2-55. 十色軍団

 観覧席、最前列の通路では、ランとメリルがフェンスに寄りかかって

観戦している。勝負がつくたびに6つのクラスのポイントが増えていく。


『    

 順位   クラス    勝    負   引き分け  通算    勝率

  1   HⅠ2C  132   60    18   210   0.629

  2   HⅢ2A  127   74    15   216   0.588

  3   HⅧ2F  130   80    11   221 0.588

4   HⅦ2E  118   80    8   206 0.573

  5   HⅤ2B  138   90    9   245 0.566

6   HⅤ2A  107   96    1   204   0.525

                                     』


 成績ボードを見ながら藍は自分のバトルを思い出し、溜め息をついた。


「さすが『眞炎たる裁き剣プロテウス』の所属するクラスは皆レベルが高いですね。彼と同じクラスの人は、誰が相手でも手強かったです」


 初日にたくさんバトルをしたメリルは、通算14戦。内訳は6勝6敗2分だった。


「もともと成績上位に居続ける名門クラスだヨン。勝敗にかかわらず、戦えただけでも貴重な経験だヨン!」


 メリルはそう言ったが、強化訓練を受けたはずなのに……と、藍は手合わせしたことで少し自信が揺らいでいた。


「同じ二年生なのに、どうしてあのクラスの心苗コディセミットは皆あんなに強いんでしょうか?」


「『眞炎たる裁き剣』の存在は大きいだろうね」


トウさん?」


 鄧の戦績は通算10戦で、7勝2敗1分。敗北した手合わせは二回とも、相手の実力を推し量り、自ら負けを申し出た。だから鄧はまだ実力を温存している。彼は涼しい笑みを浮かべて藍に話しかけた。


「治安風紀隊の副団長として求心力のある彼は、その魅力でクラス全体を上手く統帥している。実力があるのはもちろんだが、人望があり、クラスの連中からの信頼も厚いようだね」


 その話を聞くと、藍は肩をそびやかし、呆れたように応えた。


「それに引き換えうちのクラスは……。皆想いもバラバラで、団結心なんてありません。致命的ですね……」


 2年A組のクラス委員長であるティフニーは、クラスメイト全員と友好的ではある。だが、一人ひとりの個性や思いを尊重することを重視しているため、逆に言えばクラス全員で一つの目標を持つことなど、何か強要することがない。


 さらに、A組の中で戦績の良い者といえば修二やティムが挙げられるが、修二は一匹狼気質で組織のトップに立つタイプではないし、ティムも自分がヒーラーになるための勉強や経験を積むことに余念がない。その他の上位心苗たちも、個人的な想いを第一に考える者が多い。自由な個人主義と言えば聞こえはいいが、そんな方針でも何とか強化合宿の二位を保っているのは、実は珍しい成績だった。


「それでもここに集まった人たちは、実力や戦闘経験を積むために来たんだから、想いは違っていても、皆よく頑張ってるヨン」


「その意見は認めるけど、あなたたちも、もっと挑んでおいでよ」


 藍が振り返った先には、『天龍極真門』の道着を着た、金髪の女性がいた。

 その後ろに、羽根の付いた耳と薄い碧色の長髪が目立つ心苗も付いてきている。


「ドイルさん。さっきのバトル、あと少しで勝てそうでしたが、惜しかったですね」


 ルルは先ほどのバトルの引き分けを含めて、通算20戦。内訳は10勝6敗4分となっている。ルルは強敵に挑み負けたときも、決して弱音を吐くことはない。


「ふふ。そうだね。ああいう熱い闘いがあるから、次のバトルもやめられないよね」

「ルミナスさん。さっきのバトル、ルミナスさんらしい戦いで良かったです」


 通算13戦中、5勝8敗と負けの多い戦績のルミナスは申し訳なさそうに苦笑いした。


「ううん、私はほとんど負け戦だもん……。やっぱり何もないシンプルなステージでの接近戦は向いてないかな?」

「それは仕方ないじゃん。あなたの技は一定距離がないと加速度が出ないから威力半減だし、カンシューターの射撃にもチャージ時間が必要。仮にバトル開始前にチャージしていたとしても、一発目で避けられたら次は三分以上リロードに時間がかかるしね」


 カンシューターは、ルミナスが帯に締めている武器のことだ。アトランス界固有のこの兵器は、打撃武器であり、かつ、射撃攻撃もできる仕様になっている。

 外見は剣のようだが刃はなく、剣身にあたる部分が二叉に分かれ、それぞれの先端は鋭い。打撃ではこの先端を使って相手の骨や内臓を粉砕することが可能だ。

 また、鍔と剣身の間には特殊なチャージパーツがあり、そこから伸びる刃のない剣心は、実は銃のバレルにもなっている。柄に付いたスイッチを押すと使用者の源(グラム)がチャージされ、レールガンのように光の速さで光弾を射出することができる。


 ルルのフォローにも、ルミナスは恥ずかしそうな表情を変えない。


「武器はそんなんだし、種族固有のスキルを使ったら、今度は上空に飛びあがりすぎちゃって……知らないうちにリングアウトしてたんだよね」


 ルミナスはミーラティス人の一種であるコンラヌンス族と人間のハーフだ。耳や、鎖骨と繋がる肩甲骨に、退化した羽根があるのが特徴で、その羽根は源気(グラムグラカ)を噴出することができる、源気で具現化した翼でもある。そのためルミナスは、普通の人間の心苗たちよりも優れた飛行スキルに恵まれていた。


 負け戦が多くても、ルルはルミナスの努力を認めている。


「たくさんチャレンジする者は、サボタージュする者よりずっと良いよ」


 藍とメリルがサボっているわけではないと、ルミナスは理解している。それに、戦績の悪い自分と比べてはいけないと感じていた。だからこそ、自分の努力を認めてくれるルルの言葉が心にくすぐったくも感じられる。


「でもルミナスちゃん、今回はたくさんのバトルをやったんだヨン?どういう風の吹き回しだヨン?」


 あまり好戦的ではない心苗のため、メリルは珍しく思っていた。


「だって、戦闘力強化のための良い機会だからね。滅多にないイベントだから、次がいつなのかも分からないし。今のうちに実戦の経験を積もうと思ったんだけど……。メリルさんは今日はまだバトルしてないの?」


「私たちは休憩がてら、観戦で勉強しているヨン」

「ま、観戦もいいけど、もっと挑もうよね」


 強化合宿中の全てのバトルは挑戦闘競チャレンジバトル形式で行われる。

 ダメージポイントが10000を超えるか、ステージから体が出た場合、そしてダウン状態になり、制限時間の三分間が終わるまで立ち直れなかった場合には負けとなるルールだ。

 三日間の合宿中は、空いているステージさえあれば昼夜問わず、他クラスの者同士、いつでも手合わせができる。結果は先ほど藍たちが見ていた成績ボードに反映されていく。


「ロキンヘルウヌスさんはこのイベントには顔を出さなかったようですけど、彼のクラスメイトのようにレベルの高い人とのバトルでもしっかり勝利を獲ってくる風見かぜみさんや不破ふはさんたちは凄いですね」


 藍はボードを見ながら感心して言い、メリルも頷いている。


「皆が今の調子をキープできれば、成績も維持できるはずだヨン」


 楽観的な二人に対し、鄧は軽く目を閉じて首を振った。


「いや。これからどうなるかは未知数だね。上位者たちが確実に勝利すれば、第8カレッジのF組に追い越されることはないが、第7カレッジのE組の一部連中は明らかに実力を温存している。さらに第5カレッジのA組は三人しか来ていないが、ほとんどのバトルを棄権しており謎だらけ。合宿はまだ一日半もある。今の状態で順位を予測するのは早すぎるだろうね」


 強化合宿だというのに故意にバトルを棄権することについては藍も疑問だった。


「第五カレッジの2年A組は、どんな気持ちで強化合宿に参加しているんでしょうか?」


「あれは本気で交流する目的ではなく、それぞれのクラスの最新情報が欲しいだけだろう」


「情報屋の連中だヨン?不純な目的だヨン」


 情報に値が付くのはどこの世界でも同じようだ。ハイニオスにおいては心苗たちの戦闘能力、スキル、弱点などの情報が売り物になる。それらの情報を欲しがっている者からAPポイントを報酬として貰い、情報をシェアするビジネスが成り立っていた。


 有用な情報を集めるためには様々な手段があるものの、観戦に足繁く出向くか、自らが戦闘に参加し、相手の戦闘を体感するのが一般的だ。そして、これらの情報を校内で売買することは、戦いのための準備活動、つまり情報戦の一部として容認されている。闘競(バトル)に勝つためには相手の情報を入手し、事前準備を怠らないことも重要なのだ。


 とくに高値で売れるのは、自ら手合わせをした場合と、相手がレアな場合だ。難攻不落と言われるほど強力な者に勝つためであれば勇気ある行動と評価されることもあるが、卑怯なやり方に出る者もいるため、決して万人受けはしない、グレーの業者というのが共通の認識である。所有するデータベースは多ければ多いほどいいが、それだけでは不足であり、常に最新の情報を把握していることがビジネス繁栄のコツと言える。このようなイベントに混じり情報収集するのは、ビジネスとしては正攻法だろう。


「ふふ、好きにすればいいけどね。過去の情報に頼るような怠慢な心苗には負けないから」


 ルルは手を挙げて、気骨のある笑みを見せた。

 藍は自分の戦闘も誰かに見られているのだと思うと、嫌がらせを受けたような気分になった。


「もっと本気でバトルに向き合ってほしいですけどね……」

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