2-55. 苦戦の蛍

「よう、ロリコール。お前ら、今日の調子はどうだ?」


 陽気な声に振り向くと、久しく見ていなかったダックテイル頭が見えた。

 8戦中、3勝4敗1分の戦績を残す藍は、クラークに応える。


「まずまずですね。ティソンさんはさっきのバトルも勝ちでしたね?」


 14戦中、10勝2敗2分の成績を残しているクラークは鼻を高くした。


「ああ、修行の成果が発揮されているだけで、当然だな。そういえばカンザキさんの姿が見えないが、何か知らないか?」


「ティソンさん、ご存じないんですか?のぞみさんは自主修行を申し込んだので、今はほとんど毎日、ハヴィーさんに稽古を付けてもらっているんですよ」


 閉門修行により情報のアップデートが間に合っていないクラークは、今さらのように驚いた。


「マジかよ?ハヴィテュティーさんと師弟関係になったってのか?!」


「本当ですよ。しばらく会えないのでちょっぴり寂しいですけど、のぞみさんが『獣王門』の技を身に付ければ、接近戦で強くなるでしょうね」


「もう十分強かったと思うんだけどな」


「なるほど。ハヴィテュティーさんを一日目しか見かけなかったのはカンザキさんの稽古の付き合いというわけだね。クラス委員長としては失格だな」


 6人が声の方を振り向くと、キャップを被ったジェニファーが立っていた。


「お前かよ」


「Mr.ティソン。しばらく見なかったが、その程度の成績で満足しているとは、君の浮わついた性格は変わっていないようだね」


 どうにも相性の悪いクラークは、「ほっとけ!」と吐き捨てるように言い返す。


 ジェニファーは無関心そうにクラークから目線を逸らし、腕組みをして別のところに目をやった。


「あっ、森島さんが苦戦していますよ!」


 ランの言葉に、メリルとルミナスがステージを見やる。


「蛍(ほたる)ちゃんがか?」


 クラークもフェンスに寄りかかり、蛍のステージに視線を移した。


 相手は身長三メートル超えの、巨人(オーガ)級の男の心苗(コディセミット)だった。背中と胸元に覗く皮ふが、フジツボのような灰色をしている。

 蛍は『迅雷六紋剣』を投げ出す。男は鋼鉄よりも硬く鍛えた体を高速回転させて攻撃を生身で受け止める。源で作られた大型の手裏剣は、焼かれた炭のように火花となって散る。男は何のダメージもないと言うように、叫び声を上げた。


「相手はロキンヘルウヌスカレッジ、2年C組のラウコルか?」


 クラークの疑問に、鄧(トウ)がさりげなく答えた。


「たしか、彼のクラス順位は20位。今回のイベントでの成績は13戦、7勝6敗のようだね」


 凶暴な感情を見せる男に対し、蛍は無意識に左手で苦無形の脇差しを作った。

 男は掌を地面に当て、源気をステージに注ぐ。源気の衝撃を受けたステージは耐えられず、一直線に割れ目が現れ、その割れ目から石が爆発的に飛び散った。


 蛍は跳び避ける。

壊滅的な技の威力は、防御結界まで走った。衝撃そのものは避けられても、飛び散った小さな石礫で、蛍は顔に擦り傷を作り、流血している。


 相手の技の破壊力の高さを知っても、蛍は動揺することなく、男の仕草に目を光らせ続けた。


「不破君には負けたようだけど、私は彼には勝てなかったヨン」


 鄧は落ち着いた様子で相手の男を観察していた。


「彼はハルオーズ人、キヌオーグ人種に特有の角質化した皮ふを持っており、これは鋼鉄ほどに硬い。それに加えて源気の強化訓練を積んでおり、さらに数十倍硬い体を持っているという。天然の鎧を着ているようなものだね。急所を狙っていかなければ、同レベルの飛び道具であっても効果がないだろう」


 蛍はスピードを上げ、五度目となる男の技を回避した。そして、左手の脇差しを防御体勢に構えつつ、右手のアイテムに源を注ぐ。


 相手が攻撃を撃ち出す瞬間、蛍は死角に跳び移る。ラウコルのふくらはぎに重い蹴りを入れると、山のような巨体が遂に崩れた。


「皮ふは丈夫みたいだけど、頭部の急所はどうかしら!」


 蛍は用意していたアイテムを頭上高くに放り投げる。アイテムは7つに分かれると、そのうちの6つ、三角柱の形をしたユニットが、ラウコルを取り囲むように展開された。そして残る一つ、それらのユニットを制御している機元(ピュラト)本体が一番高くに飛びあがる。


 蛍はまた跳びあがり、まずは左手の脇差しでラウコルの太もも裏を斬りあげた。さらにジャンプ力を活かして一気に空中に跳びあがる。


 蛍は身軽にバク転すると、ラウコルの頭を踏み台にして蹴る。三角柱のパーツは六角形の頂点になるように展開されており、蛍はそのパーツに向かって上手く跳び上がった。


 頭を蹴られたラウコルは激怒し、蛍を掌で振り落とそうとした。だが、


「食らいなさい!『疾風迅雷剣・紫電乱舞斬り』」


 攻撃を逃れた蛍がさらにバク転し、三角柱のユニットを踏み石にする。蹴られたユニットはその圧力に耐え、さらに裏口から注がれた蛍の源(グラム)をエネルギーにして噴火すると、推進力で蛍を押し出した。勢いよく飛びだした蛍は、脇差しでラウコルの頬に一閃を食らわせる。


 蛍の攻撃に対して、ラウコルは身を翻し、裏拳を振り回した。

 蛍は拳を避けつつ反対側のユニットを踏み台にして跳びあがり、今度は首を斬りつける。


 こんなふうにして、蛍は6つのユニット間を行き来しながら、徐々にそのスピードを上げていった。その速度のあまりの速さに、ラウコルはすでに反応できなくなっている。蛍の脇差しが、光の軌跡を刻んでいく。


 十数回の斬撃ののち、今度はラウコルの肩を手で押し、掌から放った源で逆立ちのまま自分を上空へと押しあげる。最初に上空に飛ばしていた機元を踏むと、行きよりも加速度を上げて、ラウコルの頭蓋に踵落としを叩きこんだ。


 さすがの連続技が効いたのか、ラウコルは目を回し、体を不自然に揺らしている。

 蛍は地面に着地するとまた跳び上がり、宙返りしてそのまま足の甲をラウコルの顎に蹴り入れてトドメを刺した。


 ドォォオン……と、ラウコルの体が倒れる。


 遅れて着地した蛍は息を荒くしながらも、時間切れになるまで視線だけはラウコルを追っていたが、バトルの結果が決まったのを確認すると同時に警戒心を解き、体も呼吸もクールダウンに入った。


「危うかったが、何とか星を掴んだね」


 苦戦の果ての勝利に、藍もホッとして握っていた手をゆるめる。


「これでうちのクラスが一勝増やしましたね」


 直後、成績ボードに蛍の戦績が加えられる。

 ボードには蛍個人の成績も書かれており、16戦中、8勝4敗4分。その内容を見て、ジェニファーが鼻で笑う。


「ふ、あんな相手に決め技を使うとは、所詮は三流の心苗だね。かつてはヤングエージェントだったかもしれないが、少し過大評価していた」


 戦闘至上主義のルルには、ジェニファーの態度も気に入らなかった。


「へぇ~。そう言うあなたはクラスの上位者なのに、あまりバトルを受けてないようだけど?」


「運動会並みのイベントだ。真剣にやる価値もない。クラスのイベントだというのにMs.ハヴィテュティーだって初日しか顔を出していないんだ。そんなものに私たちが懸命になる理由がどこにある?」


「そんなこと言うて、日頃メビウス隊の仕事ばっかりなんやから。クラス成績評価4位らしく、もう5試合くらい勝ってもらいたいもんやわ」


 やってきた綾(れい)を、ジェニファーは目だけで睨む。そして、12戦完勝不敗という自分の記録と綾を比べ、不敵に笑った。


「フン、20戦しているとはいえ、18勝1敗1分という戦績は恥じてもらいたい」


「普段からA組の闘競(バトル)成績にほとんど貢献してない心苗の説法なんて聞きたないわ」


 敵対意識を持つ二人は睨みあい、場に緊張感がみなぎる。そこに、メリルが苦笑しながら割って入った。


「オヨンヨン~。二人とも、今は喧嘩してる場合じゃないヨン?」


(これじゃダメですね)と、藍は深く溜め息を付きながら思った。


(はぁ~。ハヴィテュティーさん、戻ってこないかな……)

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