2-92.乱す者、整える者

「ぼくの感覚が間違ってたって言いたいの?」


「確かにおかしいかもなぁ。何で誰も来ないし、誰かが通った気配もないんだ?」


 ラトゥーニは修二を強く睨むと、ルルに言い返した。


「ぼくは確実に、ダンジョンのサインに従って進んだ。もしそれが間違ってたっていうなら、ぼくじゃなくて、機元端のプログラムのミスじゃない?」


「それって、何も考えずにただ、サインに従ったってことでしょ?前方の気配も確かめずに進むのはどうかと思うけど?」


 ミスが既成事実になってから指摘してくるルルに、ラトゥーニは腹を立てた。


「それ、今言うこと?!君、本気でぼくたちと連携する気あるの?」


「お二人とも、喧嘩してる場合じゃないヨン!」


 メリルの声にハッとして、二人は互いに目を逸らす。


 最後尾から来たティムが、マスタープロテタスを取り出した。マップ機能を投影したが、反応はない。どうやら、検索の権限がないエリアに入ってしまったらしい。


「まずいですね。すでに管制エリアに入ってしまっているようです」


 ティムの言葉に、ラーマがすぐに反応した。


「皆さん、落ち着いてください!私たちは道を間違ってしまったようです」


 全員が、最後尾の三人を振り返った。


「道を間違ったというのは、どういうことでしょうか?」


 ずっとラトゥーニのすぐ後ろを走っていたのぞみは、彼女の判断に間違いなどなかったと知っている。


「今、私たちは管制エリアにいるようです。その証拠に、マスタープロテタスのマップが反応していません。本来、テストであっても学園の立ち入り禁止区域に入ることはありません」


 皆がラトゥーニを見た。突き刺さる視線に晒されている彼女を見て、のぞみは矢面に立つ。ここまで共に戦ってくれた仲間、その絆を潰すことだけはしたくなかった。


「私たちは確実にサインに従って進みました。それなのに何故、道を間違うことがあるんでしょう?」


「サイン自体がトラップなんてことあるんスか?」


「でも、昨日の『身体能力フィットネステスト』ではそんな話聞きませんでしたよね」


 悠之助と藍の声にも動揺が浮かんでいる。


「フェラーさん、マスタープロテタスの誤作動ということはありませんか?」


 のぞみが自分の水晶札を出そうとすると、ティムが首を振った。


「さらに確実な情報があります。ツィキーさんの話では、ダンジョンエリアを抜けるゲートは、地下水路から繋がっているとのことです」


「ツィキーさんなら、正しいルートも知ってるはずだヨン」


 クラークは骨折り損だったと言うように溜め息をつく。


「んだよ、だったら最初から、ツィキーさんが先頭を走れば良かったんじゃねぇの?」


「ほら、私が正しかったでしょ?ミスするより恥ずかしいのは、それを認められないことだよね~」


テストが始まるまで、二人の仲は決して悪くはなかった。

 クラス順位を上げるために、ルルが闘競(バトル)に消極的な態度のクラスメイトたちに対して、毎週10回以上に増やすことを強要した時も、ラトゥーニは彼女を尊重した。

 だが、実際に模擬テストが始まってみると、それまでにハードな挑戦闘競(チャレンジバトル)をしてきた心苗(コディセミット)たちの中から重傷者が出た。彼らの中には体が治っても、本番のテストを本調子で受けられない者も少なくなかった。そんな酷い状況を見ていられず、テスト初日が終わった後でラトゥーニがルルに猛反発してからというもの、二人はギクシャクしたままだった。


「くっ……」


 糾弾するようなルルの言葉にも言い返せず、ラトゥーニは俯いた。のぞみを誤った場所へ導いたことが悔しくてたまらず、素直に頭を下げられるような心理状態ではなかった。


「先頭を彼女に任せたのは私の判断ですから、責任の半分は私にありますね」


ティムはそう言ったが、実際この陣形の配置を考えたのはティフニーだった。彼女が正しい道を知っているはずのジェニファーではなく、ラトゥーニを先頭に配置したことには何か意味があるはずだと思い、ティムはその通りの配置を提案したのだ。


 ティムの発言を聞いて、ルルはそれ以上、ラトゥーニを責めることを止めた。


「皆さん、良いでしょうか。私たちは、カンザキさんとクラスメイトの命を守るため、今日ここへ集まってきていますね?それは、たった一つの油断が、死傷を招く恐れがあるということです」


 ラーマはルルやラトゥーニ、皆の顔を見ながら続けた。


「私たちには、仲間内で揉めている余裕などないはずです」


 その言葉が目を覚まさせたように、乱れた場の空気を一変させた。


「さぁ、戻りましょう。同じ道を行けば、戻れるはずです」


 一同が回れ右をした時、「おい!上だ!」とヌティオスが叫んだ。


 話し合いに集中していた彼らは気付かなかった。石柱の上に立つ一体の石像、その手に抱えられた大きないしゆみグラムが集まり、そして、放たれた。


「!?」


 のぞみたちは反射的に跳び避ける。光弾はバリスタのように撃ち込まれ、床に接触すると爆発した。


「お~い!聞いてくれ!すぐにここを離れる!だから見逃してくれ?」


「バカじゃないの。石像が聞いてくれるわけないでしょ!」


 ルルの言うとおり、クラークが許しを乞うたところで石像は止まらず、二発目が充填されている。周囲の石像も動き始め、一斉に源の弩が放たれた。


 ドーン、ドーン、ドーン。

 連続攻撃による爆発があちこちで起こり、のぞみたちの陣形が崩れた。


 それでも全員が攻撃を見事に回避し、ルルが『牙吼拳がほうけん』で反撃した。


 橋は思いのほか丈夫なようで、全くダメージを受けていない。


「聞いてくれないなら、倒すしかないぜ~!」


 修二が剣を手に、戦闘態勢を取った。

 メリル、クラークたちも、次々と武器を持つ。


 しかし藍は、不安げな顔で武器を持つことを渋った。


「この石像、壊して大丈夫なんでしょうか?」


もしここが本当に柱の間なら、石像を壊すことは、心苗コディセミットのルールを違反することになる。


「殺されるよりマシだろ!」


 クラークは石像の斬撃を受け止め、反撃に転じ打ち飛ばしたあとで、藍に叫んだ。


 のぞみたちが源気グラムグラカを放ったせいか、他の石像も翼を広げ、飛び降りてきた。刀剣やメイスなど、白兵系の武器を持つ石像も目立つ。それらの光る武器を持つ石像は、橋の前方、そして左右からも攻めてくる。その数ざっと、20体。


 のぞみの左右から、二体の石像が襲ってきた。のぞみは『双暈ふたかさ』で一体を斬り払い、ただちに『日刺にっせき』を繰り出す。銀の刀で石像の刀と鍔迫り合いをしながら、もう一方の金の刀で相手の胴を貫いた。そして最後に『日月回天ひつきかいてん』の剣気波で、二体同時に吹き飛ばす。


 のぞみは残心の構えを取った。

 石像は床に倒れながらも蠢いている。壊れた胴体の穴、衝撃で打ち砕かれた腕などに、周囲に散らばった破片が近付いていき、奇術のように修繕されていく。


 石像の回復現象を目撃したのはのぞみだけではない。


 七星翠羽しちせいすいはを翳しながら、ランが声を漏らした。


「嘘……石像が元に戻っていく……」


「それなら、回復できないくらい木っ端微塵にしてみよう!」


 ラトゥーニがメイスを右に左に振り払った。吹き飛んだ石像に跳び寄り、腰掛けるように落下する力を使って、胴体に向かってメイスを叩き落とす。


 石像はドカンと床に叩きつけられ、その衝撃でズタズタになる。

 ラトゥーニは石像を離れると、しばし様子を見た。粉微塵となった破片は磁石のようにくっつきあい、パーツを組み立て直していく。あれよあれよという間に無傷の石像に戻り、その場に立ち直った。


 メリルが別の石像に必殺技を繰り出し、同じ地獄を見ている。


「キリがないヨン……」


のぞみたちは撤退すら許されず、消耗戦を強いられた。

それまで戦況コントロール部隊として静観していた最後尾の三人も、とうとう戦闘に加わる。ティムは特別な装飾を持つブロンズ色の石突きのブロードソードを鋭く払い、ラーマは両手でジャマダハルを突き刺し、楓は金属製の竹刀を振るう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る