2-53. 警護方針の変更

 同時刻、イールトノンの中央情報中枢センターのステージには五人の人物が立っていた。

 そのうちの一人であるグラーズンは、捜査班の進捗が思わしくないことに腹を立てている。


「捜査班に『尖兵スカウト』四人を追加投入したというのに、二週間経って手がかり一つないとは、一体どういうことだ!?」


 苛立ちを露わにするグラーズンに対し、アーリムは落ち着いた様子で返事をする。


「町で店や住民に取り調べを行ってはいますが、不審者の情報もなかなか入ってきません。出入国記録のない指名手配人たちも掴みましたが、全て事件とは無関係でした……。捜査班としては恥ずべき状況ですが、容疑者はうまく尻尾を隠しているようで、該当する源(グラム)紋反応も取れておらず、現状は打つ手がありません」


 ステージ上でも少し離れた場所に席のあるメッキーが、椅子によりかかり、腕を組んで訊ねる。


「連中は極めて慎重なようですね?源気グラムグラカのレーダーセンサー機能を無効化させる手段が多いですが、ずっと身を隠しているのであれば、物資の補給をしていないのが妙だわ」


 がメッキーを一瞥した。


「あなたは彼らに協力者がいると言いたいんですか?」

「異なる時間点から来た人間が、姿や気配を完璧に消し去るということはありえませんもの」


 アーリムが蘇に訊ねる。


「ソ、そちらの警護班は何か新しい手がかりは掴んでいますか?」

「いや。七日前、闘技場にミル級の蜘蛛型擬似体が現れて以来は何も。同様の手口で神崎さんや警護班の情報を入手しているとわかったが、それはもう容易く排除できる。警護班の話では、操縦者の姿はなかったということだ。仮定していたとおり、

遠距離操作だろう」

「なるほど、その偵察行動をいつでも攻撃に変更できるという意味を孕んでいるわけだね。それでも相手の居場所を掴むことはできないのかい?」


 話に割りこんできたのは、グラーズンとデザインの似たスーツジャケットを着た男だった。


「ハークスト。ミッションの担当は私と蘇だ。あなたには指示を出す資格はない」


 冷静で色気のある低音で話すその男はデニエル・ハークスト。真っ白な肌に高い鼻、金茶のベリーショートヘアの彼は、顎に薄い髭を残して笑った。


「確かに私はミッションの実行担当ではないが、ロットカーナルの治安補佐官として警護班に二名の『尖兵』を派遣している。さらに当案件では当学院にも蜘蛛型の擬似体が現れているのだから、意見を言う権限はあるはずだが?」


「君の対策はいつもこちらの方針に背き、足手まといだがね」

「こちらは全力でサポートしているつもりです。そちらの『尖兵』ばかり贔屓していると、いつかミッションの支障になるかもしれないね」


 アーリムは不機嫌な顔のままハークストの言葉を無視し、グラーズンに向かって話題を戻した。


「部長、私たちがこの事件の主導権を握らねば、状況は変わらないと思います」

「ほう、何か提案でもあるのかね」

「今の警護体制をランダムに変更し、Ms.カンザキの警護が手薄になったようなフェイクで犯人をおびき出すのかいかがでしょう?」


「なるほど」と、グラーズンは深く頷きながら、提案について思案している様子だ。


「自分は反対ですね。今、神崎さんの力は弱化しています。身辺警護がランダムに変われば、確実に彼女の安全リスクは高まるでしょう」


 蘇の声は強く、アーリムの意見を棄却したいようだった。


「だが、今の状況が長引けば、先に警護班メンバーが持たなくなる。Ms.カンザキだけでなく、配備された警護人たちの死傷リスクも高まるだろう」


 手詰まりを感じていたグラーズンは、アーリムの提案に関心を示す。


「険しい手ではあるが、打開策としてはやむを得ない選択かもしれん」

「……もう一週間待ちませんか?それでも状況が変わらない時には、ランダム式警護体制に変更しましょう。その時は自分も警護に加わります」


 蘇は、本当であればのぞみのスキルが使えるようになるまで警護体制を崩したくなかった。だが、そこまで伸ばすことは非効率であり、怠慢と取られる可能性もある。きっとグラーズンは認めないだろうと、一週間というリミットで譲歩した。


「しかし、ランダム式では警護の強度が弱まる可能性がある。ラメルス君の手配した四名を警護班に加えて支援しよう」

「分かりました」


 グラーズンはもう一度、頭の中で事件全体の構図を確認してから、「良かろう」と頷いた。


 ステージから降りようと、踵を返すアーリムに、グラーズンが声をかける。


「ラメルス、どこへ行くつもりだ?」

「話し合いが終わったので捜査を続行します」


 捜査の権限を持っているのはアーリムだ。グラーズンがそれを止める理由はない。


 離れていくアーリムの背に、ハークストが呼びかける。


「君が今、進行中の事件を何件扱っているのか知らないが、未来から来たアサシンとMs.カンザキの警護、事件の捜査には、何%の力を投入しているのかな?」


 ステージを降りたアーリムが、足を止めてハークストを見た。


「いつも通り、全力を尽くして捜査しています」

「そうかい。手段を選ばない君が本気を出せば、さらに早く容疑者の洗い出しをできるものと期待しているが?」

「いくら私でも、個人のプライバシー権を犯すような捜査は認めません。確実な証拠がない限り打つ手はない。申し訳ないが、他にも手の離せない事件があるのでお先に失礼する」


 アーリムはそう言い残すと、中枢センターを後にした。

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