第四十一話 柳

「石投げたらダメ!」

「うるせぇ〜!!」

「ひいおばあちゃんがその柳は大事にしなきゃだめって言ったもん!」


「ほら、ふたりとも公園から出ないで遊んでね〜!」


 たんぽぽ保育園の年長さんクラスは園の近くの公園に散歩に来ていた。


 公園の裏には歩行者と自転車しか通れない細い道があり、道を挟んだ土手の下には川が流れている。土手には一本の立派な柳が生えている。徹は公園から柳に向かって面白半分に石を投げていた。


 柳は昔からお化けの象徴のようなものだが、同じクラスのとおるは美南のことを鼻で笑って馬鹿にした。


「お前、柳が怖いんだろ。」

「そんなんじゃない!」

「やーい。嘘つき〜!」

「じゃあ、教えてあげる!」


 美南に手を引かれて徹は公園の隅に座った。


「あの柳にはお化けなんていないよ。」

「へー。」

「ひいおばあちゃんがね。戦争中に空襲っていうのがあって飛行機から爆弾を落とされてこの辺り一帯の家とか街中が焼けちゃったことがあったって教えてくれたの。」


 思いがけない話に徹は美南を見つめた。


「その時、ひいおばあちゃんは小さかったのにその光景を今でもはっきり覚えてるって話てた。火事の火が燃え移った人々が次々と川に飛びこんで川は地獄みたいだったんだって。川に飛び込んで火が消えても火傷で動けなくて、その上にどんどん人が重なって死体の山が出来上がって…川の水は真っ赤に染まっていたって。」


 徹はごくりと喉を鳴らした。


「当時からそこに柳はあったの。空襲でも焼かれることなく柳は残って、今もそこに生えている。柳は死んでいった人々を見守ってくれているんだって。当時は埋葬すらままならなかったからそのまま川に遺体は流された。だから、川に飛びこんだ人の樹木葬として柳は大切なの。」


 一瞬、美南が大人のような話し方になり徹は背筋が寒くなったが笑って立ち上がった。


「ぜーんぜん、怖くない!」

「この話はね!怖いとか怖くないとかじゃないの。」


 徹は「つまんない」と別の遊具に行ってしまったが、木に石をぶつけるのはやめた。

その日の晩、徹は美南の話を思い出して眠れなくなり心の中で反省した。


『柳 花言葉 我が胸の悲しみ』

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