第五十六話 ストロベリーキャンドル
俺は高校を卒業してからカラオケ屋でフリーターをしている。両親は俺のことを心底ガッカリしただろう。大学に行かないと言った時点ですでにガッカリされたのだから。
俺には妹がいる。俺が卒業した進学校に通っていて国立大学を目指して勉強している。
「大学さえ行けば、あとば自由に過ごせる」
妹はそう言って勉強に打ち込んでいる。
アルバイト先に行くと奇妙な話を耳にした。店が閉店してから誰もいない時間に監視カメラに白いワンピースに黒髪の女性らしきモノが映っているというのだ。
このカラオケ店は深夜三時まで営業していて、店を施錠した後の三時半過ぎ。レジ前を横切る人影と思しき映像。
その日店長に呼ばれて俺は更衣室で話していた。
「特別報酬を出すから閉店後に見張りをしてくれないか?」
「え? 店長が確認出来ないんですか?」
「今日はもう上がりなんだ。君、今日閉店までのシフトだからお願いだよ。三時から九時まで。時給倍にするから!」
それを聞いて俺は容易いことだと安請け合いをした。
俺は閉店業務を終えて戸締まりをすると、レジの隣の1号室のソファーで横になった。部屋は煙草やアルコールの臭いが充満している。人のいないカラオケ店は静かで不気味だ。どこかの個室から何かが出てきそうな
そうは思いつつウトウトし始めたとき、レジの近くに白い人影が見えた。白い服だからか、暗闇に白いワンピースが浮かび上がるように見える。
まさか……幽霊……
女に気付かれないよう、目を凝らして確認すると監視カメラに映っていたという白いワンピースに黒髪の女だった。
俺は恐怖で動悸が激しくなり、全身鳥肌が立った。これは、アレだ。きっと呪いのビデオで有名な……。
女はレジの裏のキッチンへと向かった。
(一体どこから入店したんだ?)
女がキッチンへ行った隙にすぐに警察に電話した。
暫くして警察が到着すると、女は大慌てで走って大部屋へと逃げ込んだのが見えた。俺は忍び足で入口の施錠を解除して警察を招き入れた。
キッチンにはいちごのような甘ったるい臭いが残っていた。
**
警察の調べの結果、女は大部屋のソファーの下にある大きな引き出しの中に隠れていたそうだ。普段その引き出しは使われていないので盲点だった。女は一昨日入店した際に女子グループの後ろに立ってコッソリ紛れ込み大部屋に侵入。そして夜中にキッチンへ行き食べ物を盗んでいた。
高齢の女性で住所不定無職だったそうだ。
あの異様な香水の香りは女のものだった。お風呂に入れない代わりに部屋の忘れ物の香水を付けていたらしい。
俺はぐったり疲れて帰宅すると、妹からあのいちごの香水の香りがした。
「えっ……あの香水の香りがする」
「あ、これ知ってる? いい香りでしょ。ストロベリーキャンドルっていう花の香りの香水よ」
「へぇ」
「私を忘れないでって意味なの」
俺はそれを全力で突っ込んだ。
「いや! 忘れたいわ!」
『ストロベリーキャンドル 花言葉
私を忘れないで』
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