2-54. ミナリの短刀

 翌朝、第28シェアハウスの屋根には氷柱つららが垂れていた。前庭からは、ドッドッドッと何かが打たれるような低い音が聞こえている。ロロタスが熊手に似た道具を使って、昨晩のうちに雨水が凍ってできた氷を割る作業をしているのだ。割ったあとの氷の塊は、両側の芝生に払い出すところまでが彼の仕事になっている。


 飛空艇テュルスの音が近付いてくる音が聞こえると、玄関扉が開き、のぞみが駆け出してきた。前庭を通り過ぎる時、ロロタスに向かって挨拶をする。


「ロロタス、おはようございます!」


 ロロタスは目線だけ合わせ、無言で頭を振る。それが彼の返事だった。


 のぞみはそのままゲートを出ると、転送ゲートのところまでやってきた。ミュラの代わりに、今日はのぞみが荷物を受け取るらしい。


 配送の飛空艇は、タコのような触手で、6つの包装された箱を台に置いた。


<以上6点、配達物を確認の上、サインをお願いします>


「はい、間違いありません、ありがとうございます」


 のぞみがマスタープロテタスを使って受け取りサインをすると、飛空艇は浮上し、<ご機嫌麗しゅう>と挨拶をすると飛び去った。


 のぞみは乱気流に揺れる横髪を押さえながら、飛空艇が飛んでいくのを見送る。


 それから皆の荷物をまとめて運び、リビングにある受け取り用の台に置いた。


 そしてのぞみは、自分宛の荷物を自室に持っていき、箱を開封した。最初に見えたのは、ドラゴンの皮で作られた武器の収納ケースだ。表には、ケースの開閉をするためのビカビカした金具のスイッチが付いている。

 新品の匂いを嗅ぎ、のぞみはワクワクしながらケースを開く。中には金と銀の、二本の刀が収められていた。柄も鍔も、のぞみが創ったものと全く同じ意匠になっている。


「こっちは『尖兵スカウト』仕様のアクションベルト?おまけというには贅沢すぎる……」


 のぞみはケースの中に入っていた帯刀用のベルトを取り出した。

 そのベルトは、持ち主が戦闘態勢に入ると、その人の最適な抜刀角度に合わせてくれるものになっている。逆手で鞘を握らなくても安定性が十分にある、機能的なものだ。


 ちょうど部屋に戻ってきたミナリが、のぞみに近寄った。


「のぞみちゃん、皆と一緒に朝ご飯を食べる時間だニャ」

「うん、分かったよ」


 そう言いながら、のぞみは刀の鑑賞をやめられない。


「先週アルムアルト先生に注文した刀かニャ~?」


 ミナリが後ろから覗きこんで訊ねた。


「そうだよ、さっき届いたんだ」

「本当にいつものぞみちゃんが創るものとそっくりだニャー」

「うん、注文通りだね」


 のぞみは金の刀を鞘から抜き、金色の刃をじっと見つめる。断面は楕円状になっており、太さは木刀よりも細い。


「あれ?刃も峰みたいな丸みがあるニャ?磨かれてないのかニャー?」


 のぞみは右手だけで、刀の重さを試すように素振りをしながら応える。


「アルムアルト先生に特別に注文した、人を斬らない刀だからね。たしかにこれは、斬撃っていうよりも、打撃を与える武器に近いね。……何だか懐かしい気がする」


 のぞみは生家で最初に鍛錬した、木刀の剣術を思い出した。


 ミナリはプロの作った刀の完成度に感心して見ている。


「綺麗だニャー」


 今度は両手で持って素振りをしながら、のぞみがミナリに訊ねる。


「そういえば、ミナリちゃんが試作したアイテムはできたの?」


 ミナリは耳をピンと立てると、少し後ずさりした。プロの創ったものを見てしまうと自信がなくなる。


「はいニャー……。ソードを創ってみたけど……鞘はまだ完成してないニャ……」


 のぞみはただちに刀を鞘に収め、ミナリに向き合った。


「ミナリちゃんが創ったアイテム、見てもいいの?」


 ミナリは頷くと、両手のひらを開き、のぞみに見せた。鱗紋の柄に、峰は魚のヒレをモチーフにした白銀色の短刀だ。美しく造形された個性的な作に、のぞみは目を丸くする。


「えっ?これで試作品?」


 ミナリは恥ずかしそうに笑った。


「はいニャー」

「ミナリちゃん、凄いよ!初めて創ったとは思えないくらい完成度が高いね」

「そうかニャー」

「この短刀には、どんな性質が付与されてるの?」

「使用者の体力回復と、回游守備の性質だニャー」

「回游守備ってどんな性質なの?」


 聞いたことのない性質に、のぞみは興味津々の様子だ。


「使用者の源(グラム)を認識する仕様になっているから、攻撃を受けたりして刀が手から離れても、自ら主の元に戻ってきて、相手の攻撃を食いとめるようになってるニャ。そうすると、使用者は戦いを続けやすくなるはずだニャー」


「そうなんだ。食事の後で使ってみてもいい?」


 ミナリが嬉しそうに頷き、二人は部屋を後にした。


**


 一時間後、ハウスの裏庭では、のぞみがミナリの創った短刀の試し斬りをしていた。

はじめに協力しているイリアスが手にワンドを翳す。凍った炎の形をしたその先端が裏庭のある場所を指すと、そこに3メートル程の広さの円形結界が開かれた。


 のぞみがその中で戦闘態勢を取ると、結界の円周から水晶のような材質でできた結晶が生えだし、植物のように成長する。結晶のあちこちには棘が付いていて、それぞれの頂点に蕾が開くように、刺々とした星が生み出された。

 星は結界の領域内に浮かびあがると、円の軌道を公転したり、バネのように上下に跳ねたりと、好き勝手動きはじめる。

 

のぞみはイリアスの創った星の的を、ミナリの刀で斬り落としていった。小太刀の持ち方で機敏に技を繰り出し、次々に刻んでいく。


「のぞみちゃん、オレゴンフレームスター、もっと出してもいいの?」

「遠慮なくどんどん出して」


 刺々とした星たちは、種から芽が出るように、次々と新たに飛びだしていく。

 のぞみは新しい的の正面に立ち、短刀を構えた。


 三人の様子を見守っているルーチェが、エルヴィに訊ねる。


「カイル君から聞いた?カンザキさんの警護体制、このまま状況が変わらなければ、ランダム形式に変わるみたい」


 エルヴィは真剣な眼差しで、試し斬りを続けるのぞみを追いながら、慎重に自分の考えを口に出す。


「ランダムですか……。たしかに刺客をおびき出す糸口にはなるかもしれません。ただ、Ms.カンザキは自主修行を行うようになり、ランダム式の警護ではリスクが高くなります。あんな辺鄙な場所で彼女を見守るという状況の成立は難しいでしょう」


「確かに違和感だらけだね」

「彼女の行動範囲の制限も併せて行わなければ、ランダムの効果は薄いでしょうね」


 ランダム方式での警護とは、現在のような身辺警護を外し、意図的な尾行は行わないという方式になる。警護メンバーたちは自由意志により、生活のなかで可能な時に、通りすがりのように警護対象を見守るにすぎない。


 この間、蜘蛛型の擬似体は幾度か現れていたが、積極的な攻勢に出ることはなかった。仮にこの行動が敵による偵察行為であるならば、10人の警護メンバー全員がすでに知られているだろう。つまり、同じメンバーが偶然を装ってのぞみを警護するなどということは、今の時点ですでに効果が薄くなることは必至だ。

 さらに、もしも敵が極めて慎重な者であるとするなら、のぞみとティフニーが、他の心苗コディセミットたちが出入りしない僻地の山地帯で稽古を受けているのは好都合だろう。これもまた、ランダムの方針を取る場合のデメリットだ。


「ったく、連中は一体どういうつもりなんだろう?」


 エルヴィは視線を落としてしばらく考えている様子だったが、またのぞみの方に目を戻した。


「本当に警護体制が変更されるなら、私は自判権を使って、ホミの力を借りるつもりです」


「外部の人間を入れるってこと?」

「この事件には関わっていませんが、彼も『尖兵スカウト』です」


 そんな話をしていると、ヨウがハウスから出てきて二人を一瞥し、そのまま足を止めずに庭に入っていった。


 のぞみがさらに3つのオルゴンフレームスターを斬り捨てると、イリアスは増産を止めた。


「のぞみちゃん、アイテムの感触はどうにゃの?」


「えっとね。息が荒くなってから回復までの時間が短縮してる。私はヴィタータイプだからそこまで高い効果は感じないけど、ブースタータイプの人だったらもっと明らかだと思うよ。あと、回游守護はどんなタイミングで発動するの?」


「刀が手から離れた時、主が敵に攻撃を受ける前に発動するニャー」

「それは、私が相手から強い攻撃を受ける必要があるね」

「俺で良ければ手伝うぜ?」


 三人が一斉に振り向き、のぞみが声をかけた。

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