8.フードファイター
「レン、入るぞ」
レンの小屋に入る前に小さく声をかけるが返事がない。
ウォンはどこかへ行ってしまった。
中に入るとベッドに腰かける黒竜がいたが、キョロはいない。
魔の森の主とは思えないほどに優しい目で眠るレンを見つめ、頭を撫でている。
「それは?」
目線を向ける事もなく黒竜は眠る番に気を使ってか小さく問いかける。
「レンの布団と服と食料だ」
布団以外はテーブルに置くと中をのぞきにきた。
俺は新しい布団をレンに掛けてやる。
除虫の為に小屋の前で火魔法で乾燥させてあるからまだ温かいはずだ。
それにしても俺の番は寝顔もかなり可愛らしい。
ん、とこちらに寝返りを打つ姿にそそられる。
顔にかかった黒髪をそっと耳にかけてやると、小さな唇に目が行く。
「襲うな、殺すぞ」
くそ、黒竜め。
「子供を襲う趣味はない。
良く寝ているが、いつから寝ている?」
「2時間程前だ。
そろそろ起きる。
最近では寝ていた方だ」
「そんなに寝ていなかったのか?」
「元々眠りが浅い上にデカイ獣がベッドを占領していたんだ。
それに貧血もかなり酷かった。
寝ると酸欠状態になって苦しくなって起きるのを繰り返していた」
「そんなに····すまない事をした」
「横になれるだけ昔よりはマシだ。
ここに来た頃は横になるのも難しくて義父がずっと縦に抱いて寝かしていたからな。
母のくそ不味い薬草を飲ませるようになって漸く落ち着いた」
「そんなに貧血が酷かったのか。
理由はあるのか?」
「長年の不摂生が過ぎたらしい」
「····長年?
レンは今10才いかないくらいだろ?
この森に来る前のレンはどんな生活をしてたんだ?
まさか奴隷のように酷い扱いを受けてたんじゃないだろうな」
一瞬最悪の状況を思い浮かべる。
この国ならともかく、他国の人属への扱いは酷い国なら性奴隷だ。
暴力だって日常的に受ける。
「そんな顔で殺気を出すな。
レンが起きる」
黒竜が不快そうに金の目を細める。
「すまない。
それで、どうなんだ」
「そんな扱いは受けてない。
性が俺達とは違うのと、あり得ないほどの不摂生をしていたからだ。
まぁ次にここへ戻る事があるなら、その時に詳しい事はレンから聞け」
性が違うとは何だ?
番がこの森にいる以上、戻るに決まっているだろう。
「····グランさん?」
寝ぼけたような甘い声と共にレンが体を起こす。
体がフラフラしているので頭のあった方に座って背後から支えてやる。
黒竜が魔石灯に魔力を流して部屋を明るくした。
「気分はどうだ?
顔色は少し良くなったようだが、何か食べられそうか?
そこの獣人が何か買ってきたぞ」
黒竜の言葉に掛かっていた布団とテーブルの荷物をしばらくぼーっと見た後、我に返ったように俺を見る。
「グランさん?!
この布団とかあの荷物って、まさか買ってきてくれたの?!」
驚いた顔が子供らしくて可愛い。
「あぁ、助けて貰った礼だ。
薪も集めて外に置いてある。
気にしなくて良い」
「そんな····ごめんなさい!
薪だけでも十分助かるのに、こんなにいっぱい····どうしよう····」
申し訳なさそうにオロオロする。
思わず、といった風にレンは黒竜をすがるように見やったが、奴は面白そうに眺めているだけだ。
俺は少々、いやかなり面白くない。
俺にもそんな目を向けてくれ。
「レンは遠慮深いにもほどがある。
それに俺にした事がどれだけ価値があるかわかってない。
見ず知らずの俺に身を呈して治療と血を施したのだから、まだまだ足りないくらいだ。
ましてや俺は騎士として生きてきたんだ。
手足がくっついただけじゃなく、普通に動かせる体に戻った事には感謝してもし足りない。
受け取って貰えないなら、拒否できないくらいもっと高価な宝石なんかを破産するくらい贈るぞ?」
「な、え、ちょっ····こ、困る!」
「くくっ····だろう?
なら遠慮せずに受け取れ」
慌てっぷりが小動物のようにいじらしく、つい虐めてみたくなるが今は我慢しよう。
「そんなに笑わないでよ。
その····ありがとう?」
「ふふっ、何で疑問系なんだ。
どういたしまして。
それより飯にしないか?
その様子では昼飯もろくに食ってないように見えるぞ。
買ってきたものが口に合うかわからんが、食べられそうな物を食べてくれ」
俺は立ち上がってレンの手を引いてテーブルへ促す。
「お昼はキョロちゃんが木の実取ってきてくれたから、それ食べたよ。
森の外の食べ物って久しぶり」
黒竜が椅子を引いたので、そこに座らせる。
おい、何でお前がレンの隣を陣取る。
仕方なく俺は朝座った椅子に腰かけ、買ってきた料理を並べていく。
「す、すごい量。
グランさんてこんなに食べるの?
フードファイター並み····」
「フードファイターって何だ?
肉食系の獣人ならこんなもんだ。
黒竜も食べるか?
それにしても、レンはそれだけでたりるのか?」
レンの手料理以外は食べないと断る黒竜が、どこかから出した皿に乗った量に俺の方が驚く。
「大食いの人って意味だけど、気にしないで。
これ以上は····吐くよ····。
ファルもわかっててうちの1番大きいお皿出したでしょ」
「たまには外の料理を堪能するといい。
ギリギリだろうが、食べきれる量だろう?」
悪戯っぽくレンに微笑む黒竜に、嫉妬してしまう。
俺もこれからレンの事を絶対知っていこうと固く誓う。
レンも俺もほぼ同時に食べ終え、食後のお茶をすする。
紅茶にしては少し緑がかっていて、爽やかな木々の香りとほのかな苦味が口をさっぱりさせた。
「レン、改めて助けてくれてありがとう。
明日の朝、ここを出ようと思う」
俺は話を切り出した。
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