1-6. Truth or dareゲーム ③

のぞみはどうしてもヌティオスの腕が気になってしまい、話題を変える。


「ヌティオスさん、手の怪我は大丈夫ですか?なかなかひどい傷ですね」


自分の折れた腕を見て、ヌティオスは平然と言う。


「ああ、これか?たいしたことはないぞ。手の一本くらい、しばらくは折れていても平気だ。グラムを循環させればすぐに治るからな。ほら」


 ヌティオスは他の三本の手を使い、ゴキッと音を立てたかと思うと、無理やり折れた右下の腕の骨を元の向きに治した。それから、源を折れた腕に集める。右下の腕が緑色の光を纏ったかと思うと、みるみるうちに痛々しかった傷口が修復されていった。


「なるほど、知識としては知っていましたが、『気癒術きゆじゅつ』というスキルですね?やっぱり闘士ウォーリアの方々はみんな、そもそもの体の素質が丈夫ですね」


 闘士は体質的に、他の属性の人々よりも体が丈夫にできており、回復力だけでなく、ダメージや毒への耐性に恵まれている。さらに気癒術を使うことで、循環器系に源を流しこみ、細胞の分裂再生の速度を一般人の数倍にまで引きあげることができる。このスキルを使うことで、傷や炎症といった軽度の傷病を治癒できるだけでなく、強い源を使うことができれば、難病を治すことも可能だ。


 腕が折れているという時点で痛々しく、それを源で無理やりに治癒させるのだから、本当はかなりの痛みを伴うはずだろう。のぞみはヌティオスの荒々しい治療を目の当たりにして、少し青ざめる。闘士の世界がこれまで生きてきた世界とは違う常識で成り立っていることを再認識させられた。そして、この世界で生きていくと決めたのだと自分に言い聞かせる。


「そういえば、ホームルームはいつもこんな雰囲気なんですか?」


「そうだ。日によっては格闘技の撃ち合いもする。ホームルームだけでなく、トヨトミの授業ではクラス全員をランダムに二つのチームに分けた対抗戦もあるぜ」


「授業でも負けたら罰ゲームを受けるんですか?」


「ああ、青汁とかいう気絶するほどまずい謎のジュースを飲むとか、一日中、クソ

可愛いキャラクターのお面を付けて授業を受けるとか、トヨトミが着ている大道芸人みたいな服で過酷な身体鍛錬プログラムを受けるとか、その時々だけどな」


「あはは。それ、みんなは素直に受けるんですか?」


「オレはいつも受けるぜ。それより、なんで皆、トヨトミを相手取ると、カゼミのようにイライラさせられるんだろうな?イライラしたら、呼吸も心臓の動きも乱れちまうってのに」


 ヌティオスには、人間の多くが持つ羞恥心や自尊心といった感情が理解できない。良くも悪くも合理的なのだ。


のぞみはヌティオスの言葉の意味を察し、自分なりの考えを紡ぐ。


「先生は相手の攻撃態勢を乱れさせるような挑発が上手ですね。おそらく、心苗コディセミットに、挑発に耐える訓練をさせたいのかなと思いますが、でも、あれで良いのかどうかは、ちょっと微妙かもしれませんね……」


「負けたら腹は立つけどよ、でも、オレは罰ゲームの罰っていう意味がわからねぇな。青汁ジュースを飲むと体が強くなるし、身体鍛錬プログラムは、パワーアップのために受けるべきだろ?なんで皆、それを罰だって思うんだ?」


「ヌティオスさんのように考えられたら、みんなもっと強くなれるかもしれませんね。でも、このクラス、なんだか賑やかで楽しそうです」


 教室の一角でのぞみがヌティオスと穏やかな会話をしているとき、義毅よしぎれいはまだ、ソードの打ち合いを続けていた。綾がどんなに全力でソードを押しつけ、ハイスピードの斬撃を連続で繰り出しても、義毅は押し返し、斬撃を躱す。


「うーん、惜しいなぁ、風見かぜみ


 時間の経過とともに怒りのボルテージが頂点へと上りつめていく性格の綾は、なかなか自分を鎮めることができない。正常でない精神状態で、一瞬の隙ができ、防御の緩みを突くように、義毅の刺撃が綾のヘルメットに当たった。


「よーし!一本!」


「くっ!!」


 燃えさかる炎のように怒る綾は、呑気に立ち上がったヘルメットの花を掌で叩きつけるようにして押さえる。そして、義毅を睨みつけながら、迷いなくスカーフリングを外した。


「次こそ……」


「おいおい風見、まだ質問してないぜ。年頃の女が簡単に脱ぐんじゃねぇよ」


「ハッ。どうせまたしょうもない下ネタやろ?聞く価値もないわ」


 獲物を捕らえる前の獣のような目をした綾を、義毅は顎をさすりながら観察する。そして、つまらなさそうにステージから教室を見下ろすと、一人の心苗を指差した。


「さて、そろそろ交代するか。不破ふは、変わってくれ!」


「はいはーい!俺様も風見とやりたかったんだ!」


 修二は慣れた様子で安請け負いし、ステージに上がる。


「おーい、誰かそっちにあるヘルメット取ってくれ」


 狐耳のメリルが、教卓の棚からヘルメットを取り出す。


「トヨトミ先生、投げるヨン!」


 メリルは片手で砲丸投げのマネをして、義毅に向かってヘルメットを投げる。高速で投げられたヘルメットを、義毅はバシリと右手で受け取った。


「メリル、サンキューな!さ、不破」


義毅は嬉々としてヘルメットを修二に渡す。


「勝ち逃げするつもりか?」


従順にヘルメットを被る不破を横目に見ながら、綾は不愉快さを全面に漏らす。


「風見、戦に善悪はねぇ。どんなに理不尽なことでも、外道なマネをしても、勝った者が絶対なんだ。敗者には選択肢は与えられねぇ。風見。お前は攻撃のテンポが速い。それは伸ばすべきところだな。だがその代わりに息が乱れると剣筋が雑になって相手に見破られやすい。弱点がわかれば、また鍛えられるだろう?強くなってまたかかってこい」


 プライドの高い綾にとって、クラスメイトの前で弱点を突かれるというのは屈辱だろう。だが、指摘は事実であり、義毅は綾の担任だ。綾は歯噛みして食い下がることしかできなかった。


 のぞみは一連のやりとりを俯瞰して、義毅がくだらない遊戯に興じているわけではないということに気付いた。ゲームを通して、心苗がそれぞれ鍛えた成果と現在の技量を試しているのだ。


 先生と生徒という関係だけでなく、心苗同士も闘競ほどの深刻さを持たずに

チャレンジしあい、交流できる。きっと今回はとくに、操士ルーラーという本質を持ちながら、闘士の世界へと入りこんだ異物である自分を、クラスメイトの一員として迎えいれるための通過儀礼のような意味もあったのだろう。


 ついさっきまで、先生との打ち合いで緊張したり、ふざけた質問や脱衣を強いられ恥ずかしい思いをさせられ嫌な気分も味わったが、終わってみると、意外にものぞみは、義毅のことが嫌いでないような気がしてきた。


 とはいえ、罰ゲームがこのクラスでは日常的なことであり、さらに辱めを受ける可能性もあるというのは複雑な気分だった。


 のぞみの耳に、ゲームへの野次が聞こえてきた。そういえば、今日は新学期初日だというのに、なんの説明もなくゲームだけが続いている。義毅がステージから降りた今、教室にはカオスな空気が漂っていた。


 ホームルーム終了を告げるチャイムが響く。


 義毅はまだTruth or dareゲームが続いているのをわかっていながら、クラスの指揮権をいつものようにティフニーに譲り、煙のように教室から去って行った。


 のぞみは義毅と話すチャンスを掴めずもどかしかったが、クラスメイトと馴染むのに、これ以上、教師を頼っていてはいけないと言われているような気がして軽く息を吐く。そして、扇状に広がる席の、三段目の真ん中辺りに腰を下ろした。


 椅子にかけていると、ようやく少し気分が落ち着いてきたので、次の授業の準備をすることにした。のぞみは自分のマスタープロテタスを机に置いて、出席の登録をする。すると、机が光り、その光の粒子が集まってノートと教科書が現れる。それらは自動的にパラパラとページを繰って、次の授業の始まりの場所で開かれる。予習をしようとのぞみが教科書に目をやったとき、右の方から誰かが近づいてくる気配があった。


「よう!可愛い子ちゃん!」


 紫と黄の混ざったアフロ系ウルフの髪型が最初に目に入って、のぞみはすぐに、さきほど自分に質問をしてきたクラスメイトだとわかった。


「あなたは、不破さん?」




つづく

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