第3話 魔女はまだ弱い
「なんで負けるのかなあ?」
「ま、当たってないからだよね」
スマホでさっきの試合の映像を見ながら、私とかんなは体育館横のカフェで、お昼ご飯も兼ねて反省会をしていた。
魔導戦用の黒い三角帽子を胸に抱いて、かんなは少々ぶーたれながら私が撮った録画をじーっとみる。
格好も魔導戦用の黒ローブのままだから、ちょっとカフェの中では目立つかもと思ったけど、思いのほか、同じようなお客さんがたくさんいた。現に私たちの隣の女性も、魔導戦用の黒ローブだ。初心者用のかんなのやつよりちょっと機能性が重視されたデザインだった、玄人って感じ。
そうこうしているうちに、録画も終盤に差し掛かり、スマホの小さな画面にはさっき、かんなが意気揚々と”
「当たれば強いのになあ……」
かんなはそうぼそっと呟いた。拗ねたように口をとがらせながら。
「大昔、偉い人が言ってたよ。当たらなければどうといういことはないって」
「ぬーん、なんて重厚な正論……」
拗ねた口がすぼんで、しょげしょげと頭をカフェの机にこすりつけるかんなを見ながら、私はもう一度くだんの動画を見やる。
画面の中で、魔導が起動した光がかんなの右手に収束する。そして左手の杖を照準器として弓を引くような形で構えられる。
魔力の収束が完了して数秒ほど狙いを定めて発射、……この時点で必殺の光線はその役割を果たすことなく対戦相手の横を通過している。端的に言うと、狙いがあっていない。なんなら、発射前の段階で若干、ずれたところに照準があってる。うん、そりゃ、当たらん。
ちなみにこれでも一週間ほど、練習をみっちりこなした成果だったりする。進歩はあったのかどうかよくわからないのが悲しいところだ。
「もう”光撃”を使うのやめたら? 当たんない上にいっつもその後、反撃貰ってるし」
「うぐぐ……でも、魔導使いといえば”光撃”だし……、”
「それは”
「あれ範囲がでかすぎて、私も吹っ飛んで引き分けになったんじゃーん……いや、最初はいいアイデアだと思ったんだけどなあ」
ため息をつくかんなに私はやれやれと肩をすくめる。
魔導戦デビューからはや二か月。かんなは最初こそ、魔力量の高さで順調に勝ち進んでいたけど、割とすぐ頭打ちをした。
魔導戦は色々な駆け引きがあるけれど、魔導使いの個人戦に限っては、どうしても『いかに”光撃”を相手にあてるか』という試合になりがちだ。
一撃必殺、当たればでかく、”防壁”の魔導では防げない。ただタメやスキが大きく、当てるには相応に経験が必要。
デビューして二か月たらずのかんなには、これを当てて勝つのはちょっと荷が重い。
まあ……同時期のデビューの人たちの戦績をちょっと見てみたけど、かんなよりは断然命中率良いけどね。この子は格別命中率が悪い。
しかし、この友人はそこんところ中々、受け入れられないらしい。
今もぬぬぬと、まだ諦めきれぬ表情のまま自分が映っているスマホを睨んでいた。
まあ確かに”光撃”って花形プレーみたいなところがあるから、憧れるのも分かるのだけど。
当たれば必殺、防御も関係なしってところに、惹かれたのだろうな。かんな単純だし。でも、このまま闇雲に当たらないものを撃っても、彼女に進歩はないわけで。
……仕方ない、ちょっと現実みてもらおうか。
私は以前、公式戦の動画を見て記録したかんなのデータを引っ張り出す。
ちょっと心は痛むが、事実をありのまま告げてみる。
「ちなみにかんなの”光撃”命中率は
「うっそおん……」
それなりに長い付き合いの友人の顔が、見たこともない悲壮さに歪む。水泳の授業で水着がうっかり破れたときでも、もうちょっとマシな顔をしてたね。
「34発中、的中1発。ちなみに、初戦で棒立ちの相手に当たった一発だけね? あと、撃った後にスキをつかれて敗北する確率は7割くらいかなあ」
「うそぉん………………」
かんなの顔がちょっと涙目になる。毎日のように食べていた、お気に入りの照り焼きサンドイッチが販売中止になった時でももうちょっとマシな顔してたね……。
しばらく、私を見つめて『嘘じゃない?』『嘘じゃない』とアイコンタクトを交わした。うん、悲しいけど、嘘じゃないんだ。
黙すること数秒。
かんなは涙目のまましわしわと縮んで、そのまま気の抜けた風船みたいにへたり込む。
どうやら、相当ショックだったらしい。まあ、そりゃそうか、あなたの必殺技打つと七割で負けるわよと言われているわけである。しかも勝てる確率はほぼゼロに等しい。
まあ、かくいう私も最近の試合の結果をまとめてあげようとデータを集めて、この結果だったのでちょっと溜息出たけど。そりゃ勝てませんよ、お嬢さん。
「だからね、ちょっとやり方考えた方が……」
「うう……わかってる……」
あ、ちょっと泣いてる。
……心が痛むなあ。
なにせこの友人、非常に涙もろい。
健気なんだけど、頑張ってるんだけど、割とすぐ泣く。
それで他人の対応を変えようとかの考えはない、つまり悲しいから泣く、うん、ガチ泣きなのだ。
シンプルに感情の起伏が激しすぎて、感情の波が簡単にコップから漏れだして、涙となって出てくるのである。
そしてこれは
魔力刻印の総数、つまり魔力の才能は、おおよそ感情の起伏幅と相関があるらしく。
有体に言ってしまえば、魔力が強い人ほど情緒不安定になる。
例にもれず、かんなは大分情緒の起伏が激しい。怒るときはめっちゃ怒るし、泣くときも小学生かってくらいに泣く。しかも些細なことで、本人も必死にコントロールしようとするけど、未だ進歩は見られない。
端から見れば、めんどくさいだろうなと思う。事実、そういう扱い方をされることも多々あったらしい。
魔力量が多いと紹介するだけで、顔を歪めるなんて人もそれなりにいたりする。
……まあ、じゃあ私が何でこの子の友人をやっているのかって話だけど。
かんなは思いっきり泣きながら、でも私を
「次……っぐ、作戦……っず、考えよ……っう」
「うん」
溢れんばかりにぼろぼろ涙をこぼしながら、友人はじっと前を見ていた。
かんなのいいところは、これだけへこたれるのに諦めないところだ。
泣いて泣いて、それでもなお、前を向いてる。
親と喧嘩して、負けに負けて、魔導戦用の道具を買うために一杯バイトして、そこでクレーム言われたりして。
泣いて泣いて、泣きまくった。それでもなお、この子は諦めてない。
まあ、端から見たらただ泣き虫なだけなんだけどね。
うるんだ瞳の奥にある、まっすぐな意思に私は軽く笑いながら。
「”
「あー、そこで足が止まったところに”爆破”かな、最大出力で、思いっきり離れてね」
「それか、もう最初っから最大出力の”爆破”で……」
「自爆だよ? それもう。やっぱセオリー通りに行くなら――――――――」
「なら―――――――」
まあ、大丈夫だろう。この子は、きっといつか、時間はかかるかもしれないけれど。
きっと大きなことが成し遂げられる。
だって諦めていないのだから。
そう、そのはずだ。
そのはず、なのに。
「
隣の席の魔導戦用の黒ローブをまとった女性が。
ぽつりとそう言葉を漏らしていた。
※
Tips:魔導戦:規格化された魔導のみを用いて戦う現代スポーツ。けっこう歴史は浅いが人気は高い。プロリーグは現在運営団体が創設中、公式戦の広告費や各チームのサブスクなどで運営されている。といっても大半のプレイヤーはそういった収益のないアマチュア。身体を使った純粋な戦闘なので怪我こそしないようになっているが、人気の割に意外とプレイヤーが少ない。一対一の個人戦と四対四の団体戦がある。団体戦の方が、駆け引きが見どころなこともあり主流。公式マスコットの魔導刻印型の『マド―くん』は解説が冷徹なことで有名。
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