2-93.傀儡

 のぞみたちが石像と交戦している間。

ハークストによって選定された四人の心苗は、学園内のある、一軒家式の寮へと派遣されていた。ここに、ハッカーが身を隠しているという。


 同時刻、イールトノンの中央情報中枢センターでは、グラーズンが席に戻り、状況を把握していた。はダンジョンのレーダーマップに注視していたが、今のところ、のぞみたちが石像と交戦するのを見守ることしかできない。


 怒り心頭のグラーズンが、誰にともなく吠える。


「ハッカーが捜査班の一員だったとは、一体どういうことだ!?」


 源紋グラムクレストの測定により、ハッカーの正体はサイバスチャン・ロヴァートであることが判明した。捜査班として未来からの暗殺者を追い、行方知れずとなっていた『尖兵スカウト』の心苗だ。


「ラメルスは?」


「ラメルス副部長は現在、イトマーラにおりません。心苗魔人化け事件の真犯人を掴むため、『尖兵』八名とともに現場へ向かっています」


 副部長は複数の案件を受け持つことが常態化しており、当然、大事件が同時に起こる場合もある。


「奴はいつもこうだ……」


 アーリムはいつも、自身の扱う事件の犯人を自ら逮捕するため、積極的に現場へ足を向ける癖があった。そのため、トラブル発生時に本人が本部にいないということが多々起きる。それでもこれまでは、確実に事件解決という手柄を立ててきたアーリムに、グラーズンは苦言を呈することがなかった。


 だが、今は事情が違う。義毅よしきとの話を思い出し、グラーズンは苦々しく感じながら、イーブイタの報告を聞く。


「ロヴァート本人は未確認ですが、派遣されたヘーラチームが、先ほど現場に着いたと報告を受けています」


「いつも尻拭いをさせてすまないな、ハークスト」


「責任追及は後です。今は目の前のことに立ち向かいましょう」


 ハークストの言葉に、グラーズンは怒りを抑え、改めて指示を出す。


「うむ。イーブイタ君、まずはロヴァートと同じ捜査班の七人の捜査権を停止し、次の指示まで待機するよう伝達。その後の彼らの行動にも見張りを付け、異常があれば報告しなさい」


「分かりました」


「慎重ですね?」とハークストが訊ねる。


「ロヴァート一人の謀反か、他に共犯者がいるのか。彼の動機も不明だ。捜査班のメンバーを別の『尖兵』に変えるしかあるまい」


 サイバスチャンと同じ捜査班には、マイユたちがいる。まだハッキングを犯したのがサイバスチャン本人と決定したわけではないが、一時的に他の七名の権限を制限し、不要な動きをさせないことも大切だろう。個々の取り調べが必要かなどは、サイバスチャンを確保した後に考えればいいことだ。


 グラーズンは、マイユたちの代わりに未来から来た刺客を追跡するメンバーを選定した。


 その時、ハークストが派遣した心苗たちの声が通信で聞こえた。


<ハークスト先生、私たちは今から、現場を包囲、攻撃を仕掛けます>


「サイバスチャン・ロヴァートの身柄確保を優先してください」


<了解しました>


 現場のリーダーが前門の入り口を背に立ち、門を挟んで反対側にいた少し若い男子心苗が通信を続ける。


<気配は感じられますが、妙に静かです>


「Bチーム、間合いを合わせ、同時に攻撃を開始してください」


<了解です!>


 一軒家の後方、庭側から、別の男女二名が敷地に入った。前に立つ小柄な女性がゆっくりと歩いている。彼女は謎の金属棒を持ち、傘の骨のように展開した。そこに源気を注いでいく。光のバリアが三倍にも広がった。


 後ろを任された男性は、バスター砲機能の付いた大剣を翳している。


<1、2、3!……>


 チームリーダーのカウントに合わせ、前門の二人が動き出した。


 ドカン!と爆音が響き、エネルギーの柱が屋内から庭に向かって照射された。庭側にいた男女二人が直撃し、爆発に巻き込まれる。


 先制攻撃を食らった彼らだが、幸い、女性の展開していたバリアのおかげで、攻撃は分散されていた。爆煙が薄れると、盾からV字に分かれるように、エネルギー波は庭を焼き焦がし、巨人が線を引いたような跡が残っている。あれほど膨大なエネルギーが直撃照射されていたら、このエリア全体に甚大な被害が起こっていただろう。


 その時、破壊された一軒家の壁の中、二階の部屋に、戦車のように大きな戦闘機元ピュラトファイターを搭載したサイバスチャンの姿が見えた。


「こいつ、気が狂ったか?!」


 サイバスチャンは戦闘機元から八つの黒い物体を投げ出した。10センチほどのそれは、連鎖的に爆発し、庭のあちこちから火の手が上がっている。爆発によって窪地ができたり、土が巻き上げられたりと、地面の凹凸が激しくなっていた。


 男子心苗が大剣を振るった。剣はバスターモードに変形し、グリップを右手で持ち、銃身を左手で支えた。そして、手から源を注ぐと、サイバスチャンを牽制するように、三発の光弾を発砲し、反撃した。


 彼らの様子を、イーブイタが冷静に報告する。


「包囲攻撃チーム、ロヴァートと交戦中。彼は抵抗している模様です」


「異常ですね。私の知るロヴァート君は、大人しく、忠実に任務遂行に当たる優秀な『尖兵』ですが」


 映像を見ながらハークストが言った。


 ロヴァートの状況も気になる蘇が、ハークストに頷く。


「行方不明となっていた間に、何かあったのかもしれない」


「ソ、カンザキノゾミたちの様子はどうだ?」


 グラーズンに訊かれ、蘇は現状報告を行う。


「柱の間の入り口の橋で、石像ガードと交戦中です。リュウたちが現場に向かっていますが、改ざんされたプログラムの魔獣に進行を邪魔されており、カンザキさんたちとの接触まではまだ時間がかかります」


「よし。柱の間に入る前なら、まだ救う手立てはある」

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