2-100.闇か光か

 時空の穴からは、三人の人間が飛び出してきた。

 一人はレッドワインの癖毛に白い肌の男。一人は背に翼を伸ばした小柄の銀髪少女。最後の一人は赤っぽい茶髪の青年だった。三人は自分の役目をよく知っていると言わんばかり戦場に臨み、空中で速やかに散開した。


 新たに謎の勢力が現れ、もうこれ以上は堪らないというように、ルルが抗議の声を上げる。


「この後に及んで敵の増援って……いい加減、勘弁してよ!」


 赤茶髪の青年は、赤いコートを着て、眉間に痣がある。彼は真っ白の源気グラムグラカを纏い、ようやく地に足をつけた。その顔は、敵も味方も、誰も見ていない。しかし、余裕げに爽やかな笑みを浮かべると、握りしめた『契紋石パトンピス』を掲げた。光る石に凝縮された源気が解放され、青年の声が試合終了のゴングのように響き渡る。


「全てのグラムを吹き散らせ!『源解離相フェイズセパレーション』!!」

「何だこの光!?」

「眩しい……!!」


 修二とラーマが共に叫んだ。

 

 青年の居場所を中心に、床に描かれた章紋が直径10ハルの円形に光を放った。同時に、眩しい光と凄まじい源気の気流が地面から噴き上げる。

 敵味方を問わず、章紋の領域内にある源から作られたもの全て――ケビンが着装しているハネクモアーマーも、リディの仕掛けた隠しトラップも、カロラの創りだした七人のハワードも――強制的に粒子となって吹き散っていく。

 さらに、領域内にいた人々が体外に纏っている源気も吹き飛ばされた。意識を集中させれば集まるはずの源気も、その気流に邪魔をされ霧のように散り、技を繰り出すには源の量が足りない。異常な状態に、修二が叫ぶ。


「俺様の源気が?!」

「こんな『章紋術ルーンクレスタ』が実在するなんて……」とラーマも動揺を隠せない。

「彼は一体?」


 ティムは謎の青年の取った手法を冷静に読み取ろうとしていた。全員の源気を鎮圧するほどの強い技を使っていながら、彼からは殺気がまるで感じられない。それどころか、領域内には妙な爽快感とでもいえる、すっきりとした空気が漂っていた。少なくとも敵ではなさそうだと、ティムは目の前の青年を理解する。


 のぞみのすぐそばには、『六紋手裏剣ろくもんしゅりけん』が源の刃を失った状態でボトリと落下した。突然の『章紋術』の効果に、全員がビクリとして身体の動きを数秒間、止めた。


 青年はその間にさらに素早く動き出し、リディとカロラのツボを的確に手指で打った。二人は脱力したように脚から崩れ、無力化した。

 青年とともにやってきた二人は領域外にいたため、源気も術も纏ったままで、リディとカロラをそれぞれ一人ずつ支え、地面に寝かせる。


 ケビンは三人を見るとほっとしたような笑みを浮かべ、戦闘態勢を解いた。


 リディとカロラを操る『章紋術』の光が消えた。青年はしばらくの間、失神したリディとカロラをケアするように、片足立ちで様子を見ている。


 戦いが終わったことを察し、のぞみは刀を鞘に納めた。ティムも、三人がこちらに敵意がないことを判断し、攻撃の構えを解き、それから武器を下ろした。


 青年の術は、劣勢だった戦いに一瞬で幕を下ろし、敵の仕掛けた悪趣味な同士討ちと暗殺の遊戯にチェックメイトした。心苗(コディセミット)たちはそれぞれの思いを抱いていた。戦に終焉をもたらした青年に興味深そうに近付く者、少し距離を取ったままで動かず、状況を観察する者、目の前で繰り広げられたできごとへの驚きのあまり身を退き、そのまま固まっている者もいた。


 もう出番がないケビンは気が抜けて、近付いてきたもう一人の男にわざと怒ったような顔で不満を漏らした


「レン、援軍を連れてくるのが遅い」

「すまん。最善のメンバーを揃えるのに時間がかかった」

「まぁ、この二人を連れてきてくれたなら、許す」


 そう言ってケビンは笑みをこぼすと、今度は青年に話しかけた。


「先輩自らお越しになるとは、さすがに驚きました」

「仲間を救うのは当然だ。そもそもお前らはのぞみの大蛇おろちの禍のために過去へ行った。不要なはずの罠にまで嵌められて、見捨てられるわけがない」


 身長が伸びただけでなく、ずいぶん逞しくなった。

 のぞみは長年に渡り見守り続けてきたその男――光野遼介みつのりょうすけが、自分の知っている彼よりもかなり大人び、印象が変わったことを知った。

 遼介は仲間から許嫁の危機を聞きつけ、気になって過去まで来てくれたのだろう。仲間と話し合うその喋り方も、明るい声も、好きだ。のぞみは彼に対し、これまで以上に親近感を覚え、リディとカロラの容体を見ている三人の元へ向かった。


 遼介はリディとカロラの首や頬、肩にビキビキと残る何かの侵入痕を見て言う。


「やはり『ゴールドスカラベ』か。ラメルスのいつもの手だ」

「遼介兄ちゃん、この類いの禁断の技は、何度見ても恐ろしいですね」


 小柄な少女は天使あまつかうしおだった。のぞみが義毅よしきの家を訪れた時に中へと招き入れてくれたあの少女は、三年後から来たというのに、身長も顔立ちもあまり変わらないように見える。癒されるような可愛らしい言動も変わらない。


「普通は寄生されてしまえば救う方法はないが、術で彼女たちの体内から取り除くことができる」

「分かりました。それなら予定通り、周りの人を解放していきますね」

「ああ」


 汐は戦闘不能状態に陥っている人のところへと向かった。背には長く細い二本の三つ編みが揺れている。


「ガブリエル様に授かったお力で、皆を解放します」


 汐は一枚の羽根を手に、まずはメリルの前までやってきた。


「大丈夫ですか?今から解放しますね」


 汐が羽根を振ると、金粉のような奇妙な光で何かが綴られていく。それを、メリルを縛る鎖に振りかざすと、鎖の紋様が消え、鎖そのものも粉砕した。


「ありがとうヨン」


 次にラトゥーニの元へ行き、同じ方法で解放する。


「あなたたちは誰?」

「未来から来た、皆さんのお友だちですよ」


 汐は次々に羽根を振って金粉の筆を綴る。鎖に縛られた者は解放され、泥沼に沈んだ者は見えない力で沼地から引っ張り上げられた。汐は助け出した一人一人と目を合わせ、微笑みを送る。人間に馴染んだ小動物のような可愛らしさに、癒されない者はなかった。人間との付き合いが苦手なデュクや、京弥きょうやでさえ、照れくさそうに顔を赤く染めている。柱の間は安全地帯となり、汐によって皆が助けられていった。

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