第4話 魔女はよく泣く
「
隣の席の魔導戦用の黒ローブをまとったー多分、私達より年上の落ち着いた雰囲気の女性が、そう言葉を漏らした瞬間。
「「あ」」
私と、
その時のかんなは。
落ち込んで、それでもなお頑張ろうとしていたのだ。
そこにかけられた心無い一言。
それは震える足で立ち上がりかけたところに引っかけられた、容赦のない脛蹴りみたいなもので。
感情の起伏の激しい私の友人の、涙腺を崩壊させるにはあまりに十分すぎた。
つまり、かんなが、めっちゃ泣いた。
この子は感情が爆発すると、一周回って静かになる。
悲壮な表情のまま、ただ黙って滂沱のような涙を感情に耐えながらこぼす。
多分、必死に声が出るのを我慢して、前を向こうとして、でも抑えきれない感情がさっきの二倍マシで涙になって零れていく。もう鼻水と涙で顔がぐちゃぐちゃだ。試合用の黒ローブにまでこぼれて、それを拭きもせず必死に前を向こうとしているさまが、もうなんか痛々しい。
「ど……っひぐ……う……うぐっ……いう……こと……ですか…ぐえっ……ひぐっ」
ちらっと隣の女性を見るとしばらく困ったような表情をしていたが、そっと両手を合わせて謝罪のポーズを取った。
「なんか……ごめん。気になったからつい口に出しちゃった」
「べ……っぐ……ひぐっ」
かんなは必死に涙を抑えようとしていたので、それ以上言葉を発することもなく。ふるふると首を振った、別に大丈夫と言いたいんだろう。ただ涙が涙を呼んでしばらくそれ以上、喋れそうになかった。
隣の女性はしばらく私を見つめて『これどうしたらいいの?』的なアイコンタクトを送ってきたが、私は肩をすくめるばかりだった。
悪いけど、こうなるとしばらく介護がいるのだ、すまんな。
およそ五分程、撫でて、鼻水を拭かせて、飲み物で涙を流して。
ようやくかんなはまともに話せるくらいまで復帰した。眼と鼻は真っ赤なままだけど、かんなは割と見栄えは小柄で顔もかわいいんだけど、残念ながら泣いたときの顔が酷いので、あんまりかわいい扱いされないのであった。南無。
とまあ、そんなことはさておき。
「すいませんでした!! 時間とらせちゃって。それで、えっと、『それじゃ勝てない』ってなんでですか?」
泣き腫れた眼を爛々と輝かせながら、かんなはその女性に詰め寄っていた。強くなれるヒントを見つけて期待感MAXって感じだ。そんななので、女性はしばらく驚いたようにかんなを見て、細めた眼を私に向ける。多分、『なにこのテンションの落差』って聞きたいのだろう。私は無言でうんうん頷いておいた。うん、そういう子なのです。混乱すると思うけど、そんなの子なのだよ、うん。
とまあ、混乱する相手を置いてけぼりにして、かんなふんふんと鼻息をならさんばかりの勢いで女性に詰め寄っている。
女性はしばらく、引き気味だったが諦めたのか、軽くため息をついて、指を二本出した。
「理由は二つ」
私はそっと、スマホの録音機能をオンにした。
「一つ目は原因が考えらえてないこと。そもそも君の”
伸ばされた一つの指にかんなは少し首を傾げる。
「え……と、狙いがずれてるから、ですかね」
「うん、じゃあ。なんで狙いがずれてるの?」
「え……? ずれてるから……うーん、私が下手だから?」
女の人はゆっくりと首を横に振った。
「下手っていうのはちょっと表現が曖昧過ぎるよ。下手にも色々、種類がある。例えばボールを投げるのが下手な奴にも色々いる。単純に力が足りないの。身体の動きが噛み合ってないの。腕の振り方下手なの。顔がぶれてるから、狙いがずれちゃうの。色々、いるよ」
「あ……」
あれ、なんか、面白い人だな。
「逆に聞くけど、どういう状況なら当てられる?」
「えと……止まってる相手になら」
「そう、じゃあ、相手が動いてるから当たらないのね?」
「え……あー、でも止まって”
「ふーん、じゃあその時どれくらいの距離だった?」
「え、えーとスタジアム端だったから……50メートルくらい?」
「当たった時は何メートルくらいだった?」
「あー……3ートルくらいです」
「じゃ、今の君が当てられるのは、まあ3メートル前後ってことね」
「うう……」
ちなみに”光撃”の最大射程は人にもよるけど大体100メートルくらいだ。個人戦のスタジアム内だったら、どこにいても射程範囲になる。
とまあ、そんな感じで かんなの”光撃”がなんで当たらないのか、逆にどこまでならできるのか。一つずつ輪郭を浮き彫りにされていく。
私は熱心に話を聞くかんなの邪魔をしない様に静かにしながら、内心、舌を巻く。
この人は話の筋道が通ってるし、多分、ちゃんと強い人だ。なんでわざわざ声をかけてきたのかはわからないけど。親切なのか、ただ私たちがあまりに見てられなかったのか。
「———、ま、あとは自分で考えて。で、そのままだと勝てない理由の二つ目なんだけど、君、刻印変えたことある?」
「えと……ないです」
「ーーーーでも、かんなは刻印数が多いから、個人戦用の刻印大体持ってますよ」
私はちょっと気になって、思わず口を出してしまった。その女性は顎に手を当てて、少し考え込むように黙った。
魔導戦で使える刻印はあらかじめルールで決まっていて、色々あるわけだけど実は半分くらい集団戦用のものだったりする。
だから、かんなの刻印数だと割と個人戦に限れば、大体使えるのだけど。
「……まあ、人によるんだけど、あんまり固定観念に囚われないほうがいいよ、まだ初めて間もないんでしょう? 触ったことがないものも色々試さないと、何が向いてるかなんてわかんないからね」
少し考えた後、かるくため息をついて、女性はすっと席を立った。言うことは言ったとばかりに。
言葉の意味をもうちょっと聞いてみたかった気もするが、よくよく考えればこの人には、私達にそこまでする義理はないのだ。
「じゃ、後は自分たちで頑張って」
そう言って、立ち去ろうとしたところに。
「はい! ありがとうございました!!
かんなは溢れんばかりの笑顔でお礼を言った。
その女性もとい先生は、軽くつんのめる様になった後、かんな細い目で睨んだ。
「先生はやめて。そんな大したことないし、年もそんなに変わらないでしょ?」
「はい!! でも本当に助かりました! ありがとうございました!!」
私に飛んでくる視線は『本当になんなのこの子』って感じだろうかな、私は今日、何度目かに肩をすくめて。ため息をつきながら去っていく女性を、かんなと二人で見送った。
そのかんな曰く先生が去ったあと、十数分前までの意気消沈はどこへやら、かんなは酷く楽しそうに笑っていた。
「えへへ、いい人に会っちゃった。あ、連絡先聞いとけばよかったなあ」
「そーね、落ち込み姫も立ち直ったし」
「まり、ばかにしてなーい? ところで、私が着けてない刻印ってどんなのがあるかなあ」
かんなはそう言って、楽しそうにスマホで刻印の情報を調べている。私も軽くうなりながら、試しに情報を見てみる。
「うーん……なにがあるだろ、あまり実践的じゃないと思うけどな」
「これは? えーと、”
「近距離用のやつだね、……集団戦で剣士が近づいてきたときに、動きをとめるやつ……でも魔導使いの個人戦だと、あんま使う機会ないよ? 基本みんな距離とるでしょ?」
「んー……じゃあ、これ”
「それ集団戦で味方にかけるやつ。第一、一対一で隠れても、障害物もないしすぐ見つかっちゃうよ」
「ううう……じゃあ、これ。”
「うーん、どうなんだろ、それも剣士の味方につけて、強くなったりって魔導だから……うーん、あ、たまに”迅化”つけている人はいるか、避けるようだね」
「足が速くなるんだっけ……うーん、いけるかな」
「かんな、もともと足速いけどね」
「うん、50メートル8秒台だよ!」
色々と新しいことを考えるかんなは随分と楽しそうだった。
まあ、私はこれに関してはちょっと懐疑的だけど、なにせ個人戦用の魔導刻印は正直選択肢が限られる。下手なのを入れてしまえば、他に使えないのができちゃうわけで。いくらかんなの刻印数が多いと言っても無駄遣いしていいわけじゃない。
あと、なにせかんな影響を受けやすいからなあ。ああ言われたら、なんでもかんでも試しちゃいそう。
そうなってしまえば、この友人は失敗してあと何度泣くことやら。
まあ、それでも成長して前を向けるならいいのかな。
なんて、こっそり苦笑いしながら、私達は競技用の体育館に戻った。
そうして午前の部が終わって、午後の部の対戦がまた始まる。
その相手は。
「あ、さっきの子なのね」
「
私は思わず、無言で頭を抱えた。
どう考えても……格上じゃん。
※
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