1-1. 始業日の朝 ②
扉を開けると、目に入るもの全てが雪を被っている。ミュラは前庭を通って、30メートル先のゲートへ向かう。10段の階段を上がった台の上に、円形の転送ゲートがある。
冷たい風が吹いた。細長い耳が少し動いて、風の音を聴く。それから、風を触るように手を伸ばした。
「風に命が宿っている……。もうすぐ春が来るわね」
ミュラは深呼吸をすると、遠くの風景を眺める。転送ゲートのある台は断崖に臨んでいる。ここは空に浮かぶ島だ。周辺には同じくらいの大きさの島が30島、点在している。それらは海の上空に浮かんでいた。ミュラが見下ろすと、海とつながる大陸の岬に、円形の屋根があった。屋根は1本の大きな塔と、その周りを囲むようにそびえ立つ六本の鋭い塔からなっている。それはこの寮・シャビンアスタルトのセントルホールだ。高さはおよそ300メートル。身につけたスキルでここから飛び降り、地面に着地できる心苗もいるが、できない者は転送装置を使ってホールへ下りる。アトランス人にとって転送技術を使うのは日常的なことだった。
ミュラが景色を眺めていると、空の向こうから、運送用の小型飛空艇『テュルス』が島の上空へと飛んできた。飛行艇は突如、進行方向を変え、下降する。乱気流が起こり、ミュラのフードが後方に飛ばされると、艶の良い白髪が長く風になびいた。
飛空艇はフクロウのように丸みを帯びた長い胴の後ろに荷台を持ち、ロールケーキ形の箱を運んでいる。古の時代には鳥類型の獣が使者として郵便を運んでいたが、飛行艇の技術が発展した今は、四つの翼を持つこの小型飛行艇で、大きな荷物も運ぶことができる。飛行艇は地面から1メートルほどの高さを浮遊し、ミュラに近づく。ロールケーキ形の箱は自動的にスライドして開き、中から出てきたタコの手足のような触手が、四つの包装された箱をミュラのいる台の上に置いた。
ミュラは首にかけていたネックレスから宝石を取る。青い宝石はミュラの源に反応すると、一枚の水晶札に変形した。それは心苗の身分証明証であるとともに、多用途マスタープロテタスである。充電の必要はなく、使用者の源で作動する精密な機械―
ミュラはマスタープロテタスを使って、それぞれの荷物の表に写されているバーコードをスキャンする。すると、水晶札からある荷物確認画面が投影された。
無人の飛行艇は届け人の身分が間違いないと確認すると浮上し、他の島へと去っていった。ミュラは無人であるとわかっていたが、飛行艇に向けて、丁寧に挨拶をした。
「ご苦労様でした。さて、ロロタス、荷物運びをお願いしますね」
執事は無言でお辞儀をすると、全ての荷物をいっぺんに持ち、寮の中へと運んでいく。
ミュラが意識してさらに遠くの音を聴くと、二人の男が稽古をしている叫びが聞こえてきた。島には、ハウスと呼ばれる寮を挟むように前庭と裏庭がある。彼女は元来た道を戻り、前庭を通ってハウスの脇の芝生道を歩く。金属紋様のある木製ゲートを抜けると、そこが裏庭だ。
黒髪と金髪。二人の少年が戦闘の練習をしている。二人は10メートルの間合いを取り、戦っていた。二人は肉弾戦ではなく、源グラムを使って攻防を繰り広げている。
黒髪の少年の名は
ベリーショートの金髪が輝く少年は、ガリス・オリエンス。楊よりも身長が20センチほど高く、そのわりに筋肉の薄い細長い体をしている。彼の服は楊のものとほぼ同じ仕様をしているが、襟の部分は赤く、マントのようなジャケットを着ている。彼の周りには七つの円盤状をした物体が高速で回転していた。それとは別に、機械でできた恐竜の頭のようなものが宙に浮かんでいる。その顔には目が六つあり、やはり下半身は霞んでいた。円盤状の物体はガリスの意思によって、楊を攻撃する。
「飛べ!ホルト・ハンザー」
ガリスが攻撃を命ずると、迎え撃つように楊が叫んだ。
「
楊の源で召喚された竜王は長戟で円盤の攻撃を全て撃ち返した。そのまま直進し、ガリスを攻める。
「隙ありだぜ!ガリス!」
「やらせないよ!」
ガリスが平然と言う。危機的な状況とは裏腹な、落ち着いた声だ。
銀色の機械がガリスを守るように立ちはだかり、先に撃ち返された円盤は、そのうちの三つが左右の肩に組み合い、特に右側のものは大きくなり、盾となった。竜王の持つ戟の攻撃はこの盾に防がれる。ガリスの戦い方は、自分の源で作った機械に命令をするというものだった。
「ヨウ君、こんな単発の攻撃、僕には効かないよ。ハンガキスト、攻撃を押し返せ。そのまま反撃しよう!」
恐竜の頭をモチーフにしたハンガキストは背部に装備してあるブーストバッグを展開し、出した推進力で、竜王の長戟を押し返した。その間にも右側の円盤が高速回転し、エネルギーを集めている。3秒後、輪状のエネルギーリッパが射出。同時にハンガキストの胸元にある恐竜の口が開き、円盤よりも激しくエネルギーをチャージしはじめる。
迫り来る輪状のエネルギーリッパを怖れず、楊は
「敖潤よ!」
竜王敖潤は手に持つ大きい戟でエネルギーリッパを切り散らせた。
「ヨウ君、僕の攻撃はまだ終わってないよ!」
恐竜の口が楊に向かい、一瞬で巨大な光弾が打ち出す。
「敖潤よ!そいつの無礼な攻撃を押し返せ!」
敖潤は長戟を高速回転し、光弾を受け止めたかと思うと、そのまま上空に打ち飛ばした。
ガリスは上空から聞こえる轟音と地鳴り、爆発する光弾を見て思わず声をあげる。
「なっ、ハンガキストのエルニングバスターを弾き飛ばすなんて!?」
楊は涼しい顔に笑みを浮かべて答える。
「ガリス、お前の攻撃パターンは、連撃には強いが技自体が弱いんだよ!そんな攻撃で、俺と先祖代々が受け継ぎし契約の神霊を倒せると思うなんて、無礼にもほどがあるぜ。海の竜神の力を舐めるなよ!」
「まさか……、完全召喚ではない状態で、もうあんなに強いのか?」
「さて、敖潤よ、奴が作った
「クッ。僕だって負けない!」
楊とガリスの命に応じ、竜王
と、そこに現れたミュラが、笑顔のまま、叱るように二人を呼びかける。
「二人とも!一体何をしているのかしら?」
二人がミュラを振り向くのと同時に、二人が源で作った者たちも彼女を見た。
ガリスが先に返事をする。
「ミュラ姉さん?」
楊が、当然というようにミュラの問いかけに答えた。
「何をしているって?見りゃわかるだろ。俺たちはフリーバトルの組合練習をしているんだ」
「言ったはずよね?裏庭でバトルの練習をするときは、爆発系の技は禁止になっているのよ?」
「ああ。あの技は俺が出したんじゃない、ガリスがやったことだぜ」
楊が笑って言うと、ガリスはむくれて返事をする。
「ちょ、ちょっと!責任を丸投げするなんて酷いじゃないか。攻めこみ過ぎたのはヨウ君でしょう?」
「敖潤のはただ普通の槍術の攻撃だろ?ガリスこそ、急に決めワザ撃って来やがって。お前の胆力が弱過ぎるせいじゃねぇか?」
二人が責任の押しつけあいを始めてしまったので、ミュラは呆れ、優雅な口調で言った。
「ロロタス」
ロロタスはミュラの御前に這い出ると、筋骨隆々の体型に変化する。その存在感に気圧された二人が反応できなかった一瞬のうちに、ロロタスは拳で楊とガリスをそれぞれ一発ずつ殴り、決着をつけた。
卒倒した二人の前にミュラは改めて立ち、落ち着いた口調で言い放った。
「責任の押しつけあいなんて、恥を知りなさい」
横になった体勢のまま、腫れた頭を擦ってガリスが苦情を漏らす。
「どうして僕まで……。意地が悪いのはヨウ君でしょう?」
うつ伏せになったまましばらく動けないでいる楊は、さきほどまでの威勢の良さがまるでないしょぼくれた声を出した。
「ミュラさん……。だからって、何も言わずに急に殴るのは酷くないか?」
淡々とした口調ながら、ミュラはさらに二人を叱責する。
「何を仰いますか。男児たる者、いえ、女だって、責任転嫁はいけません。それにあなたたち、今日に始まったことじゃないでしょう。ここは空島よ。爆発を起こせば大惨事になることくらい、いい加減おわかりですよね?」
楊は体勢を直し、粗暴な仕草で胡座をかくと、自分の頭を撫でながら言い返した。
「でもさ、たとえ建物が破損したって、明日の零時にはまた回復するんだろ?」
それを聞いてミュラは少し厳しい表情になった。
「その考え方はいけません。
いつの間にか正座しているガリスが口を挟む。
「それって、等価代償のこと?」
それを聞いて楊が引き継ぐ。
「なるほど、ミュラさんが言っているのは、建物の損傷回復罰税のことか!それなら大丈夫さ、俺、結構お金貯めてるんだぜ!」
「ヨウ君、そうじゃないんだ。この空島を含めて、寮が破損したときは、住んでいる
「そうか、連帯責任ってことか」
ガリスが言う。
「そうさ。イリアスに怒られ、ミナリさんと神崎さんに泣かれるだろうな」
「うっ。それは面倒臭いな……。イリアスはいつもうるさいけど、ミナリさんと神崎さんには悪いなあ。うーん、罰税を俺一人で支払えるなら、まったく問題ないのになあ」
「ヨウ君、責任を全部一人で背負うからって、悪いことをするのは最低よ。何をするにも少し、周りのみんなのことも考えなさい」
ミュラの言葉を聞いて、楊はガリスに声をかけた。
「悪いな、ガリス。俺たちのバトルの決着は別の場所でつけるしかないみたいだ」
ガリスはフリーバトルの勝敗など、もうどうでもいいと思っていたが、はっきりと言い出せず語尾がもごもごと小さくなる。
「そうですね。でも……」
ガリスの反応を見たミュラは、ニヤリと薄い笑みを浮かべ、ロロタスに命令した。
「ロロタス」
命に従い、ロロタスはまた変化する。筋肉はさらに強大になり、上半身の服はボタンが弾け、粉砕した。筋力増強したロロタスは両手を合わせ、ハンマーアタックで楊を撃った。打撃の威力は甚大で、楊は土に半分埋まり、意識が飛ぶと、召喚していた竜人の姿も消えた。
完全に体の動きを止めた楊の姿を見て、ガリスは苦笑しながら言う。
「ミュラ姉さん……。さすがにこれは、やり過ぎじゃない?」
ガリスが
「これくらいでちょうどいいのよ。ガリス君は優し過ぎるわ。やりたくない時ははっきりと拒絶しないと」
立ち上がりながら、ガリスは頷いて応じる。
「うん、わかった」
「ロロタス、ヨウ君をハウスに運んでください。少しヒーリング処置が必要ね」
元の姿に戻ったロロタスは、ミュラの指示通り、楊を肩に担いで寮へと向かう。その後ろを歩いていたミュラは、途中で何か思い出したように踵を返し、言った。
「ガリス、そろそろ朝ごはんが出来ているわ」
「はい!」
ガリスは大声で返事をし、嬉しそうな笑顔を見せながら、ミュラの後を追いかけ、寮に入った。
つづく
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