第5話 魔女はボコられる

 「あ、さっきの子なのね」


 「


 私は思わず、無言で頭を抱えた。


 どう考えても……格上じゃん。


 魔導戦の個人戦は予選と決勝トーナメントにわかれる。


 予選はスイスドロー形式で、何度か対戦してその勝敗数で上位のプレイヤーが決勝トーナメントに向かう。


 一応、勝ったら勝った同士、負けたら負けた同士で対戦するから、少なくともさっきこの人は負けてるんだろうけれど。


 「あら、しおん、負け組だ。緒戦、負けたのか」


 「あー、昨日の酒残ってて、緒戦は寝坊したらしいよ? で、不戦敗」


 「そりゃあリーダーのせいだな、昨日、無理矢理付き合わせたから」


 「あっちゃー、予選落ちたらボコられるかな」


 「ま、翌日、試合ってわかってて深酒に付き合う、しおんもしおんだけどねー」


 「存外、賢いようでバカだよなあいつも」


 隣で私と同じように話をしてる若い男女の三人組がいた、私とかんなより少し年上くらい。口ぶりからして、あの対戦相手の女性の知り合いだろうか。


 なるほど、それで負けたのね……。


 かんなの、対面の先生もといしおんと呼ばれた女性は、軽いストレッチをしながら、かんなを見据えている。酒の酔いがあるような顔には……見えない。さすがに午後だし、もう醒めてしまっているのだろう。


 対するかんなはかなり緊張してるけど、視線はまっすぐ相手を見ていた。あれ、意外と肝が据わってる。


 なんかやるって決めたときの顔だ。これは意外と、心配いらないかも。


 「かんな、落ち着いてね!」


 私がそう声をかけると、かんながスタジアム内でぴょんぴょん跳ねて手を振っていた。うん、割と余裕あるね。


 多分、あの先生と再会できた喜びが大きくて、むしろ楽しくなってるんだろう。


 「じゃ、始めよっか?」


 「はい! 先生!!」


 「それ、やめてほしいんだけど……」


 両者の合意が成立した時点で、スタジアム内に魔力壁が展開される。


 私もスマホを起動して、録画用のアプリを入れる。隣でさっき話していた三人組のうちの女性が私と同じようにスマホを構えていた。


 魔力壁の展開に呼応して、アナウンスが場内に響く。


 試合が、始まる。



 『魔導個人戦 予選 第二試合 染井しおん 対 梅ノ木かんな』


 

 対面した二人が、10メートルほどの位置で、それぞれ杖を構える。




 『試合開始』




 まず、かんながうごいた。



 「だぁぁああぁっっらっっしゃぁぁいっっ!!!」



 大声を上げて、両手で思いっきり魔力を込めた杖を振り下ろした。



 その軌跡に合わせて、正面に扇状の”炎熱バーン”の火炎が広がる。


 

 蠢くような火炎流が対戦相手を飲む込むように、凄まじい速度でかんなの前方を焼き尽くす。



 「火柱でかくない?」


 「わお」


 「ほお、すごい魔力量だな」



 隣で観戦している三人が声を上げていた。私はこっそりカメラが揺れない様にガッツポーズをとる。


 試合前、かんなと私が考えた作戦は単純だった。


 現状、かんなは”光撃シュート”とかの精度がいる魔導は扱えない。使ったとしても有効範囲は数メートル。とても実戦には出せない。


 なら、狙わなくてもどうにかなる魔法を使えばいい。


 もちろん、その分、威力が下がるから防がれやすいけれど。


 元々、魔力量の高いかんなが余計なことを考えずに、それに専念すれば、その単純さが十分な脅威になる。


 相手が冷静になって、距離を取って”光撃”をつかった先方に切り替える前に。


 


 ”炎熱”の効果範囲は通常10メートル、かんなの魔力量なら倍の20メートルは固い。


 炎熱は効果範囲が大きくて避けきれないから、相手は必ず”防壁プロテクト”で守りを展開してくる。


 だからこそ、かんなは振り下ろした杖を野球のバットみたいに振りかぶると、杖の先端に魔力を集中させる。


 広がった防御を最大出力の”爆破ブラスト”でまとめて吹っ飛ばすために。もちろん、自分がやられない範囲で。


 これならたとえ倒せなくても、相当深手は負う筈だ。かんなは爆風を食らっても”回復リカバー”があるから、立て直しがきく。


 恒星めいた発光とともに、魔力が強く収束する。


 かんなが杖先に溜め終えた”爆破”の魔導が振りかぶられる。



 決まる。



 初見じゃ、絶対、避けられない。


 そう、かんなと私が確信した瞬間。







 「衝波ショック







 一陣の風と一緒に。


 スタジアムを埋め尽くすほど広がった炎の壁に、ぽっかりと一つ、穴が開いた。


 炎の中に、



 え?



 呆けたかんなの腕が一瞬、止まる。



 「迅化アクセラレート



 体育館の床が蹴られて、爆発めいた音がした。



 炎の壁が、元の形に戻ろうと閉じきるその前に。



 砲弾めいた速度で、魔導使いは炎の空洞を突っ切った。



 そのまま。


 

 ”爆破”を撃とうと振りかぶったかんなの杖めがけて。




 




 かんなは呆けてる。



 何が起こったのか、わかってない。



 私もちゃんと理解するのは数秒後。



 魔導を。



 放つ前に。



 



 ただ。



 それより重要な危機に。



 かんなが気づく前に。



 そっと、杖を持っていない手が、かんなの額に、優しく触れた。







 「衝波ショック







 詠唱と同時にかんなが吹っ飛んだ。



 衝撃波に頭から吹っ飛ばされて、ゴムで弾かれたみたいにかんなは回転しながら、後方に飛ばされていく。



 でも。



 「迅化アクセラレート



 まだ終わらない。



 かんなが弾かれると同時に、同じ速度で影が駆けた。



 さらに影が木杖を振り上げる。



 横っ飛びに吹っ飛ぶかんな目掛けて。



 並行に跳躍しながら、垂直に杖が振り下ろされる。



 加減も容赦もなく。



 杖がかんなに触れると同時に。



 三度、衝撃波が弾けた。



 かんなの身体が跳ねんばかりに床に叩きつけられ、慣性もそのままに床に何度も跳ねて打ち付けられながら、最後にスタジアム端の魔力壁にぶつかった。



 数秒、止まったような時間が流れた。



 会場がしんと静まり返る。


 私達以外の観客はただ唖然として、その様子を見守っていた。


 唯一、平常に反応していたのは、私の隣にいた三人組だけ。


 「致命封じかかってるとはいえ、いったそー」


 「容赦ないなー、しおんは……」


 「ところであれ、トラウマにならんか?」


 数秒して、周囲のざわめきがようやく、戻って、きた。


 きた。


 えと。



 「かんな!!!」



 なに、あれ。



 てか、大丈夫なの。あの子。



 思わず駆けだそうとして、鼻先が思いっきり魔力壁にぶつかった。



 固くはないけど、柔く弾かれる感触。



 ああ、もう。なんでよ。



 まだ試合終了の判定になってない。



 もう早く、早く。



 焦る。



 早く。早く。



 かんなのところまで駆け出したいのに、私は魔力壁に阻まれたまま。



 早く、退場用の魔導陣が起動————————しない。



 ……あれ?



 違和感に気付いた頃、かんなはゆっくりと立ち上がった。


 会場がざわめく。


 隣の三人組が軽く口笛を吹いた。


 「間に合ってよかったぁぁ……」


 かんなは若干、疲弊しながらそう息を吐いた。


 あ、なるほど。


 最後、吹っ飛ばされながら。


 ”回復リカバー”が間に合ったんだ。


 魔導戦での肉体に対するダメージは、スタジアムの効果で全部、魔力ダメージに変換される。


 有体に言うと、怪我は絶対にしないけど、食らえば食らうほど、どんどん魔力が減っていく。


 一度減った魔力は二度と戻らない上に、受けた傷から更に魔力は減っていく。


 それがそれ以上、減らないために”回復”がある。ただ相応に魔力の消費が大きいから、魔力の多いかんなでも一試合中に二発しか打てない。


 つまり、立ちはしたけどピンチには何も変わらない。


 変わらないのだけど。


 かんなは。


 


 楽しそうに。


 「今度は泣かないの?」


 「はい! 今、楽しいんで!!」


 そんな笑顔に対戦相手の女性は、しおんさんは初めて笑顔を見せた。


 視線が、一瞬だけこっちに飛んできた。


 『この子いっつもこうなの?』って聞かれてる気がした。


 思わず肩をすくめる。


 私の友人はこういう子なのだ。









Tips:染井 しおん:21歳の大学三回生。魔力刻印数は5。肩ほどの黒髪で、背の高いスレンダー女子。コーヒーはブラックが好みで、愛読書は古典文学、さらに冷静な分析力、大人びた対応の数々に加えて強靭な肝臓を持つ。そのせいで、年上でもないのに年上扱いされることが多いことが目下の悩み。でも強制的に増えた経験値のせいで、年下(っぽいやつ)の扱いには慣れている。本人の自由意志より、適性が勝ってしまった悲しい先生。好きなお酒は、もつ鍋と一緒に呑むビール。酒が入っているときに胸が小さい話をすると、類を見ないほどキレる。

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