1-5. アテネンス・カレッジ 2年A組

 アテネンス・カレッジはハイニオス学院の東エリアに位置し、中央学園キャンパスに一番近いカレッジだ。二年生の校舎棟―ハストアルは、ホワプロシスから徒歩でおよそ3キロメートル。校舎棟の後ろには緩やかな山地と森があり、西側には人工湖、東側には演武練習の広場が設置されている。


 カレッジの校舎棟は、つるつるの白石と水晶ガラスを8:2で使用した巨大な建物だ。十階建てのビルと同じくらいの高さがあるが、実際の階層は五階までしかない。直方体をしており、その四つ角と壁には複数の柱がある。それらの柱は、地上階となる一階の土台ステージから屋根まで伸び、神柱のように屋根を支えている。平たい屋根には複数の小さなガラスのピラミッドがあり、屋根の四辺には細い尖塔が連なっている。このピラミッド状の部分には発熱システムが内蔵されているため、雪が降っても積もらない仕組みになっている。真正面の入り口はホワプロシスの扉と同じ設計になっているが、少しこぢんまりとしており、柱も六本しかない。鈍角三角形の屋根にはハイニオスの紋様が施され、入り口の両側にはアテネンス・カレッジの紋章エンブレムの入った旗が風になびいている。


A組の教室は西側四階の一番裏にあった。


 教室内は階段式になっており、劇場の観客席のように、立方体の空間に七つの階段がアーチを描いている。それぞれの段には八つの席がある。心苗の席は扇子型に独立している。同じ階段にある机は左右の席を組み合わせることも、分離させることもでき、自由に調節ができた。一番端の通路は2メートル、一番高い段では、奥行きが6メートルある。後ろの壁には幾つの的が設置されている。前方には半円型の講義用ステージがあり、教卓の前の床に大きな円が描かれている。前の壁には黒晶石で作った黒板に、光が反射していた。


 この教室には14才の可憐な少女もいれば、肌つやは30代だが、老人のような髭を伸ばす者もおり、青い肌に四本の腕を持つ男、白金の髪から鋭く長い耳を伸ばした女性なんかもいた。そう、ここでは年齢や人種、性別は問題ではなかった。入学に必要なのは実力のみ。それが、聖光学園セントフェラストアカデミーという場所だ。


 ところで、地球アース界とは異なり、人間のタヌモンス人の社会では99.999%の者が源気グラムグラカを使うことができる。源気は、日常生きていくのに不可欠なスキルなのだ。それでもここ、聖光学園に入学できる者は、それぞれの国の中でもおよそ5%ほどの、源を使いこなせる精鋭たちだけだった。


 一方、地球人は、個性や性格が鮮明なだけでなく、感情の変動が激しい。グラムを使う者は初心者の頃には大きな力を持つこともある。ところが、それぞれの価値観の枠に収まり、力を伸ばすための苦労をしない者は成長しないという特徴があった。それでも、入学試験を受ける者はタヌモンス人の方が多いにも関わらず、合格者の割合はタヌモンス人と地球人が約7:3となる。地球人の方が合格率が良いのが現状だった。


 一年生の初めには、源の使い方や、強化鍛錬法などの基本スキルを学ぶ。学園は専門精鋭化を教育方針としており、一年の三学期からは心苗コディセミットをそれぞれの適性や素質の鑑定データによって、闘士ウォーリア操士ルーラー騎士レッダーフラッハ魔導士マギア等を四つの学院に分け、それぞれ基本のスキルを学ばせる。学院を問わず、色鮮やかな同級生たちと授業を受けるクラス内は、タヌモンス人の社会の縮図のようだった。


 教室内では、落ち着いて読書をしている人がいるのはもちろんのこと、ナイフでジャグリングをする男、床に胡座をかいて源を鍛錬する女や、机の上に腰掛けて足を組み、ガールズトークをしながら手で鉄サイを振り回す女、居合いの構えをし、六本の木の幹の節に向かって試し切りをしている男までいる。教室はまるで鮮やかな花々の咲き乱れる庭のように、賑やかな個性の集まりだ。


 藍可児ラン・コールは、試し切りをする男の稽古を見学していた。ライはクラスメイトの少年と碁を打っている。


 教卓には、ちょっとした人だかりができていた。その中心で、ヌティオスと一人の心苗が腕相撲をしている。周りを取り囲む10人は男女入り交じった心苗たちで、両方に応援とも野次ともつかない言葉をかけている。


 ヌティオスは右下の手を使って筋肉に源を集中し、歯を噛みながら力んでいる。相手の男はポンポン・ベックル。赤い肌をしており、長い茶髪を無数の細い三つ編みにして流し、上腕筋と首に入れ墨がある。インディアンのようなその男は、岩のような肉体を見せつけるかのように、上半身はベストだけを着ている。服に収まりきらない筋肉のせいで、ベストはとても小さく見えた。


 彼は歯を見せて余裕のある笑みを浮かべたまま、ヌティオスとの激しい腕力の渡りあいをしている。ヌティオスはあと1センチというところまでは力が勝つのだが、なかなか教卓にポンポンの手をつけることができない。


ポンポンが大きな声で叫んだ。


「どうしたどうした?ヌティオス・ブラザーヨーロ!これがお前の全力か?もっと、ガツンと押してこないと勝てないヨーロ!!」


 一瞬、赤土色の光が輝き、ポンポンの腕が風船のように膨らんだ。負けそうに

なっていたはずのポンポンが、一気に腕を逆側に倒す。ボギリ、と嫌な音がして、

ヌティオスは腕が折れた痛みに叫んだ。


「くおお!!」


「ベックルさんの勝ちヨン!」


 腕相撲の判定を担っている女性は、狐の耳と青い眼、艶のある金茶色のロングヘアを伸ばしている。お尻のあたりには、モフモフしたものが伸び、たまに揺れる。


腕相撲大会で連覇中のポンポンは、両手を上げ、高揚して叫んだ。


「よーっし!またまたオレの勝ちだヨーロ!」


ヌティオスは折れた右手を左手で支え、無念そうに言う。


「また俺の負けなのか?惜しいところまでいったのに……」


ポンポンが周りで野次を飛ばしていた連中に向かって問う。


「まだほかに、オレに挑戦したい奴はいないのかヨーロ?」


 先ほどまでの熱い声援はどこへやら、心苗たちはサッとポンポンから目線を逸らす。クラスでの成績が上位9位のポンポンとでは、腕相撲であっても勝ち目がない。


そこに、一人の少女が声を上げた。


「ぼくが受けてたつよ」


 立っていたのは、ラトゥーニ・シタンビリト。身長168センチ、グレーグリーンのミディアムショートを肩より2センチほど短く伸ばしている。ポンポンは振り向きざまに彼女を見ると笑みを浮かべて言った。


「ほう?シタン・シスターか?その細い腕が折れても知らないぞヨーロ?」


「大丈夫!へーロクレースの血筋を継ぐぼくは負けないから!お互い、ベストを尽くしてやろう!」


 ラトゥーニは袖を捲りあげ、ほっそりとした腕を机に置く。グレイブルーの瞳は、勝利に飢えた強い気迫で輝いている。ラトゥーニの言葉に興奮したポンポンが、楽しそうに笑顔を咲かせた。


「そうこなくちゃな。おかげでオレも燃えるヨーロ!」


ポンポンも腕を机に置き、ラトゥーニの腕と交わし合う。双方、準備は整った。


ラトゥーニはポンポンの目を見つめながら、判決人に呼びかける。


「いつでも良いよ!メリルさん!」


 狐の耳を持つ女性は、ラトゥーニとポンポン、両方の準備が整い、不正がないことを確認すると、試合の始まりを告げた。


「位置ついて~!用意!はじめヨン!!」


 新たな戦いに、歓声が沸きあがる。ラトゥーニは凄まじい源をその細い腕に注ぐ。先ほどのポンポンのように肥大させるのではなく、筋肉細胞自体を強化するように源を使う。本人も自覚しているように、血筋柄、体質に恵まれたラトゥーニは、ポンポンとの腕相撲でもなかなか渡りあっており、力は拮抗していた。


 ラトゥーニとポンポンの勝負の行方に沸く賑やかな軍団と同じ教室の中で、れいはおとなしく自分の席に座し、瞑目して戦いのイメージトレーニングを行っていた。


同時刻、同じ教室にいた無骨な男は、金髪をダックテイルにした男に声をかける。


「クラーク、今朝のバトル、蛍ちゃんがカイムオスに負けたってのは本当か?」


 ダックテイル頭の男の名はクラーク・ティソン。彼に声をかけたのはフォラン・ザック。フォランはミルクチョコのような肌に、坊主頭、耳には針のピアスを刺している。二人は友人同士のように見えるが、成績評価は38位と39位。微妙なライバル関係である。


「本当だぜ~。良い勝負と思ったんだけど、ちょっと意外な形で負けちまったのさ」


「何が起こったのさ?いつもプリティでキューティーなほたるちゃんが、朝からなんかプスプスしてねぇか?」


「バトルの途中に部外者が入りこんじまって、勝負を邪魔したのさ」


「何?興味深い話だな?詳しく聞かせろ」


「それがな……」


 闘競バトルの結末を語ろうとしたクラークとフォランの間に、輪状のチャクラムが高速回転しながら滑りこんできた。二人は驚き、机から飛び退く。チャクラムは工房のエンジンカッターのように、さらに数秒間、高速回転すると、持ち主である女子心苗の元へと戻る。チャクラムが荒々しく削り取った机には、切り跡が無残に残った。


フォランはその女子心苗に向かって啖呵を切る。


「おい!危ないじゃねぇか!」


クラークも、いつも通りのへらりとした口調で問いかけた。


「クリアちゃん、どういうつもりだ~?」


自分の机の上に座り、クリアは不愉快満面で言い返した。


「それはこっちのセリフ。他人のバトルに口突っ込んでんじゃないわよ」


 フォランはクリアの様子から、逆にその話が気になってしまった。太い腕を自分の胸元に置き、バトルに負けた張本人である蛍に問いかける。


「蛍ちゃんらしくない話じゃねぇか。ほら、一体何があったんだよ?大事な蛍ちゃんのためなら、このオレが敵討ちしてやるぜ?」


 蛍はフォランを見もせず、何も言い返さない。バトルでの醜態はまだ頭にこびりついていた。フォランの無神経な質問がさらに気分を損なわせる。蛍はむしろ顔を背けた。気分が悪く、メラメラと心の中で悪い炎が燃えていた。


 クリアは蛍の気持ちを汲み、二人を蹴散らす。


「うっさいのよあんた達!どっちにしろ関係ないんだから、土足で踏み込まないでちょうだい!」


 闘士は基本的に、男女問わず皆、ライバル関係である。女闘士はことさらに

プライドが高く、ホミ同士の関係ではない場合、異性から協力を受けるというのは恥に値する。相対的に力の強い男から助力を受けるのは、自分の無力を認めるようなものだからだ。


 さらに、彼女達の多くは、自分より弱い男を同じ闘士として認めない。クラークやフォランはまさにそのような対象で、良く言えば赤の他人、悪く言えばゴキブリ以下の存在という扱いで認識されていた。


「森島!闘競がどうした?」


 明るい男の声を聴くと、蛍とクリア、クラーク達は一斉に顔を扉の方に向ける。声の主が現れると、先ほどまで頑なに黙っていた蛍が声を発した。


不破ふはくん?」


 不破修二。腰に収めた剣を左足の前に垂れさせているが、そんなことよりも、紫と黄の混ざるアフロ系のウルフ頭がどこにいてもよく目立つ。体格は普通ながら、派手な頭と大げさな身振りが、良くも悪くも彼の認知度を高めている。不破は歯を見せて笑い、蛍たちに向かって挨拶した。


「オォーッス!」


不破の大ぶりな仕草を見て、蛍は恥ずかしくなり、目線を逃がす。


「森島、もしかして負けちまったのか?ドンマイドンマイ!次のバトルでリベンジすれば良いじゃん!」


 蛍は何も言えず、胸の前で両手をぎゅっと握りしめ、逃げようと思った。


「ちょっと!あんた、もう少し言葉を選びなさいよ!」


「いや~、そう言われてもなぁ」


 蛍は、不破にだけは自分の負けを知られたくなかった。気になる異性に失態を晒したくないのはどこの世界でも同じだろう。恥ずかしさに耐えきれず、自分の席からそろりと抜け出すと、教室から出ようと思った。


 その時、入り口に立っていた義毅よしきが、蛍の行き道を塞いだ。急に現れた義毅に驚き、少し身を引いた蛍が言った。


「トヨトヨ猿?!」


「今はホームルームの時間だぞ。どこへ行くつもりだ?森島」


「自主訓練よ。どうせ全員揃うわけじゃないでしょう?無意味なホームルームなんかに時間を費やすより、自分の技を磨く方が重要でしょ」


「そうか。悪いが、こいつの自己紹介を聞き終わるまでは参加してくれ。その後はお前は自由にしてくれていいぞ」


「自己紹介って、まさか……」


 蛍は義毅の後に付いてくるのぞみを見て、呼吸が止まった。 のぞみもびっくりしたように蛍を見つめている。闘競を邪魔したことをまだ気に病んでいたが、まさか同じクラスの心苗コディセミットだとは思わなかったのだ。


 不機嫌の元凶であるのぞみの、きらきらとまっすぐに向かってくる目の力に、蛍は苛立ち、目線を逸らす。


「席に戻ってくれるか?」


「分かったわよ……」


 ちっ、と舌打ちをした蛍は、踵を返す同時に、のぞみを目だけで睨んだ。のぞみは敏感にそれに気付き、申し訳ない気持ちと、何も言えない心苦しさで目線を伏せた。



教卓で腕相撲をしている二人の勝負の行方が決まりかけていた。


 ポンポンは先に余裕を失い、全力を出すように顔をガチガチにさせた。腕の筋肉が大きく膨らんでも、ラトゥーニの腕は全く押し倒せない。次の一瞬、渾身の力を込めたラトゥーニが、ドンッと一気に勝ちを取りにいった。外見には全く変わらない細腕で、ポンポンの太腕に討ち勝ったのだ。


 それでも、勝つことは当然だというように、ラトゥーニは陽気な笑みを浮かべて言った。


「フフーン!ぼくの勝ち~」


 ポンポンは素直に相手を褒める。一度の負けで挫折するようでは、クラス9位にまで這いあがることはできない。


「俺の負けか。お前、すげぇじゃねぇかヨーロ!」


ドヤ顔のラトゥーニは、両手を腰に当てて自慢げに言う。


「フフフーン、大英雄の血筋ってのは、ダテじゃないのさ!」


 男子心苗が大声で言う。


「まさか、ベックルがシタンビリトに負けるとはな!」


「流石、怪力を持つ女だな!」


女子心苗も感心したように続く。


「力比べで言えば、ラトゥーニちゃんはうちのクラスでは女子のナンバーワンだもの」 


「そうよ!パワーがあって、本当に素敵!」


 勝者となったラトゥーニは周りを見回して声をあげる。


「ぼくに挑戦したい人はいる?!」


 そのとき、義毅が教卓にやってきた。腕相撲の結果を知り、ラトゥーニに声をかける。


「おう、腕相撲やってんのか?俺とやろうぜ?シタンビリト」


 観戦していた男子心苗が気安い感じで言う。


「何だよ、トヨ猿か」


 先ほどまで笑って観戦していた可愛らしい女子心苗も、急につまらなさそうな口調になって言った。


「無理だわ、ネズミボウズと腕相撲なんて、勝ち目ないじゃん」


 近くにいた綺麗な女子心苗は、義毅を見ると罰ゲームで嫌がらせを受けた思い出が蘇ったのか、ドン引きしたような表情で言った。


「腕相撲なんてしたら、トヨトヨ猿のバカが感染っちゃいそうでヤだわ」


「ハハ、なんだ。オレは仲間はずれか?さ、ステージを空けてくれ。我がクラスの新メンバーを紹介するぜ!」


 心苗たちは義毅の言葉を聞くと教卓から退いた。義毅の存在が強すぎるせいで、隣に立つのぞみの存在に今さら気づいたように、心苗たちが一斉に顔を向けた。




つづく

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