2-88.レッドドラゴンの終焉 ①

 ネイトは自らが選抜した近衛兵団が、義毅よしぎを相手に戦う現場映像を見て、まるで神に弄ばれる虫けらだと思った。赤子の手をひねるように潰される兵団を見るほどに怒りのボルテージが上がり、歯を強く噛みしめる。


「マスター、私たちにはもう彼を止められません!」


 映像は強く揺れている。報告に当たっている者は、無理やり戦場に送り込まれたジャーナリストのように怯えている。彼はふと首だけで振り向いた。


「何?!奴はもうこちらに来たのか?トウワアァァ!!!!」


 爆発に巻き込まれた彼の悲鳴は、チャンネル通信が切れて途絶えた。


ネイトは拳で机を強く撃って叫んだ。


「くそ、化け物め!!」


 書斎を飛び出し、用意させたプライベートマシンの離発着場まで繋がる逃走路を全力で駆け抜ける。


「こんなところで捕まってたまるか!!」


 下り坂になった通路を降りると、その先は広間のようになっていた。屋根は水晶ガラスでできたおり、通路は目の前で二つに分かれている。閉じたシャッターが連なる通路の先まで行けば、離発着場に辿り着ける。


 しかし、T字になった通路の突き当たりに、不吉な赤髪の坊主頭が見えた。


(くそ、遅かったか?!)


「よぅ、ネイト・コクソン。ちょっと訊きたいことがあるんだ」


 ジャケットを着たその男は、まるで旧知の友のようにフランクな様子で話しかけてきた。それが余計に、ネイトを震え上がらせる。


「ジェニファー・ツィキーって奴を知らないか?」


「いや、俺は聞いたこともない名前だ」


 ネイトはなるべく冷静を装った。

 彼の返事に満足しなかった義毅が、水晶札を取り出し、写真を投影する。


「彼女はお前の組織に売られた『牙』の一人だぜ。実は俺の教え子なんだが、お前らから暗殺命令を受け、別の教え子を殺そうと企てている」


「『牙』や暗殺については私の範疇にない」


 虚勢を張る様子は、蛇に睨まれた蛙同然だった。


「直接的な指示役ではなくても、政府設立の傭兵団に出資しているお前に、知らないとは言わせないぜ。訓練を受けた傭兵たちが、お前らの組織に不当に売買されている。それはお前の範疇だろ?」


 その時、大きな音がして、天井が破られた。割れたガラスと一緒に飛び降りてきたのは二人の男女。私服のようなボディスーツの胸元に、『レッドドラゴン』のエンブレムが付いている。『インペリアルラース』の幹部クラスだ。


 女の方が、「遅くなってすみません、マスター」と言った。身長は170センチほどと女性にしては高く、深茶色のロングストレートの髪を揺らしている。愛嬌のある口調とは裏腹に、杖剣をまっすぐに翳してすでに戦闘態勢を取っている。


「お、おぉ、ハイアット、キルステン、遅かったじゃないか」


 ネイトは少しほっとしたように、二人の名を呼んだ。


「道中で確認したいことがありまして」


 男の方は、30代後半くらいだろうか。ハイアットと呼ばれた女よりもさらに頭二つ分背が高く、細身のわりに筋肉はしっかりと付いている。


「あぁそうか、そんなことはどうでもいい。さぁ、奴を殺せ。私の安全を守り切れたなら、お前たちに3倍の報奨金を出そう」


「あら、美味しい話ですね。でも、この人を相手にするなら、ちょっと足りないですね?」


 そう言いながら、ハイアットは義毅をじっと見つめた。


「わ、わかった!5倍でもいい」


 追っ手を前に報酬の相談を始めるネイトの見苦しさに、義毅は呆れた。


「ふふっ、気前が良いですね」


 ハイアットは笑い、キルステンは険しい表情で、ネイトに催促する。


「では先にお行きなさい。後は私たちにお任せを」


 ネイトは鋼鉄のゲートを開き、足早に長い階段を上っていく。


 彼の姿が見えなくなると、三人は顔を見合わせた。


 パーキングスペースには、黒いマシンが泊まっていた。10人ほどを乗せることのできる、三つの翼が伸びたマシンにネイトは近付く。そこで立ち止まり、両手を膝についてゼーゼーと荒い息をした。


 ネイトはマシンから下ろした梯子を登ろうとした。しかしその時、青い炎が見え、エンジン部が急に燃え上がった。


 慌てて梯子を降りようとすると、さらに二、三発の光弾が命中し、マシンの右側が大破した。爆風が起こり、吹き飛ばされたネイトは尻餅をつく。風で巻き上がった火がマシンを包み、大きな火球となって盛大に燃えた。


「おーい、まだ話は終わってないぜ」


 額に脂汗をにじませながら、男の声に振り向く。

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