1-4. 義毅とポールとカヨウ

 ホワプロシス行政棟。幅30メートルほどもある正面の大通りから見ると、三階建ての土台階層の上に、ピラミッド状の建物が遙か高く聳えている。頂点は地上600メートルにも達するといわれ、金色の三角錐の外側には、ドーナツ型の人造物体が三つ、しっかりと組み込まれている。その上には、大きなシールド状の水晶パネルがたくさんついていた。発電装置であるこの水晶パネルのおかげで、ホワプロシス行政棟は夜も鮮やかな光に照らされている。


 入り口には広場があり、左右に石像が並んでいる。人間の男女を始め、多種族の者の像もあった。それらはかつて、歴史に大きな影響を及ぼした英雄たちの姿だ。彼らの石像は入り口だけではなく、学院のあちこちに多数見られる。


 正面を飾る巨大な門の、鈍角三角形の屋根は、12本の柱によって支えられている。屋根そのものには立体感のある細工が施され、石盤の真ん中には、ハイニオス学院の紋章エンブレムが刻まれていた。


 ここはハイニオス学院の中枢機関であり、教務事務所、教諭専用の会議堂、審判廷等の機能を持っている。学院長室もここにある。このような機能から、ホワプロシス行政棟の中は、心苗の立ち入りが禁止されている場所も多い。


 二階には、心苗コディセミットに対応する教務事務所があった。清潔感のあるこの事務所は、まるで病院のよう明るい。壁の文字盤の真ん中には、18時刻を表す数字が光っており、細かな絵が描かれている。絵は一つの太陽と、赤と青、二つの月の位置を示し、それらを囲むように36柱の神獣が刻まれる。これは、アトランス界の時間を示す、古式の装置だ。


 教務事務所へとのぞみを連れて来た義毅よしきは背を台に寄せ、指で鼻掃除をしながら暇を潰している。


 のぞみは手続き担当の女性から開示データを更新したマスタープロテタスを受け取る。女性はサービス業特有の笑顔を見せて言う。


「以上で入学院手続きは終了です。他に質問はありますか?」


「ありません。ありがとうございます」


「それでは、ハイニオスの一員として、今後のご武運を祈りますね」


「はい、創造主の霊性と叡智を汝に与えよ」


手続き担当の女性は少し考えてから応えた。


「えっと、確か、汝、常に源気グラムグラカの加護を……ですね?」


「そうです」


「闘士の間ではあまり使いませんが、その祝福の言葉に感謝しますね」


 のぞみは、操士ルーラーの間では当たり前だったこの祝福の言葉が、闘士の

世界では耳慣れないものらしいことに気づき、少し驚いた。


「お気遣いいただきありがとうございます」


軽く一礼をすると、のぞみはその場を後にした。義毅が後ろから声を掛ける。


「神崎、他に用事は?」


「いえ、特にありません」


「それならこのまま教室まで行っちまおうぜ」


「そうですね」


義毅が前を歩き、その後ろをのぞみがついてくる。


「ああ、これからホームルームだから、そこで挨拶してくれ。自己紹介はちゃんと準備したか?」


ニヤニヤしている義毅に対し、のぞみは返事をする。


「はい……それなりに」


「それなり?これから3年間、付き合うクラスメイトだぜ?ホームルーム後、

Truth or dareゲームを受けるのは覚悟しろよ」


 王様ゲームすらやったことのない彼女にとって、恥ずかしい真似をさせる遊戯など想像もできない。クイズゲームかなにかと思ったのぞみは、純粋に笑みを浮かべて尋ねる。


「先生、それはどんなゲームなんでしょうか?」


「ハハ、後のお楽しみだな!」


 教務事務所の入っている二階の廊下から、ホワプロシスの入り口に戻るため、階段を降りる。広々としたロビーでのぞみが顔を上げると、10階分の高さが吹き抜けになっている。


 向こうから男女二人の教諭がやってきた。癖毛の髪を長さ五ミリにガッツリと刈りあげた、筋骨隆々の黒人男性と、ショートカットのアジア人女性だ。女性は親しげに義毅に声を掛ける。


「オーッス!トヨちゃん!」


「おう!ヨウちゃんにポールじゃねえか。二人が一緒にホワプロシスに来るなんて、ずいぶん珍しいな?」


 黒人の男性教諭はポール・ジャクスソン。タンクトップ式のボディスーツを着て、首には銀のネックレスを付けている。


「ああ。審判廷での告訴に助言役として出席するのさ」


 審判廷の告訴システムを使うのは、ハイニオス学院では相当珍しいことだった。聞き慣れない言葉に義毅は驚きながら訊ねる。


「告訴?助言役?」


 茶髪のショートヘアがよく似合うアジア人女性教諭の名は姚佳蓉ヨウ・カヨウ。ブラウスを改造したボディスーツは、赤をベースに、黄と黒の線が入っている。姚は陽気な口調で言う。


「ポールちゃんの教え子がね、うちの心苗に喧嘩を売ったのよ」


「ガキ共の喧嘩は、この学院では日常だろ?審判廷まで使うってのはどういった了見だ?そもそも、俺ら闘士ウォーリアは意見が合わないなら闘競バトルで決着を付けるってのが普通だろう?」


 義毅には解せなかった。


「うちの心苗には戦う気がないみたいなの。最初から一方的に暴力を振るわれたっていう認識みたい。だから、どうしても許せないようね」


「ポールの教え子の方が強いのか?バトルで勝ち目がないから……?」


「それがね、うちの子の方が、成績評価は上なのよ」


「そうか。その心苗は頭脳戦が得意なのか?」


「ったくよう。大した話じゃねえことを、難しくさせやがって。地球アース界から来たガキは本当に世話が焼けるぜ」


「確かに、アトランス界で育った子よりも心のケアが必要かもね」


「法のシステムを楯に取って復讐するやり方は、闘競と違って恨みを残すだけだって、なぜ理解できないんだろうな。地球人のガキはまだまだ器が小さくて困る」


「そういうポールちゃんだって、四分の一は地球の血が流れているんでしょ?そういうことを含めて、よく学ぶために子供たちはここに通ってるんだから、もっと寛大に扱ってあげないとね?」


「ふむ……そうだな。何はともあれ、無事に和解出来れば何よりだ」


ポールに微笑みかけてから、姚は目線を義毅に移して言う。


「私も、二人が和解できるように努力するつもり。そう言えば、トヨちゃんはどうしてこんな時間にホワプロシスに?なんだか新鮮な光景じゃない」


ポールも姚の意見に追随する。


「俺も気になってたさ。しょっちゅう授業をサボるネズミボウズがこんな場所に現れるなんて、ダイホラがウスルを食うんじゃねえか?」


 ダイホラは青い月、ウスル赤い月の名だ。衛星を見ると、ウスルの方がアトランスに近いため、たとえ月蝕が起こったとしても、ダイホラがウスルを食うのは不可能な事だった。それは、太陽が西から昇ることがないのと同じようなものだ。


「俺のクラスに転入の心苗がいるからよ。手続きの案内をしてきただけだぜ」


「そうなんだ。フミンモントルからうちのカレッジに転入したっていう心苗のことね?お名前は……、確か、神崎のぞみさんだっけ?」


 三人の会話の邪魔をしないよう、義毅の後ろでおとなしく立っていたのぞみは、

急に近寄った姚に驚いた。優しく陽気な言動の姚に対して、どう反応すると良いのかわからず、のぞみはとりあえず返事をする。


「あ、はい……」


はしばらくじっとのぞみを見つめると、感激したのか、思わず抱きしめて言う。


「なによー!ずいぶん可愛い子じゃない?!いいな~、こんな可愛い子、うちのクラスにも欲しいなあ~!トヨちゃんってばずるい~」


 欧米人気質特有の抱きしめには、シェアハウスのミナリやイリアスで多少慣れていたが、初対面の先生からの急な抱擁に対する反応はよくわからない。ただ、この儀式はおそらく数秒のことだろうと思ったのぞみは、背中に両手を回されながら、のんびりと待っていた。思った通り、姚はすぐにのぞみを解放し、名を名乗る。


「私は2年B組の担任の姚佳蓉よ。ヨウちゃん先生って呼んでね、皆そう呼んでくれるから。こっちのマッチョマンはポール先生。2年D組の先生よ。神崎さん。私たちの第三カレッジ・アテネンスにようこそ!」


「はい、誠心誠意、修練に励みたいと思います。まだまだ分からないことばかりですので、どうかご教授ください」


 先生を敬った折り目正しい対応を見て、のぞみの純粋なことを知った姚は、釘を刺すように義毅に向かって言う。


「トヨちゃん、こんな可愛い子、泣かせちゃダメよ~?」


「おいおい、姚ちゃんまでロナリ王女と同じことを言ってくれるなよ」


 のぞみは姚に問う。


「どういうことですか?」


「トヨちゃんはね、自分の教え子によくいたずらするのよ。クラスメイトになるには、トヨトミ式罰ゲームを受ける心の覚悟が必要よ」


「一体どんな罰ゲームなんでしょうか?」


姚はとても真剣な顔になり、両手をのぞみの肩に置くと、目を見つめながら言う。


「神崎さん、女の子なんだから、そんなこと聞いちゃダメよ?あまり深掘りすると、ひどい目に遭うんだから!」


「そうなんですか……」


 ステージでの心苗の態度や姚とのやりとりを見ていて、のぞみには義毅が、正攻法で心苗を教える先生ではないことが想像できた。心苗がそれぞれの個性やスキルを発揮できている限り、学園は教諭たち個々人の教育方針を尊重する。どんな方法であっても、心苗コディセミットの可能性を最大限に引き出すのが教諭の役目だからだ。


 義毅よしきは自慢げに明るい声で言う。


「姚ちゃんも分からず屋だな~。恥じらいの経験は胆力に変わるのさ」


 ふざけた調子の義毅とのぞみを見比べ、姚はこんなに可愛い子が不真面目な義毅に教えられ、悪影響がないのかと心配になる。掌で自分の頬を支え、考えるように呟く。


「悔しいけど、なんでトヨちゃんみたいな謎の教育方針で、心苗たちの成績評価が確実によくなるんだろう?」


それから、頬を支えていた手を下ろし、のぞみに向かって言う。


「ま、トヨちゃんに言えないような女子同士の悩みとか、トヨちゃんが見つからない時は、いつでも頼ってちょうだいね!」


「はい、心強いです」


 姚と話している間、始終のぞみを観察していたポールが、話の区切りがついたからか、寄ってきて話しかけた。


「なるほど。お前は操士ルーラーなのにハイニオスに転入した特殊な心苗なんだな?」


「はい」


 背が高く、重量感のあるポールは白目と黒目がくっきりとしている。強面に似合わず、人を魅了する重低音の声で、のぞみに厳しく接した。


「マップ上で未開示になっている建物や敷地、エリアは立ち入り禁止だ。よく覚えておけ」


 鬼神のように迫力のあるポール先生の言葉を聞いても、のぞみはいつも通り、のんびりと笑った。


「わかりました。そういう立ち入り禁止場所はフミンモントルも沢山ありました。セキュリティの仕掛けによっては、無断立入者は命の危機に晒されるような場所もあるんでしょうか?」


ポールは目をさらに大きく見開き、近寄ると、鬼の形相で言う。


「笑い話では済まない、忠告だ。機密保護地域に勝手に立ち入りすると、そこにあるのは即死だけだ」


「そうなんですね、心掛けます」


「お前のように呑気な心苗が、そうと知らぬまま立ち入り禁止エリアに入って命を落とすことがよくある」


「は、はい……。マスタープロテタスに開示されたマップのルートに従えば安全ですよね?」


ポールの顔は、もはやのぞみに触れんばかりに近づいている。


「かつてそのようなぬるい言葉を残し、三日で行方不明になる者がいる」


「……肝に銘じておきます」




ヨウがのぞみを擁護するように声をあげた。


「神崎さんなら心配無用よ。この子は怪しい目的ためにこの学園に来た『ホズク』のような連中じゃないし。それに、鶴見学院長の審査は相当厳しいと聞くわよ?」


 元々、ホズクはアトランス界に存在する擬態生物のことを意味する。頭に角のある狼のような格好をしているが、ターゲットに化けてテリトリーに侵入し、そこで行動を共にする。ターゲットたちが自分の存在に慣れたところで、テリトリー内の生物を喰らい尽くす。そうして自分たちの生存テリトリーを広げながら生きている恐ろしい生き物だ。


 ハイニオス学院には、フェイトアンファルス連邦のあちこちの国から来たタヌーモンス人は勿論、地球界から来た人も多かった。素質が恵まれた者なら誰でも入学できるため、暗い目的を隠して入る悪い者もいないわけではなかった。個人か、組織の雇われ人かの違いはあれど、心苗の身分を得て潜み、学園の秘宝を盗むことを企む輩もいれば、秘密情報の収集や構内でテロを起こす者も少なからずいる。『ホズク』は、こういった闇の目的を持って学園に侵入する輩をまとめて指す言葉として知られている。


「フミンモントルでの前期の評価は見せてもらった。総合評価はAだったな。が、ハイニオスでは別だ。気を抜くなよ」


ポールの指導に、のぞみは真面目に答える。


「はい、頑張ります!」


一部始終を聞いていた義毅は、ポールが勝手にのぞみを指導することに不満を持った。


「ポール、俺の心苗に口出しするなよ」


「ネズミボウズ。俺は逸材がダメ人材に変貌するのは見ていられない。お前のような不条理、非道な教え方では、優等生が不良になっちまう」


「んだと?お前の古くさいスポ根みてえな教え方で、凶暴化しちまった心苗がいたこと、忘れてんじゃねえぞ?」


「指導には規律が必要、それが俺の信条だ。だが、ケアの必要な心苗には個別の対応を取るようにしている。むしろお前のクラスのような問題児軍団がいる限り、我ら第三カレッジのイメージはガタ落ちだ」


「ハハ、あいつらは問題児じゃねぇぜ」


「事実としてある問題から目を逸らすとは、お前、教育者ではないな」


「学園からお達しがあるならまだしも、お前に教育方針を指図される筋合いはないぜ」


「まあまあ、二人共。教え子の前で喧嘩しないで?同じアテネンス・カレッジの教師なんだから、仲良くやろうよ。カレッジの評価だって、誰か一人じゃない、皆の責任でしょう?」


 義毅とポールが言葉のつば迫り合いをしているのに、のぞみは呆れ、硬い笑みを浮かべながら姚に尋ねる。


「あの、先生たちはいつもこのような仲なんですか?」


「そうよ、心苗時代に同じクラスで、一位を争ったライバル関係なの。若い時は闘競バトルの成績を比べて、ウィルターになったらなったで、実績の数を競争して。犬猿の仲というかなんというかね」


「激しいんですね」


「男の友情というのよ、まるで子供の喧嘩みたいだけどね」


「よく分かりませんが、なんだか楽しそうですね。付き合いが長くなると、喧嘩も

コミュニケーションの一つになるんでしょうか?」


 のぞみの言葉を聞いて、姚は視野が広がったというように相槌を打つ。


「なるほど、そう見ることもできるのね」


二人の喧嘩は留まるところを知らない。ポールの声は徐々に大きくなる。


「とにかく!5月のアレティス大会は、俺が教えた心苗が『主将ウィル』を取るぜ」


義毅は手を振り、ヘラヘラと笑って言った。


「おいおい、『二衛ダイヤ』の間違いだろう?」


「何だと?俺の心苗を舐めるな」


 ハイニオス学院には九つのカレッジがあり、それぞれのカレッジには一回級ごとに7組がある。


 アレティス大会では、それぞれの組から一名の心苗が選ばれ、一回級1チームの編成となる。九つのカレッジから、回級ごとに九つのチームが闘競を行い、勝敗を決める。


 大会でのポジションを前から順に並べると、『先鋒ゴールド』、『次峰オルゴン』、『中間ルムス』、『二衛ダイヤ』、『後衛フォース』、『二将ソウル』、『大将ウィル』。チーム内での重要度や実力評価すると、七つのポジションの中で一番弱いのが『二衛』だ。


 姚は二人の掛け合いを断ち切るように手を叩いて声をあげた。


「はいはい、そこまでよ!先生がつまらない言い合いばかりしていたら、二人の心苗が『次峰』と『二衛』の席を取るって決まったようなものね」


「うるせえ!お前んとこが『二衛』だ!」


 二人はぎろりと姚を睨み、同時に叫んだ。


同調する義毅とポールを見て、姚はニッコリと微笑んで言った。


「二人共、やっぱり仲がいいのね」


「姚ちゃん、あり得ないこと言わないでくれ。この頭の硬いチョコ男と仲良くできるわけねえだろう?」


「ああ。今回だけは同意だ。このバカネズミボウズが教師を名乗るなんて、認められるわけがない」


のぞみは収拾のつかないこの場をお開きにするため、天使のように呼びかけた。


「豊臣先生、ホームルームはもうすぐですよね?教室に連れ行ってくれませんか?」


自分の頭を触りながら、驚いたように義毅が応じる。


「もうそんな時間か?」


少し真剣な顔をして、姚はポールに向かって言った。


「ポールちゃん。審判廷の扉もそろそろ開いたはずよ。審議会が始まる前に、私達も少し落ち着いて、あの子達のことを考えないとね」


「そうだな」


義毅よしきは振りかえり、手を挙げて言った。


「姚ちゃん、また後で遊びに行くぜ~!」


姚は笑顔を振りまくように答える。


「そうね、また今度、天気の良い日にね」


誘いが瞬殺で断られたところで、義毅とのぞみはホワプロシス行政棟を後にした。




つづく

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