2-54.心強い相手たち

 ヨウとの戦いを見ていたイリアスは、ハイニオスに転入してからののぞみの成長に感心していた。


「のぞみちゃん、凄いよ!敖ちんの直撃を受け止めるなんて。いつの間にそんなに戦闘力を伸ばしたの?」


 ガリスも冷静にのぞみを評価した。


「日々の強化訓練の成果が出てきたんですね」


 ハウスメイトたちがのぞみの成長を褒める一方で、対戦相手だった楊は、以前から変わらないのぞみの弱点を評価した。


「ただ、目的のない戦いで日和る癖は相変わらずだな」


 痛い指摘に、のぞみは苦笑しながら頷いた。


「そうですね……。やはり敖潤様は強いです」


「神崎さん、ハイニオスにいながらそんな良い加減な態度で戦闘に向き合ってるのはマズいと思うぜ」


「楊君……そうですよね」


「ちょっとヨウ君、言い過ぎよ!のぞみちゃんはそんな好戦的な心苗コディセミットじゃないもの」


 イリアスがのぞみを庇おうとすると、楊は真剣な眼差しのままイリアスを見つめた。そして、返事をしないままでのぞみに向き直る。


「優しさが通用しない戦だってある。優しさは、戦えないことの言い訳にはならないんだ」


「でも!」

「イリアスちゃん、ありがとう。でも、楊君が正しいです。楊君、私もその課題については理解しているんです」

「それに、真面目に戦わないってのは、眼中にないっていう意思表示に取られる可能性だってあるぜ」

「そんなふうに思っているわけではないんですが……」

「神崎さんが人と仲良くしたいのは分かるぜ。だが、闘士ってのは単純な奴も多い。奴らにとって交流は、言葉よりも拳で、武力で語るものかもしれないぜ?だから、バトルを断るってのは、その相手と話したくないって意味に取られることだってある」


 それを聞いて、ルルの誘いを断ってから、クラスメイトの多くから敬遠されるようになったのはそのせいではないかと、のぞみは反省した。


「……お互いに傷つけあうことや、痛みが、会話になるんですか?」

「別に殺し合いをするわけじゃないだろ?自分の全力で相手と手合わせをするっていうのは、その相手に敬意を払うってことだ。勝ち負けと関係なく、コミュニケーション法と思えばいいんじゃないか?」


 仲良くなるための一つの方法がバトル。闘士の価値観を、のぞみはまた一つ理解し始めた。


「武が友だちになるきっかけを作るんですね」

「そうだ。神崎さんは自主修行も始めたわけだが、日々の修行には練習相手が必要だろう。俺と敖潤ごうじゅんで良ければ、その役割を担えると思う。敖潤は戦士として、幾千万という年月をかけて積んだ経験があるからな。槍、刀、剣、格闘技。何だってできるぜ」


「敖潤様を練習相手に?良いんでしょうか、失礼になりませんか?」

「失礼?そんなわけないだろ。神崎さんの剣筋から伝わってくる想いが心地良いと、敖潤は喜んでるぜ。未熟でも、努力する奴のことが敖潤は好きだからな」

「そうでしょうか?」


 のぞみは敖潤を見上げる。竜人の表情はよく分からないが、眼差しには楽しげな光が差しているように見えた。


「それより神崎さんは、遠慮なく攻めてくれ。傷を負っても俺がカバーするから安心していいぜ。敬意を持って暴れてくる相手なら、安心して甘えてくれる可愛い子のようだと敖潤は感じるだろう」


 使役人と聖霊との同調率が高いほど、繊細な動きまで操れる精度は上がる。だが、聖霊が損傷した場合には痛みまで分かちあうことになり、聖霊の存在の維持にはより多くの源気グラムグラカを与える必要もある。同調率が高ければ聖霊の回復の短縮にはなるが、使役人の負担は大きくなるのだ。


「それは楊君とガリス君の負担が大きくなりませんか?」


 暗にガリスのことも巻きこむようなのぞみの言葉を聞くと、楊はガリスの後ろから、首に腕を回した。


「大丈夫だぜ。俺は闘士の幼なじみとの手合わせに耐えてきたんだ。それくらい問題ないぜ。飛び道具ならガリスも協力してくれるよな?」

「本当ですか?」

「僕でお力になれるなら、いつでもお付き合いしますよ」


 ガリスはのぞみに微笑みを返した。


「でも、楊君もガリス君も、今は他の方と、もっとハイレベルな戦闘経験を積むべきじゃないですか?」


 二人の協力はありがたいが、のぞみは自分のために彼らの時間を奪うことに抵抗があった。というのも、楊とガリスは『尖兵スカウト』の資格取得を志望しており、『実技戦闘』の成績評価が重要視される。強化合宿に参加するクラスメイトたちのように、なるべくたくさんの戦闘経験を積むべきなのは明らかだった。


「テスト期間中、もしも何かが起こっても、俺たちは直接介入することができない。ハウスメイトとして、せめて神崎さんが自衛する力を付けられるように、戦闘能力の強化っていう形で守らせてくれ」

「それに、戦闘能力が上がれば、力でしか会話ができない人からもリスペクトを受けられるようになるはずです」

「二人とも……ありがとうございます、心強いです。敖潤様も、ハンガキスト様も、改めてよろしくお願いいたします」


 丁寧な挨拶に、敖潤もニッコリと目を細めて笑った。


「では、続きをお願いします!」


 のぞみは竜王敖潤と楊に向かって再度、礼をすると、『獣王門』の構えを取った。


 敖潤が身構えたのを合図に、のぞみが跳び進む。

 ティフニーから授かった技を繰り出すと、敖潤が熊よりも大きな手のひらで受け止めた。


 のぞみは午前中いっぱい、敖潤との強化訓練を続けた。

 その間に、身辺警護メンバーはリュウとカイルに入れ替わった。

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