第48話 あなたという形見

テレビを見ると発色の鮮やかな化学染料のプリント友禅の着物ばかり。


今や本友禅を着るのは皇族の方と大物演歌歌手だけだ。


ちょっと前に友禅染め館に行ったが プリントばかりだった。


「 今は 本友禅は売れないんですよ」


その言葉がちょっと悲しかった。





本友禅の着物 1枚 80万円を高いと思うだろうか?


私はとても安いと思う。


日本の絹は世界最高品質だし 白一反が1万円以上する。


専用の道具に手間暇. そして私たちが1枚の着物を仕立てる という時間を考えれば80万でもお釣りが来る..


友禅染めの工程には 7 工程ある..

 ①下絵→下絵の上に絹をのせ専用の器具を使い 灯りに照らし、ツユクサ を原料とした 青花で下絵を写し取る。


➁糸目糊置き→生クリームをチューブで出す作業と似ているのだが使う道具は柿渋 から染めた 筒と 先金。 これは 染料がねじまないよう防染の意味がある。 糊が乾かないうちに重ねて塗ると 大失敗である。 わずかな ミスでも失敗作としてB級品処分となる。


昔日本橋三越で糸目糊を主体とした着物が数百万で売られていたが あまりの緻密な作業にクラクラした。


③地入れ→大豆から取った 豆汁を 模様の部分に にじまないように 下入れをする。


④彩色→ここれは実に大変だった先生が気に入るまで延々色を作り続ける。

OK が出てやっと絹に色をさせる。


⑤伏せ糊→模様 部分に 黄色が入らないように糸目糊の中を全て 糊で 伏せる。

私の頃は おがグスを撒いてたと思う。


⑥地染め→やっと生地の染め。


⑦蒸しと水洗い→定着と色の発色のために行う。


これでやっと 小風呂敷 または小さな 試し 染めの完成である。


友禅染め工房に行くと もっともっと たくさんの手間がかかる。


帯や 着物ならば 京都まで送って 反物 一旦 川で流してもらう。


昔あった 友禅の川流しはこれである。





私が年に48時間かけて ぐちゃぐちゃな 小風呂敷が1枚。


更に帯の 試し 染めが一年。

古代ケルトの手鏡をモチーフにした。

その試し染めは今は額に入り スウェーデンのマリア スタッドに滞在させてくれたお礼として送った。


帯は一年。

うちわに見えないようにと 色合い やら先生がだいぶ 苦労されたようだ。


でも 出来上がった帯を見てとても私は がっかりした。


地味だったのだ。


その私の暗い顔を見て先生が慌てて 日本刺繍に出してくれた。


その日本刺繍だけでも今 出すと作業代10万ぐらいだろう。


着物のデザインが一年。


着物の試し 染めに 1年。

引っ越すために 途中で投げ出すことになった。

「後は私がやるわ」先生がそう言ってくれた。


その試し染めが出来上がった。

見てびっくりした。


ものすごい派手だったのだ。


私は派手好きだと思われたらしい。


でも どこにもない 色彩 だと 私は喜んだ。


先生の心遣いか 金彩で塗ってあった。



「もし人生がやり直せるのであれば 私は優先染めの下請けの糸目 職人になりたかった」


先生は笑った。


それはとても厳しい生活だったろう。


着物という 文化は日本人の中から消えつつある。


西陣織の職人さんたちは仕事がなくて食べて行かれなくて転職する人が多いと京都の友禅作家から聞いた。


四畳半 一間でお風呂がなくて部屋の中にはタンスだらけ。

カップラーメンは高いから毎日インスタントラーメンを食べて、 それでも着物に囲まれて 私はきっと満足だったろう。





先生はもういない。


笑顔は変わらなかったけれども、 まるまると太っていたのにある時から急激に痩せてしまった。


ついぞ誰にも病を語ることなく50歳で眠るように亡くなった。


あれほど頑張って建てた家ももう取り壊されてしまった。


泣きじゃくる 私に友達が言った。


「泣かないで。先生は功あり名成り遂げたのよ」


友達も泣いていた。





教室が終わっても、東京から2時間かけて 先生の顔を見るためだけに ずっとずっと通っていた。


「あなたには 仕事以外何もない!!」


先生に怒られるから、仕事以外の何かを一生懸命探して 携えて笑ってもらえるように頑張りながら。




私には先生の形見が何一つない。


そう思って 探した。



私の手元には 先生が色を選び 染めてくれた 試し 染めが残っている。




そして、私と友達は先生を忘れない。


心の中にはいつでも先生がいる。


私達は先生がこの世にいたという 形見 なのだ。




あなたにもいるはずだ。


恩師が、親友が、生きていくための指標となるべき人間が。


例え 目の前からいなくなっても、彼ら彼女らはあなたの心に残り続ける。


形見とは 形あるものだけではない。


心の中にある 思いもまた 個人の形見 なのだから。









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