第6話 魔女は試合を決める

 「今度は泣かないの?」


 「はい! 今、楽しいんで!!」




 かんなはそう笑ったけれど。状況は依然として、悪い。


 いくらかんなの魔力量が高いと言っても、一度”回復リカバー”を使っている以上、かんなの方が魔力的には底が見えてきている。


 まして、さっきの攻防で経験値の差はまざまざと見せつけられた。加えて、今、スタジアムの端を背にしてるから、逃げ道もない。


 軽く笑ってしおんさんが、そっと跳ねた。



 ぽんとその場で、少し浮く程度。



 そして、着地。





 同時に爆音とともに床が蹴られる。





 さっきと同じように、”迅化アクセラレート”で砲弾めいた速度で接近する相手。



 杖はすでに”衝波ショック”を撃つために構えられている。



 それにかんなは。




 「防壁プロテクト!!」




 がん、と木杖が”防壁”に衝突する。



 やった、上手く防いだ。


 

 喜びかけて、気付く。



 でも、かんな。



 



 しおんさんは”迅化”を起動したまま、”防壁”を展開しつづけるかんなから、一旦、距離を取った。



 数メートル範囲で軽くステップを繋ぎながら。



 軽いステップ。



 だけど、”迅化”中のそれは目で追えるのがギリギリの高速移動になる。



 やろうと思えば、いつ、どのタイミングでも攻められる。



 かんなが捉えきれない動きで、守りが解かれるのをただ、じっと待っている。



 岩陰に隠れたウサギを、オオカミが岩の外からじっと窺っているような状態。



 守りから出た瞬間に、簡単にかんなはやられる。



 でも”防壁”は当たり前だけど、展開している間、魔力減り続ける。すでに魔力が減った、かんなじゃ、すぐばててしまう。



 堅牢な守りだからこそ、長くは続かないのだ、性能がいい高級車みたいなもので他の魔導より圧倒的に燃費が悪い。



 そんなかんなに少し動きがあった。



 両手で持っていた杖をそっと、片手に持ち替えた。杖を持った手の方で”防壁”を維持しつつ、ゆっくりと空いた手で魔力を溜め始める。


 

 何かする気だ。



 でも。



 同時に接近した、しおんさんによって、”防壁”に”衝波”が撃ち込まれた。



 並行で起動した魔導は当たり前だけど、精度が落ちる。



 つまり、これはかんなが弱くなった”防壁”を突破される前に魔力を溜めきれるかって勝負になってる。



 何度か”衝波”が撃ち込まれて、かんなの”防壁”が揺れる。



 かんなの表情がヒビが入った防壁越しに、苦渋に歪む。



 思わず私まで、胸が痛くなって背筋が強張る。



 でも。



 でも、もうちょっとで魔力が溜められる。



 なのに―――――。





 「あ」



 「これは」



 「ゲームセットだな」





 隣の三人組がそう声を出した。

 


 ”防壁”とのゼロ距離。



 しおんさんは。



 弓を引くような動作ともに。



 ゆっくりと”光撃シュート”を構えた。



 思わず唇をかむ。



 ”防壁プロテクト”じゃ”光撃シュート”は絶対、防げない。



 まして、あの距離じゃ、避けようもない。





 瞬間。






 かんなは





 同時に。





 杖で。





 杖を。






 思いっきり。






 






 「え?」






 杖という照準器を失った”光撃”が、かんなから逸れる。



 魔力壁に直撃した閃光は、まばゆいばかりの火花を上げて、かんなのすれすれで跳ね飛んだ。



 誰もが。



 驚愕する。



 それで。



 多分。




 しおんさんは。




 離れようとしたんだ。




 ”迅化”で、距離を取ろうとした。




 でも。




 かんなは。




 逃がすまいと。




 ぎゅっと。




 




 え?




 いや、そっか、あれでしおんさんは、”衝波”も”光撃”も撃てない。




 「ん? でも」


 「あれって」


 「そっから、どうすんだ?」




 かんなは”衝波”を持ってない。というか、近距離で使える魔導は何も持ってない。




 あれじゃあ、かんな側からも何もできない。




 誰もが、そう、想ってた。




 瞬間。





 かんなの手が発光する。





 収束した魔力が光を放つ。





 さっき、”防壁”の中で貯めていた、魔力。





 ん?





 あれって……。








 「爆  破ブラストオォォォッッ!!!!!!!!」








 かんなの声と共に。






 スタジアム内は太陽爆発めいた閃光に覆われた。



 



 誰もが唖然とする。





 爆炎と黒色の煙だけが、魔力壁の中を覆っている。





 「おおー」


 「これって……」


 「相打ちか?」





 そう、”爆破”に自分だけダメージを負わないなんて都合のいい効果はない。





 「かんなぁぁっ!!」





 あれじゃあ、かんなも。





 そう私たちが想っていた時。





 べにゃっ、と些か間抜けの音を立てて。



 煙の中からはじき出されたものがあった。



 ……かんなだ。



 私たちの眼前の魔力壁にぶつかって、窓に張り付いたカエルみたいにずるずると下にずり落ちていく。



 それから地面について数秒ほど。



 震える手で杖を持って。



 「回……リカ…………ばっ……ぐにゅん!!??」



 ”回復”を唱えかけたところで、煙の中から出てて来たもう一人に、しおんさんに思いっきり頭をしばかれた。



 ”衝波”がこもってない、ただの杖で殴ったのはせめてもの優しさだろうか。



 同時に地面に魔導陣が展開して、かんながスタジアム外に転送される。



 『梅ノ木かんな ダウン』


 

 ブザーと共に試合は終わりを告げた。


 私は録画をオフにして、かんなのところまで走り寄る。


 会場はたちこめる煙にちょっと騒然としながら、がやがやと声が戻っていく。


 煤まみれのかんなの傍まで来て、私はうつぶせの彼女の頭をぽんぽんと叩いた。


 黒い三角帽がくしゃっとへこんで、へなへなとしぼんでいく。


 三角帽をずらして、中を覗くと涙目になってへこたれた顔がそこにはあった。


 あーりゃりゃ。


 「負けちゃったね、かんな」


 「うう……っぐす、うん」


 かんなは落ち込んで、俯いてた。私は思わずそんなかんなを見て、苦笑い。


 悔しい、らしい。つまりまあ、最後まで勝つ気だったんだろうねえ。


 最大出力の”爆破”でも、かんな自体は運がよければ魔力量が高いからギリギリ”回復”が間に合う。相打ち狙いに見えて、ちゃっかり生き残る気満々だったのだ。


 ただ、相手の方が上手だったってとこかな。


 「大丈夫? 立てる?」


 「うん……っぐ、最後……なにがどうなったの?」


 煤まみれの友人と一緒に、次の試合の邪魔にならないようにスタジアムの端へと移動する。


 「さあ、どうだろ。後で録画を見てみよっか。でも結構、頑張れたね」


 「……うん、頑張った、かな」


 負けちゃったけど。


 いい試合だったと、私は素直にそう想う。


 かんなも、負けた直後の割には結構ちゃんと前を向いていた。涙目だけど。


 多分、思いっきり試して、思いっきりやりとげたからだろう。


 思い通りにできなくて悔しいじゃなくて、思い通りにやって思いっきり負けたのだ。


 だから、これは、きっといい試合だったんだと、そう想う。


 それから、二人して、体育館の壁にもたれかかって、スマホを見ようとした、そんな時。


 私達の目の前にすっと影が二つ差した。


 「あ、先生」


 「先生は、やめてって言ってるでしょ?」


 かんなと同じく少し煤だらけの、黒ローブをまとった先生、もとい、しおんさんがいた。もう一人は、さっき私の隣で試合を見ていた三人組の男の人だった。


 「えと……対戦、ありがとうございました」


 「こちらこそ、ありがとうございました。……で、怪我大丈夫? 私、思いっきり頭殴っちゃったけど」


 そう言って、かるくため息つきながらしおんさんは心配そうに、かんなを窺った。


 それに対して、かんなはふるふると首を横に振る。


 「大丈夫……です! ちょっとふらふらするけど……!」


 「そう、後で、一応、医務室行きなさいよ?」


 まあ、試合中のけがは全部魔力ダメージになるし、行き過ぎたダメージは”致命封じ”の魔導が止めてくれるから、魔導戦で怪我をすることなんてほとんどないんだけど。


 ちょっと、たんこぶ気味になった頭をしおんさんにさすられながら、かんなはちょっと嬉しそうに笑ってた。


 「いやあ、最後までどうなるか分からない、いい試合だった。な? しおん」


 そうしていると、しおんさんの肩をぽんと男の人が叩いた。


 しおんさんは軽く肩をずらして、それを受け流すと、ちょっと呆れた感じになりながら、言葉を返す。


 「そーね、個人戦であんなに焦ったの久々だわ」


 「うんうん、俺もしおんが試合後に対戦相手の様子を気遣うなんて初めて見たしな」


 男の人がにやにや笑って、しおんさんを見ていた。しおんさんは少しバツが悪そうに、目を逸らす。


 そんなしおんさんに、男の人は満足そうにうなずくと、私達に視線を戻してにっこり笑った。しおんさんと同い年くらいで、人好きしそうな、屈託のない笑みをした人だった。


 「というわけでだ、お嬢さんがた、よかったらお茶しないかい?」


 「「え……?」」


 あまりに唐突な言葉に、私とかんなが同時に口を開けて、呆けた顔をした。


 「……どういう、つもりよ?」


 「しおんが誘わないから、代わりに誘ってる。というか、しおんも来るだろ?」


 にやにや笑うその人の隣で、しおんさんは何度目かのため息を静かについていた。


 私とかんなは、なんだろこれ、とお互い顔を見合わせて首を傾げていた。


 「俺的には合格だけどな」


 「はあ…」


 そんなやり取りの意味も知らないまんま。









Tips:爆破ブラスト:攻撃用魔導刻印の一種。魔力を収束、光弾にしてこれを射出あるいは、そのまま起爆すると球体状の爆発を引き起こす。爆発の直径は込めた魔力量により1~5メートルほど、かんなの最大出力では10メートルほどになる。範囲の割に威力が高いため、自分や味方が巻き込まれる危険が高いので扱いには注意が必要。基本、自分から遠くに射出して巻き込まれないように戦うのだが、接近からの自爆→自分にだけ”回復”をかけて生き残るという、戦法でかんなは何度か勝利をもぎ取っている。ちなみに、自身の”爆破”に耐えてさらに消費の多い”回復”を使う都合上、膨大な魔力量が必要なためかんな以外まともにできない。というか多分、思いついても誰も試さない。撃った後、煙のせいでめっちゃ視界が悪くなるため、動画配信に支障を来すことに定評がある。通称配信殺し、それが理由で封印する有名プレイヤーもいるとかいないとか。

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