1-3. 迷子と闘競(バトル)観戦 ③

 観覧席に居るライたちは、ホルス、蛍、のぞみの三人が話をしている様子を見つめながら、バトルの結果に驚いていた。綾れいは冷徹に評価した。


「結局勝たれへんかったんか。森島はうちのクラスの26位、カイムオスは第六のガイルヌース・カレッジ2年E組の34位。下位の心苗に負けるなんて、よくもうちのクラスに恥かかせてくれたな」


綾の言葉を聞いてクリアは振り向き、蛍の立場を擁護するように言い返す。


「あんただって見てたでしょう?あの馬鹿女の邪魔さえなければ蛍にはまだ勝機があったのに!」


目線を合わせ、綾が厳しい口調で言った。


「あの子の邪魔がなかったら、余計、見苦しい形で負けてたやないか」


「なによ!闘競を途中からしか見てないあんたに何がわかるの?蛍はさっきまで

神薙流かんなぎりゅう』の忍び技を駆使してホルスを抑えこんでたんだから!」


 自分が観戦を始めたところからの経過とクリアの言葉、そして今のステージの状況から、綾は闘競の全体像をあぶりだす。


「決め技を使ってなおカイムオスを倒されへんのやったら、森島はまだまだ半人前いうことや。その程度の実力で私にリベンジするいうのは、はっきり言うて口先だけやな。10年早いわ」


クリアには、綾の言うこと全てが結果論に聞こえ、気に入らない。綾の見下すような目を睨みかえし、叫んだ。


「調子に乗ってんじゃないわよ。あんたなんかすぐに超えてやるんだから!」


 綾は、いつ何時勝負になってもいいように調子を整えている。クリアの挑発に対し、涼しい顔をしたままで答えた。


「そない言うんやったら、今直ぐここで自由闘競フリーバトルでもしよか?」


 闘競にはさまざまなものがあり、蛍とホルスが行ったような挑戦闘競のほかに、恒例闘競や祭典イベント闘競といった形式がある。


 自由闘競の特徴は、生徒会や学園の闘競管理部の許可がなくても、当事者同士の判断でステージを探し、いつでもできるということだ。制限時間は3分から30分まで。どんな技でも使え、勝敗は成績に入らない。競技の感覚を掴むため、誰でも気軽にできる。ただし、どちらか一人でも戦意を失えば、バトルをその時点で終えるというルールがある。


 ハイニオスは他の学院と違って、ステージを数多く設けている。磨きあげた技と肉体の感覚をいつでも試し、実地的な戦闘体験を積むことができるので、自由闘競は闘士にとって必要不可欠なシステムなのだ。


「フリー?あんた、私に負けて戦績を落とすのが不安なんでしょ?だからそんな気安いバトルの申し出しかできないわけね」


「ちゃうわ。フリーですら勝たれへんのに、本気のバトルなんかやったって意味ないやろ」


 綾の目付きがさらに鋭くなった。クリアは唇を噛み、悔しげな表情を浮かべてはいるものの、綾の放つ源気グラムグラカの気配に気圧され、何も言い返せない。二人は共に2年A組の所属だったが、クリアは実技成績が25位。対する綾は上位組の7位と実力の差は明らかだった。実際、クリアはすでに苦杯を喫した過去がある。


 *


 ステージにホルスと蛍が話し合え、のぞみはホルスに申し訳ない気分を持って言いかけた。


「あの……、悪者だって勘違いしてしまって、すみません」


おずおずと謝るのぞみに、ホルスは気持ち良いほどの大声で笑って言った。


「ハハ、気にすんな!この顔だからな、よく勘違いされちまうんだ!ところでオメェ、ただの闘士ウォーリアじゃねぇな?」


のぞみは驚き、ホルスに問う。


「はい。どうしてわかるんですか?」


「さっきのバリアだよ。がっちりシールドの型をさせてただろ?オレたち闘士にゃ、普通はそんな細かい物作れねぇ。お前、素質はルーラーだろ?」


 闘士のグラムの特性は、強化的、発散的である。源を一定の形に集めるためには、相当な修業が必要だ。だから闘士が源を使って武器を具現化しようとすると、普通、光やエネルギーが揺らいだような不安定な状態になる。集中が解けると直ぐに水蒸気のように散らばってしまう。


 基本的に闘士は戦闘を重視するため、例え源を武器の形にさせても、ルーラーのように細かい造形はしない。それよりは、物質を硬化させ、身近にあるものを武器化したり、武器そのものを硬化させることで攻撃力を上げるような使い方に長けている。


「元々そうですが、今日からハイニオスの心苗コディセミットになりました」


「ほう、ルーラーが俺のハンマーの直撃を防いだってのか。オメェ、名前は?」


「神崎のぞみです」 


「そうか、覚えておこう。ハハ。アテンネス・カレッジに、また面白い奴が現れやがった。ますます愉快だなぁ!」


 のぞみの名を聞くと、ホルスは蛍とは目も合わせず、勝者らしい自慢げな顔をして、荒々しい態度でステージを去って行った。言い合いをしていた綾とクリアだが、ステージからホルスが離れていくのが目に入る。次の瞬間、顔を真っ赤にした蛍がのぞみに突っかかっているのが見えた。


 ホルスがステージから見えなくなると、蛍は顔を真っ赤にし、両手を組んでのぞみを睨めつけた。のぞみが乱入した瞬間は、蛍にとっては反撃のラストチャンスだったのだ。ほとんど負け戦だったことは棚に上げ、蛍は不名誉な黒星を押しつけられた責任をのぞみに丸投げして言った。


「ちょっと!新学期の初めにこのバトルで勝って、心機一転しようと思ってたのに!あんたのせいで負けたじゃないの!」


「ごめんなさい……闘競バトルだとは、気がつきませんでした……」


「冗談じゃないわ!口で謝って済むとでも思ってるの?!」


「で、でも……さっきの攻撃が直撃していたら大怪我でしたよ?」


 蛍に睨まれ、のぞみは無意識に早口になっていた。それを蛍は舐められたのだと思い込み、逆鱗に触れる。


「大怪我ぁ?!あの程度のハンマー、生身で受け止められたわ!あんたそんなに私をコケにして、楽しい?」


「ごめんなさい……」


 二度目の謝罪を聞くと蛍は余計にイライラして、のぞみの顔を平手打ちした。のぞみは急に殴られ、受け身も取れず、地に転がる。目を白黒させて座りこむと、ヒリヒリと痛む頬にそっと触れ、蛍を見上げた。


「あんたがどこの誰か知らないけど、その安っぽい謝罪、意味もないし、不快なのよ!」


蛍の自分に対する憎悪に、のぞみは焦りと哀しみの混ざったような表情で答える。


「……どうすれば気が済みますか?」


蛍は両手を組み、のぞみを睨めつけて言う。


「そうね、考えさせてもらうわ」




観覧席に居る綾たちは二人のやりとりを見ていた。ランが指を差して言った。


「森島さん、手を上げましたよ!」


ライは蛍の行動パターンを分析するように答える。


「彼女の性格なら、それくらいのことはするだろうね」


藍は心配そうに問いかける。


「あのお姉さん、私たちと同じアテネンス・カレッジの制服を着ています。止めないで良いんでしょうか?」


クリアが平然と笑った。


「いいじゃない。闘競を邪魔したんだから、殴られて済むなら安いもんだわ」


慌てているのは藍だけで、クリアは止めるどころか口の端で笑っている。ライも綾も、とくに助ける気はないようだ。


 闘士の世界では、意見が合わないというだけで、直ぐに喧嘩に走る者も少なくない。食堂や交流場では挑発と喧嘩の売り買いが頻発しており、平手打ち大会はある種のコミュニケーションとすら考えられている。ハイニオスでは、この程度の揉め事は日常茶飯事だった。それが彼らにとっての常識だと考えれば、蛍がのぞみに手を出したことは暴力とすら認識されないだろう。マナー違反を犯したのはのぞみなのだから、手助けは無用なのだ。


それでも藍は、のぞみの様子に気づいて心配したように言った。


「でも、あのお姉さん、やられっぱなしですよ。普通なら武器を構えたり防御するのに、源の上昇も感じられません。本当に助けなくて良いんですか?」


ライが涼しい顔で言う。


「必要ないよ」


 ライが言った次の瞬間、何か、細く高い音が聞こえはじめ、徐々に大きくなっていった。その音とともに近づいて来た者の源気の強度は、今このステージにいる誰よりも強い。


 東の空に一台の小型飛行艇『テュルス』が見えたかと思うと、急降下してステージへと着陸する。荒っぽい操縦で、エンジンのブーストの気流がステージにいる二人の服を乱し、髪の毛を巻きあげる。


蛍ほたるは怒りも吹き飛び、びっくりしたように叫ぶ。


「きゃあ~!いったい何なんなのよ?!」


 二人は飛行艇テュルスの中にいる人を見る。そこには、ボウズ頭の赤い髪、

ワンレンズのサングラスをかけ、左耳には金のイヤリングを付けた男がいた。意味はわからないが、何か四字熟語を書いたTシャツに、もう10年は着古したようなボロボロのコートを着ている。男はワンレンズのサングラスを取って、口で噛みながら言った。


「よーう、子猫ちゃん!こんなところに居たのか」


「えっ?」


「転入手続きの時間だってのに、バトルの見学に来てたのか?」


「いえ。早めに学校に着いたので、キャンパスをちょっと巡るつもりが、迷子になってしまって……」


「なるほどなー!」


蛍は男の正体に気づくと、あっと声を上げて言った。


「トヨトヨ猿!?」


「なんだ、森島もここに居たのか?」


「今日はここで挑戦闘競チャレンジバトルだったのよ。こないだ競管部と生徒会から認められたじゃない!あんた担任のくせにまた忘れたの?」


 闘競管理部は、聖光学園セントフェラストアカデミー内で行われた全ての闘競バトルに関わる心苗コディセミット、時間、場所などを管理する部門だ。

学院長、指導教諭、生徒会会長の三者によるサインまたは印のある申告書の申請があれば、闘競許可通知書を当事者に送る。


蛍の甲高い声を聞いても、義毅よしきは小指で耳掃除をしながら笑って言った。


「ハハ、確かにそんなこともあったな。それで、バトルには勝ったか?」


 義毅のこういった無神経な言動が不真面目な感じがして、担任になって半年が経つ今も、蛍は教師として認めることができなかった。クラスの心苗の中にも同じように思っている者たちはいて、彼らは義毅の見た目や印象から、『トヨトヨ猿』とか

『ネズミボウズ』と呼んでいた。


蛍は屈辱的な表情を浮かべて言った。


「ま、負けたけど……?」


「ハハ、だろうなぁ。お前まさか勝てると思ってたのか?」


「くっ、この女さえ邪魔しなければ勝てたのよ!!この勝負は無効だって、学校に訴えてやるんだから!」


 蛍の言葉を聞いて、義毅はのぞみがステージにいる理由に考え至った。立ちあがったのぞみの腫れた頬、満身創痍の蛍の体、ステージ全体の状況を見て、ここで何が起こったのか、手に取るようにわかった。義毅はハハ、と変わらぬ笑みを浮かべて言った。


「好きにすればいいさ。ただ、担任として言わせてもらうと、無駄だと思うぜ」


「無駄?!どういうことよ?」


「例え、子猫ちゃんがステージに上がらなくても、お前は負けてたさ。十中八九結果が見える勝負にまで無効の申告を受けてたら、バトルなんてできないぜ」


 学園に認められた正式な闘競では、勝負の判決が出た時点で、無効の申告が認められることはほぼあり得ない。ステージには複数の機元ピュラトカメラが設置されている。そこには戦いの全容が立体映像として収められている。再判決は教諭や生徒会メンバーがこの立体映像を見て意見交換をし、奇数人の評決で結果を出す。無効の申告をする自由は認められているが、成立したというケースはほとんどないのが実際のところだった。


新学期早々、黒星を増やした屈辱と怒りを、蛍は歯噛みしてやり過ごすしかない。


「くっ……」


「さてと。神崎のぞみ、俺の後ろに乗れ」


「どうして私の名前を知ってるんですか?」


「自分が担任を持つクラスの心苗の名前くらい、覚えていて当然だろう?」


「あなた、私の担任の先生ですか?」


「そうだ!さっさと乗れ!もたもたしてると転入手続きの締め切り時間が来ちまうぜ!」


「では先生、お言葉に甘えて」


 前方の操縦席よりもやや高い位置に座席が展開し、のぞみは竜の背に乗るように腰を下ろした。飛行艇は浮上し、エンジンを出す上昇気流が起こり、蛍は暴風を

受ける。


「待ちなさいよ!あんた人のバトルを邪魔しておいて、逃げるつもり!?」


のぞみは申し訳ない気持ちになり、目線を逸らして言った。


「……ごめんなさい。今は急いで手続きに行かないといけないので。その後で、どうすれば気が済むか、一緒に考えましょう……?」


義毅が操縦席から大声で言った。


「神崎、お前はもう謝らなくていいんだ。勝手にバトルステージに入ったことについては、森島から罰を受けたんだろう?それで十分だぜ」


一発殴ったくらいでは気の済まない蛍は、義毅の言い分にまた腹が立って叫んだ。


「何ですって!!?」


 後部座席に乗ったのぞみは、首を傾けて義毅に問いかける。


「先生……、本当にそれで良いんでしょうか」


「神崎、覚えておけ!ハイニオスには理不尽な闘士ウォーリアだって山ほどいるさ。真面目に対応すると、割を食うのはお前だぜ!」


 蛍に対し、心苦しさを拭うことのできないのぞみが問う。


「そうなんですか……?」


「ちょっと!トヨトヨ猿、あんた、この女を庇うわけ?」


 サングラスを掛け、義毅は蛍に喝を入れるように告げた。


「森島、一つのバトルの勝敗に拘泥し過ぎると、心が腐るぜ!何千万回もの戦に向かうって覚悟を持て!負けたら自分を磨いて、また次のバトルで勝てばいい!それが

闘士の性ってもんだ!」


 言い終えると、義毅は操縦レバーを強く捻る。エンジン音は野獣が吠えるように

響き、一瞬で遠く空へと飛び去り、ステージに残された者たちの前から姿を消した。


「ああ~もうっ!!どいつもこいつもムカつく!!」


 義毅の姿に気づき、ステージに降りてきたクリアとランは、蛍が地団駄を踏んで叫んでいるのを見て慌てて駆け寄る。クリアは義毅に連れられていったバトルの闖入者について、蛍に問いかける。


「蛍、あの女、誰?」


蛍はプンプンしながら飛行艇が飛び去った方向に向かって大声で叫んだ。


「知ったこっちゃないわ!バトルの邪魔して逃げ出す奴のことなんて!……

こんなことして、許さない……、覚えときなさいよ!」


のぞみの制服が気になっていた藍は、そのことについて疑問を投げかける。


「でも、あのお姉さん、私たちと同じ、第三カレッジの制服を着ていたんですよね。しかも、スカーフの紋様の色も、赤……」


クリアは腕を組んで思い出すように言った。


「そういえば委員長が、新学期に転入生が私たちのクラスに入るって言ってたわ」


「ということは、あのお姉さんはうちのクラスメイトということですね?」


「間違えないわ!トヨトヨ猿が担任だって言ってたもの。どこから来たのか知らないけど、絶対逃がさないわ。あのキツネ女!」






つづく

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