2-87.羅漢王無双
ネイトもキャロリンと同じ意見だった。どんなに強い力を持っていたところで、たった一人で『レッドドラゴン』に刃向かうというのは、勇敢などではなく、無謀だ。どんな相手でも、弱みを掴めば戦意は一瞬で失われることを、彼は経験上よく知っていた。そして、親族や関係者を含め、まとめて全員始末する。いつものやり方だ。
だが、ヨシキ・トヨトミという侵入者は、ネイトがこれまでに培った経験を覆す恐ろしいストーリーを作り上げようとしていた。
暗殺の司令塔であるローウェス、人員調達と監視管理を行うダラスが次々に破れ、ローデントロプス機関に拘留されたとの続報が間もなく入ったのだ。その後、アイルランド州にあるコンピューターの中枢基地が破壊され、政府や官僚とのパイプ役を担うキャロリンも行方不明に。何より信じがたいのは、彼の神出鬼没な行動だった。気付いた時には内部にいて、肝要な部分を的確に討たれる。さらに、各地に派遣していた暗殺者たちまでもが連絡が取れなくなり、組織の重要な施設はどんどん政略されていく。三日前にはとうとう、組織の家老であるスワンまでもが連絡不通となった。元々、他の五人のマスターでさえ知り得なかった彼の居場所を突き詰めたことに、ネイトは震撼した。もはや、組織は完全に機能不全に陥り、無力化されたと言って良い状況になっていた。
そして今、ヨシキ・トヨトミが向かってくるのはここだ。
一歩一歩、自分の元へと歩みを進める男の映像を見た時、ネイトは自分の首筋に鎌を当てる死神がやってきたのだと総毛立った。
三階まで吹き抜けの大広間に、
しかし、ここはもう戦場だった。前方の通路には、蛇の鱗を模した、真っ赤なボディスーツの精鋭兵団が並んでいる。一般の戦闘員は黒いボディスーツ、上位の戦闘員は赤のボディスーツということも、義毅はもう知っている。
二階には、狙撃手たちも複数待機していた。ワンレンズのサングラスをかけた戦闘員たちに囲まれ、義毅は衆目を集める人気俳優か何かように笑った。
「毎度毎度、俺の入り待ちのファンか?ご苦労なこった。さーて、こんなにたくさん、高価な骨董品がある場所を戦場にしちまって良いのか?」
義毅の正面を塞ぐ戦闘員たちのリーダーが、問答無用で口を開いた。
「やれ!」
戦闘員たちが一斉に光弾を投げる。二回の狙撃手たちも、両手を銃の形に構え、人差し指の先端に集めた
義毅が立っている地点で爆発が起きた。発砲音はしばらく続き、大きな美術品が爆発で倒壊する。木っ端微塵となった書籍の燃えた炭クズが中空を舞い散った。消防システムの作動により、高い天井からスプリンクラーが作動して水を撒く。
「と、止まれ」
リーダーが声をかけると、攻撃の手は一斉に中断される。
部屋に満ちた爆煙が薄くなっていくと、白金色の光が、眩しいほどに輝いた。それは、義毅が全身から放つ、源気の光だった。
リーダーは、義毅が纏っている源気の数値をサングラスで読み取り、背中に冷たい汗が伝うのを感じる。
「源気数値が……8桁だと……」
「センサーのエラーではないか?」
「い、いや、これは先月配給されたばかりの新装備だぞ」
「『インペリアルラース』の方々よりも強いっていうのか……?こんな化け物、本当に倒せるのかよ……」
戦闘員たちの間に大きな衝撃と動揺が走る様子を、義毅はじっくりと眺めていた。
そんな義毅の足下は、もう彼が両足を置く場所しか残っていない。周辺の床は焼け焦げ、窪んでしまっており、火が燃え広がり始めているところもある。服に汚れ一つ付いていない義毅は、戦闘員たちを見てニヤリと笑った。
「お前たち、揃いも揃って聞かん坊ばっかりだな。ほら、怪我したくない奴はさっさと退け。次は食らわせちまうぜ?」
戦闘員たちの第二波が始まった。
次の攻撃でも、壺や石像、象牙の置物などがガラガラと音を立てて壊れていく。
義毅は撃ち込まれる光弾を素手で撃ち返した。360°死角なしの防御で、どの方向から撃たれた攻撃も同じ弾道で撃ち返すと、返り討ちにされた戦闘員たちが壁に天井に飛ばされた。二階の狙撃手たちも、後ろの本棚に強く体を打ち付けている。
その時、加勢の戦闘員たちが、
そちらには気付かず防御しきれなかった義毅は豆鉄砲を浴びたような顔になったが、瞬時にそれらを生身で受け止める。次に義毅は、一階まで降りてきた戦闘員たちに右のアッパー攻撃を仕掛け、続いて源で空中体勢に変更、背を向けている戦闘員に回転蹴りをぶちこんだ。打ち出された衝撃波を受けた戦闘員たちも、ショックで失神している。
義毅が着地すると、右に二人、左に四人が、ロープに吊られたまま、クラゲのように手足を垂れて気絶した。
無事に着地した別の六人は、源気を収束させたビームソードを翳した。攻撃のテンポを引き延ばすことで、義毅にプレッシャーをかけようとしている。
「おぅ。お次は接近戦か?良いぜ、まとめてかかってこい」
先陣を切った戦闘員が、唐竹割りで斬りかかる。しかし、その前に義毅が戦闘員の膝を蹴り、追撃の正拳突きで打ち飛ばした。
一人倒すうちに、次の二人が左右から襲いかかる。義毅は不敵な笑みを浮かべたまま、二人の翳す刀の刃を素手で握り止めた。危険を顧みない義毅の動きに、戦闘員は一瞬、動きを止めた。
「やっぱりな、お前ら、全く訓練が足りてないぜ」
義毅は足腰、そして腕の力を使って、二振りの刀ごと、二人の戦闘員を投げ飛ばし、後ろから攻めてくる別の戦闘員に打ち当てた。
さらに一人の戦闘員が背後から攻撃を加えたが、ソードは空気を斬っただけだった。義毅はすでに彼の後ろに回り、顔に付けているマスクを後ろに引き伸ばす。目元までマスクに覆われた戦闘員が慌てているうちに、義毅はビームソードを奪い、彼のふくらはぎを蹴って倒した。
奪い取ったビームソードに源気を注ぐと、戦闘員たちのものよりも太く、長い刃が現れた。義毅がそれを振り払うと、残る三人の戦闘員は空圧で斬り飛ばされた。
骨董品の欠片とともに床で伸びている戦闘員たちに、義毅は教師らしく、指導を加える。
「お前ら、贅沢な装備より、もっと基礎を固めなきゃダメだぜ」
わずか3分間。
それが、義毅が30人の戦闘兵団を全滅するのにかかった時間だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます