ……?」とだけ言ったまま思考停止に陥る。まだ自己紹介もしてないのに、と混乱していた。


 汐は可愛らしいキューピットのように、遼介にアドバイスする。


「遼介兄ちゃん。今の時間点のお姉ちゃんは、三年後を知らないんですよ。ビックリさせてしまったら、大事なことが伝わりません」

「はは、そうだな。俺たちはまだ出会っていないからな。とはいえ、のぞみは俺が小さい頃からずっと見てたんだろ?これくらい平気さ」


 遼介は手を下ろした。

 きっと、未来の遼介はもう、のぞみはかつて『天眼』のスキルを使って彼をストーキングしていたことを知っているのだ。のぞみは初めて彼に会い、彼の爽やかな喋り方や、親しみやすい佇まいを好ましく感じていた。そしてこの奇跡的な出会いを嬉しく思った。


 のぞみは伏し目がちだった目を上げ、遼介を見る。


「私を、知っているんですね?」

「ああ。お前は神崎のぞみ。俺の許嫁だ」


 心臓が激しく脈打っている。同級生たちの前ではっきりと「許嫁」だと言われると、いくら好きな相手であっても認めがたかった。あまりに恥ずかしく、ドキドキしてどうすれば良いか分からなくて、「えっと、それは、ちょっと……」ともごもごしていると、


「何だ?会ってみたらやっぱり無理だったか?」


と、遼介がからかいの笑顔にわずかの寂しさを滲ませた表情で見つめてくる。


「あ、いえ、そういうわけではなくて……」

「遼介兄ちゃん何をしているんですか?お姉ちゃんが混乱していますよ」

「ま、この時間点では俺たちは出会ってないはずだからな。気にしすぎるなよ」

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