第五十二話 紫のバーベナ

 人生で何度も後悔したことがある。

とは言っても、大半は寝れば忘れてしまうし、次に活かせず同じ過ちをしてしまうことだってあった。


『お仕事中にすみません。お熱があるので保育園までお迎えに来てもらえませんか』


 職場に着いた直後に保育園から電話が来てしまった。思わずため息が出る。一歳の娘が保育園に行き始めてから半年。最初は早退しても有給を取っても周りは理解を示してくれたが、最近は少し呆れられている。

 入園してから娘は頻繁に体調を崩した。

 ノロウイルス、ヘルパンギーナ、胃腸炎、風邪、RSウィルス……もう本当に頻繁に。

 夫は「俺は休めない」の一言で休むどころか保育園の送迎すらしない。


 本当は、朝、少し熱が高いのは分かっていた。それでも今日は休めないからと送り出してしまった。

 もう、そんなことを何度も繰り返している。


 他県に住む両親は何度かは来てくれたが頻繁には頼めない。義両親は遠方に住んでいる。


 会社に事情を話して半泣きで今日は欠勤にしてもらった。有給なんて遠に使い果たしている。


「わかりました。お子さんが治ったら出勤して下さいね。お大事に」


 形式的な言葉を掛けてくれるが顔は笑っていない。一礼してからフロアを出る直前に顔を上げると社員達の顔が般若心経の面のように見えた。


 保育園に着くと娘はぐったりしている。

 泣きそうになった。


「お仕事していると大変ですよね。でも、子どもの病気は仕方ありません」

「ですよね……仕方ありせまんよね……」

「熱がありましたら、登園はお控えください。お大事にしてください」 

「はい……。ありがとうございます」

「病児保育施設もありますので、体調不良の際はそちらを登録して併用お願いします」


 先生がいなくなると、涙が溢れた。


 園庭に色とりどりのバーベナが咲いている。


 紫のバーベナの花言葉は「私はあなたに同情します」「後悔」

 まるで、先生と私の気持ちを表したような花だ。


 私は後悔している。あいつと付き合ったことを。あいつと結婚したことを。仕事を続けなければならない環境を。誰も助けに来てくれない環境を。自分が描いていた家庭を築けないほど弱い人間だったことを。生きていることを。


 それでも子どもの為に生きていこう。

 死んだことは後悔出来ないから。


『紫のバーベナ 花言葉 私はあなたに同情します・後悔』







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