第30話 『ある友の死の知らせを聞いて』
「馬神社の神様に御神酒をあげて欲しい」
おばあちゃんが言った。
そういえば、この前通りかかった時に馬神社から呼ばれた気がした。
いつもお世話になっている少彦名神も祭神の一柱である。
それは行かずばなるまい。
だが、参拝は大変な事である。
田舎町には酒屋がない→成田山参りで買ってリュックに背負ってきた。
片道10キロの足がない→重くて動かないゴムタイヤ自転車でサイクリングだ。
従兄弟に問い合わせたら1日か15日の早朝しか開いてない→朝9時までに到着すれば良い。
朝7時に出発した。
途中で天人菊花畑を見つけて一生懸命写真を撮った。
家の人が不審に思って見に来た。
「何をしてるのかしら」
「写真を撮ってる」
説明を促す家人に私は口を開いた。
「この花の名前は天人菊。別名は特効菊。
喜界島では特攻隊員が出撃する時にこの花を渡したそうです。
花言葉は生きなさい。
先日通りかかった時に見て絵を描いていたんですが、あまりうまく描けなくて。
これから馬神社にお神酒を奉納するので、もう一度ちゃんと見ようと思って」
ありふれた花にそんなにも深い意味がある。とても感心されたようだった。
「種を頂いてもよろしいですか?」
「これかしら?」
「どうぞどうぞ」
喜んでまた出発した。
馬神社に着いたのは8時半。
掃除グループ皆で待っていてくれたらしい。
「この人が案内してくれるから。後で家に寄ってね」
従兄弟が言った。
とても真面目そうな方が本堂の鍵を開けてくれた。
本堂には古い写真や、古い絵が何枚も飾ってあった。板に書かれていた日本画は、もう薄れていたけれど私の母方の名字が書かれていた。
「この絵は百年前くらいでしょうが、奉納したのは私の親族でしょうか?」
「そうかもしれません」
「こちらが御神体です」
丁寧にあれこれ説明してくれた親切な方に、私は何度もお礼を言った。
それから従兄弟の家に寄り、あれこれ笑いながら話してから気合を入れて帰った。
途中で雷雨になって、どうしようか考えている時に中華料理の店のおばさんと目が合って店に入った。
雨宿りがてらラーメンを食べた。
お喋り好きなおばさんとたくさん話しながら。
「馬神社は、やはり馬の神様を祀っているのか?」
「……素戔嗚尊と少彦名神、祓い戸四柱といって、男神三柱と比売神三柱です」
ちょっと気まずい沈黙が流れた。
「この町は歩道がなくて危ないから気をつけて。車にひかれないようにね」
「ありがとう」
何度もお礼を言って店を出た。
従兄弟からもらったお土産を妹に届けたら、とても深刻な顔で言われた。
「体が弱いゎだから介護がない日には家でゆっくり休んでいて欲しいのに。何でそんなに無理をしたの?」
「友達がコロナで亡くなった」
「聞いた」
「ガンだった」
「それは仕方ないよ」
「まだ40半ばだった。もしタイムマシーンがあるなら人生が巻き戻るなら、あの頃の自分を叱りつけて、もっと親孝行をしたのにと言っていた。だから友達のやりたかった事まで頑張るんだ」
もう何も言わなかった。
ヘルマン・ヘッセは『ある友の死の知らせを聞いて』という詩で慟哭を綴った。
ムソルグスキーは『展覧会の絵』を作曲した。
私は才能なき凡人なので、できる事は少ない。
クヨクヨする私に、別の友達が言った。
「クヨクヨしてもいいじゃないですか。大切な仲間が虹を渡ったんですから。
心配されてしまいますよ。
少しずつ、笑顔で一歩ずつ前に進んで行きましょう」
『虹を追いかけて』という岡村孝子さんの歌がある。虹を追いかけてつかんで越えて行ったんだね。
友達は孝子さんのコンサートをそれはそれは喜んでいた。
私は『TODAY』という歌を思い出した。
♪ありふれた今日を愛おしく生きたい♪
亡くなった友達の分まで頑張ろうと思っても自分の人生だけで精一杯。
疲れて息切れしてしまう。
明日も元気が当たり前なんてはない。
一つ一つの喜びや与えられる優しさを真摯に受け止め感謝していくと……
ほら、毎日が宝石箱になる。
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