1-6. Truth or dareゲーム ②

 また破廉恥な質問をされるものと思っていたのぞみは、三秒ほど静止し、息を整えて答える。


「私は神霊ドルソート操士ルーラーですよ」


 操士ルーラーには、空間に物を作る領域テリトリー系、小さなアイテムや装備、武具を作る錬成フォーイング系、大型の飛行艇や戦闘ユニットの機元ピュラトなどを作れる無機イノガンス系、空想の動物や植物などを作れる生物オガニズム系、そして、霊体や神、悪魔、魑魅魍魎などと契約し、それらを具現化させる神霊系の五つの属性がある。


闘志に燃えるのぞみは質問に答えるとすぐ、義毅に向き直った。


「先生、次の挑戦を!」


「よし、いつでも来い」


 次の挑戦で負け、答えられないような質問をされたならば、のぞみは上衣を脱ぐしかない。それだけは避けたかった。勝者にしか指名権がないため、のぞみはとにかく義毅を討ち取ることだけを考える。とはいえ、教師を相手に心苗コディセミットが一本を取るというのは生半可な覚悟では叶わない。逃げ場のないのぞみは戸惑い、身動きが取れなくなっていた。


(どうしよう、このままじゃ……)


義毅はのぞみの表情に深刻な色があるのを察すると、へらりと笑みを浮かべた。


「神崎、ここは普通の剣道場とは違うんだぜ。今までお前がセントフェラストで学んだこと、身につけた技をきちんと思い出せ。ただの剣術でハイニオス学院の教師に向かっても勝ち目はない!」


「今までに学んだことですか?」


(今までこの学園で学んだスキルと、生家で習得したあの剣法をここで……?でも剣が一本しかない。いや、やってみる価値はある……!)


「やってみます」


 義毅よしきからのアドバイスを真面目に聞き入れ、のぞみは深呼吸をする。戸惑いや緊張から波立っていた気持ちが凪いできたので、ソードを左手だけで持つと、下段の構えを取る。集中を高め、源を発すると、体が椿色の光を纏った。全身を纏う源を、今度は両手に集める。


 突然の源の上昇に、義毅の趣味の悪い遊び程度にしか考えていなかったクラスメイトたちは目を白黒させた。ゲームに無関心を決めこんでいた心苗たちも、上昇した源の気配に影響を受け、教室内の全ての者が、のぞみに目を奪われる。


綾はのぞみの構えを見て思わず声を発する。


「あの子、左利きやったんか?」


ルルは綾とは対照的に、構えを見て笑った。


「何、あの構え?多少、根性はあると思ったけど、戦いのセンスは皆無ね。ソードの構えなんか変えたところで戦況が変わるわけないじゃん。スピードではクラストップの不破君ですら、トヨトヨ猿の瞬発力には勝てないんだから」


のぞみの構えを分析しながら、ライは薄笑いを浮かべた。


「いや、あれは、構えなしという型だ。剣術の経験者でもなければ知らないだろうが……」


あとを引き継ぐようにルルが言う。


「たいして強くもないのに、トヨ猿相手にいきなり上級剣術なんて、返り討ちに遭うに決まってるじゃない」


教室の反対側からゲームを見ていたクリアは、甲高い声で笑った。


「ふぅん、これがあの女の全力ってわけ?」


クリアとともに観戦していた蛍ほたるも、苦々しい表情で罵倒する。


「あいつ、この程度の実力しかないくせに、私の闘競バトルを台無しにしやがったのね。ああ!何度思い出してもムカつく!」


ステージの上の義毅は楽しそうだ。その表情はまるで、ようやくのぞみの戦闘準備が整ったことを喜んでいるみたいだ。


「いいぞ、神崎。俺と渡りあおうってんなら、その状態をキープしなくちゃ話にならねぇ」


「はい、先生!」


 もうあとがない、という今さらになって、のぞみは義毅がこのゲームに期待するものに気づいた。のぞみは期待に応えるべく、片方の足を、ステップを踏むように

少し前に出す。そして、義毅と目を合わせた。のぞみは攻撃を限界まで我慢する。


 じりじりと緊張が高まったとき、遂に義毅が突撃してくる。のぞみは避けず、

むしろ前に踏み出す。右手に集めた源を円盤状に形成すると、義毅の刺撃を下方に押さえる。義毅の体が傾き、構えが崩れた一瞬を狙って、義毅がソードを持つ左手を打った。


 義毅のソードが音を立てて床に落ちる。


 はじめ、何が起こったのかわからなかったクラスメイトたちは、一瞬ののち、驚きの声をあげた。


「うそ!」


「あいつ、トヨトヨ猿に勝ちやがった!」


「剣まで振り落としただと?」


見事に一本を取り、のぞみは達成感を得た。満足げな顔で義毅に声をかける。


「先生、今のは小手に当たりましたよね?」


 のぞみは力尽くでなく、自身の持てる力をうまく使って勝ち抜いた。義毅の頭の上には、触手が花のように立ち上がっている。


義毅は意味深な笑みを浮かべながらソードを拾う。


「やるじゃねぇか、良い一本だったぜ、神崎」


「先生、では私からの質問をしてもよろしいですか?」


「いいぜ、言ってみろ」


 ステージの下で観戦している心苗たちは、とうとう一勝を決めたのぞみの質問に興味津々だった。のぞみは人差し指を口に当て、少し考えるような仕草をしてから、ニッコリと微笑むと質問を口にする。


「先生は結婚されていますか?」


 丁寧な言葉遣いとは裏腹に、教師のもっともプライベートな情報を聞き出すのぞみに、クラスメイトは何事かと思った。思いがけない質問に、思わず転んでしまった者もいた。


 女子たちはのぞみの素朴な振る舞いを見て苦笑する。


「何あの子、純粋かよ」


「純粋というか、天然というか、まあ、どっちでもいいわ。あの程度のグラムじゃ、うちの戦力にはなんないわね」


「でも、先生に勝ちましたよ。私は凄いことだと思います」


ランは素直に感心して言った。


修二がステージの下からのぞみに向かって話しかける。


「おーい、神崎。トヨトヨ猿のゲームに熱中しすぎだぞ~」


クラスメイトたちの反応を見て、のぞみはきょとんとして答えた。


「そんなにおかしな質問でしたか?先生の質問よりずっと良識的だと思ってますが」


義毅はたいして気にした様子もなく、堂々と答える。


「ハハ、先生はなんだって答えるさ。結婚はしてない。ただ、同居している女性はいるぜ」


「なぜですか?結婚されるには良いお年と思いますが?」


「神崎はガキだなぁ。結婚っていうクソつまらねぇ契約に縛られるなんて、まっぴらゴメンだぜ。俺は死ぬまで現役の遊び人でいたいからな」


「結婚はつまらないのでしょうか?」


「ほう、神崎。お前、俺に惚れたか?」


「ありえません」


 異性だけでなく、同性や違う種族と結婚し、家族になるというのはよくあることだ。それだけでなく、気の合う複数の男女が家族となり、一つ屋根の下で子どもを育てるという家庭もある。


 男女ともに経済的に独立しているため、亭主関白やヒモといった上下関係がなく、心で必要とする者同士が結ばれる。聖光学園セントフェラストアカデミーにはホミというパートナー制度があるが、古の時代の結婚のように、一生をともに添い遂げるというような観念はほとんどない。そこには、タヌーモンス人の寿命が地球人よりも長いことも関係している。人生そのものが長い分、仕事や生き方の自由もあり、子どもが独立したあとの人生も長い。若いうちに子育てを終え、第二、第三の人生を歩むという者も多いのだ。


 それを考えれば、30代後半の義毅にパートナーがいることと、結婚をしないということは矛盾しない。社会的に見ても、義毅が特別変わっているというわけでもなかった。


のぞみの勝利を、ライは楽しげに分析し、誰にともなく話しかける。


「源の強度はまだ弱いけど、それでもトヨトヨ猿に勝つんだから、運だけではない何かがあるんだろう」


ルルは苦笑して評価を下す。


「残念だけど、さっきのはまぐれね。たとえスキルが通じても、あんな弱々しい源の攻撃じゃ、相手になんのダメージも与えられないわ」


 ナイフを手で弄んでいた少年は、義毅に勝ったときののぞみの動きを反芻しながら、面白いパフォーマンスを見せてもらったというように拍手をした。


「彼女、なかなか面白いねぇ。あれで本当に全力だったのかな?」


 アイスパープルの髪の毛が海草のように波打つミステリアスなその少年は、

モクトツ・コミル。鋭い目で、ステージ上ののぞみをじっと見つめている。


「何が言いたいの?コミル」


ルルが振り向き、コミルに問いかけた。


 コミルは含みのある笑みを浮かべ、ルルに答える。


「言ったとおりの意味だよ。彼女に関する情報は乏しいけど、ボクの勘がそう言ってる。このクラスの心苗コディセミットは、彼女のおかげで退屈せずに済みそうだねぇ」


コミルの根拠のない賞賛に、ルルは理屈で反論する。


「でも、さっきの源、強度的にはクラス50位のはつねちゃんより弱いわ。あの

程度の源でうちのクラスに入って、あの子やっていけるのかな?」


「悪いけど、君の所見とボクの勘じゃ、比べものにならないよ、ドイルさん」


ルルは苛立ちを少しも見せずに言い返す。


「万年20位のあんたの説法なんて聞くに値しないわ」


「お好きにどうぞ」


 はじめからルルとやり合う気などないコミルは、教室の壁に貼ってある的に向けてナイフを振るう。ドンッと鈍い音がして、的の中心に鋭い刃が刺さる。コミルはその一瞬だけ、狼のような目つきで殺意を漏らした。


 クラス中の心苗がめいめいに話し合うなか、綾れいは上の空でのぞみを見つめていた。


 綾は、義毅との挑戦でまだ一度も勝っておらず、恥ずかしい思いだけをさせられてきた。ただの迷子でしかなかったのぞみが、闘競の邪魔をしたり、たいして強くもない源で義毅に討ち勝つ姿がだんだんと印象に残った。


教室の空気がざわついているのを感じながら、義毅よしきはのぞみに問いかける。


「さて神崎、続きはどうする?」


「勝った人は、交代するための指名権があるんでしたよね」


「そうだ。お前が指名できればの話だがな」


 のぞみはステージの上から教室内を見回す。名前のわからないクラスメイトたちが、いろんな思惑で自分を見ている。どうしよう……と悩んでいたとき、ようやく

知った顔が一つ、見えた。


「あ!あなた、今朝の方ですよね!」


義毅はのぞみの話しかけた方を見て、それからのぞみに向き直った。


「神崎、もう知り合いがいるのか。意外にコミュニケーション能力が高いんだな」


「朝、道に迷ってしまったとき、案内していただいたんです。たしか、風見かぜみ綾さん、でしたよね?」


 転入生が綾を指名するとは思わず、教室内にひそひそと、新たなざわめきが響く。


深刻そうな表情の綾に、のぞみは困ったように微笑んで続ける。


「急な指名ですみません。失礼は承知していますが、ほかのみなさんの名前をまだ知らないんです。交代していただくことはできますか?」


 まだ一度も義毅を負かすことができない綾だが、クラス7位であるという自負が、断るという選択肢を奪っていた。綾は立ち上がる。


「ええよ、代わろか」


足で床を蹴り、直接にステージに飛び上がる。綾は緊張を殺すように言った。


「ソードセット、貸しや」


「はい」


のぞみはヘルメットを脱ぎ、ソードと一緒に綾に渡す。


 綾は子供だましのソードセットを、アホくさ、と思いながらも受け取り、ヘルメットを被った。


ソードを構えると、士気を高めるように義毅に向かって言う。


「エロネズミボウズ……、今日をあんたの命日にしたる」


 綾は急激に源気グラムグラカが上昇させた。教室内の空気が対流反応を起こし、綾を中心に竜巻のような強風が吹きあがる。突風に煽られ、体の重心が崩れたのぞみは、膝を折ってその場に屈みながら叫ぶ。窓が揺れている。


「きゃぁっ!!この源、一体なにごとですか!?」


「部外者はさっさと降り!」


「は、はいっ」


 憤怒の色に染まる綾の顔を見て、のぞみは凄まじい圧迫感から逃れるように慌ててステージから飛び降りる。


 綾は両手でソードを持ち、柳の構えをする。源をソードの刃に集中させている様子を見ながら、義毅はいつものようにヘラヘラして言った。


「なんだなんだ、風見も俺の恋愛事情に興味ありか?」


「黙れ!この変態ネズミボウズ!!」


 綾は思いきり両手を振り、刃に集めた源気グラムグラカの衝撃波を義毅に向けて撃ち出す。


 義毅は左手のみという条件のまま、ソードを一振りして綾の攻撃を打ち消す。続けて綾は力強く刺撃を繰り出したが、それもまた、義毅の左手が受け止めた。


「おぉ、風見。しばらく会わないうちにまた源気を上げたな。だが、腕筋がまだ未熟みたいだぜ!」


足を踏ん張り、腰から下の力だけを使って、義毅は片手で綾を押し返す。


 綾はステージから振り落とされないように両足にブーストエンジンのようにグラムを発し、ステージ内に着地した。すぐに方向転換し、再度、義毅に向かって跳びこむ。義毅はにやにやと笑いながら綾の太刀筋を見切り、サッと身を縮めた。義毅の唐突な動きに、くすくすと笑う心苗もいた。


「ハハ、ハズレ~」


綾は戸惑いと苛立ちに翻弄されていた。


「クソ、ふざけたマネばっかして!」


 いくら斬りかかっても、義毅は綾の剣筋を全て見破った。一見ふざけたダンスのように見える動きで、何度でも、確実に回避する。見応えのある二人のバトルに白熱した心苗たちが野次を飛ばしている。



 のぞみはステージ下に群れているクラスメイトたちから少し離れ、机に寄りかかりながら着衣を整えていた。靴下、靴を履き、ベルトを締め、最後にスカーフをリングで引き締める。


「おい、お前スゲーな!トヨトミに勝ったやつは、不破ふはとお前だけだ!」


声をかけてきた四つ腕の男を見上げ、のぞみは返事した。


「ありがとうございます。あなたは?」


ヌティオスが左手のうち、一本を差し出し、友好的に言った。


「ヌティオスだ、よろしく」


 のぞみはヌティオスの右手が折れているのに気付きギョッとしたが、取り繕うようににっこりと微笑み、左手を差しだして握手した。


「よろしくお願いします」


「今朝、森島の闘競バトルでお前を見かけた」


 のぞみはヌティオスのその言葉を聞くまで、ほかにもあの場面に立ち会っていた人がいたなんて、少しも知らなかった。


「あはは、お恥ずかしいところを見られましたね……」


「いや、カイムオスのハンマーを受け止めたのも、凄いと思うぞ」


「いえ、バトルの邪魔をするなんて、あってはならないことです……」


「俺には、人間どもの争いがよくわからねぇ。でも、お前に実力があることは、ちょっとばかしわかったぜ」


「とんでもないことです」


「お前、あのとき、どんな術を使ったんだ?」


 カイムオスのハンマーを防いだときのことを言われているのだとわかったのぞみは、思い出しながら言った。


「あっ、あれは、周りにあった岩と私の源を合成して、盾を作ったんです。盾といっても、まだまだ強度が足りないようでしたけど」


 ヌティオスは説明されてもどういう理屈なのかわからなかった。ただ、感じたままに言った。


「それが操士ルーラーのスキルなのか?すげぇな」




つづく

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