2-54. 回游守備

「楊君」

「ヨウ君、まさかあの海龍神を使うつもりじゃないでしょうね?」

「それしかねぇだろ。神崎さんなら対応できるはずだ」


 イリアスは時折やっている楊とガリスの手合わせの様子を思い出し、のぞみの相手を楊が務めることに疑問を抱く。


「ただのお試しなのに、そんな乱暴な戦い方、危ないんじゃない?」

「安心しろ。敖潤こうじゅんとの同調率はさらに高まってる」


 ハウスのメンバーとの間で、ミナリが刀に与えた機能の発動条件を満たす方法は他にないだろうと、のぞみは思った。


「大丈夫です。私は耐えてみせますから、よろしくお願いします」


 のぞみの返事を聞くと、楊が竜王敖潤を呼び出した。竜人は3メートルもの高さを持ち、鎧を着けている。鮫に化けた手は槍を翳していた。高天原の神々とは違う系統の聖霊だったが、のぞみの敖潤に対する敬意は変わらず、一礼を捧げた。


 ミナリとイリアスが二人から離れ、テラスの一歩前まで退いたのを合図に戦いが始まる。


 のぞみはここぞとばかり、数日前から習得中の『ルビススフェーアゾーン』を活かして、80クル(1クル=1.2センチ)の球状源気グラムグラカバリアを展開した。


「楊君、敖潤様、よろしくお願いいたします」

「よし、始めるぜ」


 楊のかけ声とともに、敖潤が飛び出す。

 のぞみは身を引き、最初の刺撃を避けた。

 敖潤はさらに迫り、十数回の連続刺撃を繰り出す。


 のぞみは自分の身から30クル内の源気密度を上げて防御を展開した。敖潤の槍は、見えない壁を撃つように速度を抑えられ、その間にのぞみが刀の防御技で攻撃を受け流す。どれも間一髪ではあったが、しっかりと避けていた。


 だが、やはり短刀で槍に対応しようとしても、間合いで劣ってしまう。身長の差もあるのぞみには不利な状況だった。


 竜王敖潤の繰り出す槍は攻撃が速く、また動作を止めるまでの時間が短い。巧妙な槍技に、のぞみは攻撃のタイミングを掴めない。さらに、神に対する敬意のせいで攻撃欲が低く、防戦に徹する状況になってしまっている。


 だが、のぞみと竜王敖潤の戦いに、ミナリもイリアスも唖然としていた。

 一ヶ月半前と比べ、別人のように戦闘スキルを上達させている。

イリアスが、のぞみに向かって称賛を送った。


「のぞみちゃん!聖霊との白兵戦でここまで打ち合うなんて凄い!」

「ただ、仲間うちでの戦いで遠慮してしまう癖は変わらないようですね」


 やってきた男に、ミナリが声をかけた。


「ガリス君、今日はお出かけの予定じゃなかったんだニャー?」

「その予定でしたが、直前で友人にキャンセルされました」


 ガリスは敖潤と戦うのぞみを、眩しそうな眼差しで見つめた。


「たったふた月の間に、ハイニオスでの修行ですっかり伸びましたね」


 戦闘開始から120秒間。のぞみは敖潤の攻撃が有効にならないよう、凌ぎ続けていた。


 楊はそんなのぞみを間近で見ながら、面白いというように笑みをこぼす。


「神崎さん、思った以上に伸びてるぜ」

「そうでしょうか……」


 そう言う楊も、高い集中力を保っている。竜王敖潤の俊敏な動きは全く変わらなかった。

 のぞみはヴィタータイプの体質に加え、ミナリの刀の機能を活かして防戦を長く続けられているが、やはり少しずつ集中力が低下してきている。『ルビススフェーアゾーン』の効果は弱まりはじめていた。


 頭上から垂直の攻撃に、逃げる間もないのぞみは刀で受ける。足腰をしっかりと踏んばり、重力に耐えた。


 ハイニオスの教室で毎日、重力倍増環境で勉強しているのぞみは、敖潤の3トンもある圧力に耐えることはできる。しかし、それを押し返すほどの余裕はなかった。


 その時、ミナリの創った短刀が光り、体力を回復させた。のぞみは疲労感が取れ、楽になるのを感じる。しかし、敖潤も槍を立て直し、頭上で振り回しだした。


 次の一秒。

 横に振り払われた槍による衝撃波は、のぞみの展開し直した『ルビススフェーアゾーン』により効果を削られ、吹き飛ばされた。


 のぞみは受け身技を使って地面への衝突ダメージを軽減させたが、その際に短刀が手から離れた。


「今だ!」


 楊の命令に応じ、竜王敖潤は槍を高く掲げ、追撃を加えようとする。


 その時だった。


 のぞみの手を離れた短刀が、意志を持ったように飛びだし、敖潤を脇から突き刺した。

 ダメージを受け、敖潤がひるんでいるうちに、のぞみは立ち直り、移動する。


 敖潤の背後に回ったのぞみの元に、短刀が跳び寄る。主の身を守るようにその周囲を回游すると、盾のようにのぞみの前に浮かんだ。


「えっ?刀が自ら戻ってきた?」


 思いがけない効果に驚きながらも、のぞみは刀の柄を握り、臨戦態勢を整える。


 竜王敖潤もまた槍を振り回して次の準備動作を始めたが、楊が声を上げた。


「敖潤よ、そこまでだ」


 その一言で敖潤はあっさりと戦闘態勢を解き、槍の穂を上向きに直す。


 ミナリとイリアスがのぞみに駆け寄り、感想を聞いた。


「のぞみちゃん、どうだったかニャー?」


 のぞみは短刀を脇に置いて、キラキラした目でミナリを見た。


「ミナリちゃん、凄いものを創ったね!」


 のぞみは試作品の刀をミナリに返しながら続ける。


グラムを自由に動かせない闘士ウォーリアにとっては便利な性質だと思うよ!攻撃か守備か、どっちを重視するかによっても使途が変わるし、刀剣以外の武器にも応用できるコンセプトだね。もっとたくさんの可能性を秘めてるように感じたよ」


「守備を重視するなら、どんなふうに調整するといいかニャー?」


「うーん、さっき私のところに刀が戻ってきたときは、刀の切っ先だけが相手に向かう横向きで回ったけど、私だったら刃全体が相手を向くように縦向きに回るようにするかな。そうすると接近戦だけでなく、飛び道具にも対応できる防御になるし、回転速度が上がれば多重の弾幕も防げるよ」


「わかったニャー、『指令回紋マンダキュー』を描きなおしてみるニャ」


『指令回紋』は、操士ルーラー本人ではなく、他者のための物を創る時に描き、創造物に組みこむ。使用者が変われば源気も変わってしまうが、『指令回紋』があることで、同じ性能を再現することが可能になる。要するに、操士の代わりになるものといえるだろう。


『指令回紋』の描き方には、言語的にいくつかの基本があるが、性質のコピーを防ぐため、プロの操士は言語や紋様の形状を独創的にする。


「でも、私だけの感想だと主観的すぎるかもしれないから、もっとたくさんの人に試用してもらえると、もっと完成度を上げられると思うよ」


 理屈はそうだが、ミナリには闘士や騎士レッダーフラッハの知り合いはあまりいない。本当はのぞみのクラスメイトに頼みたいところだが、色々と大変そうなのぞみにこれ以上の迷惑をかけることはできないと思っていた。ミナリは困ったように眉を寄せて笑った。


「うん、わかったニャ。のぞみちゃん、感想を教えてくれてありがとうニャー」

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