4.世界の常識
「····うまい。」
ただのスープのはずなのに、何だこれは。
胃に負担をかけないようにと野菜は小さく刻んだらしい。
レンは良かったと呟きながら、花が咲いたように微笑む。
あぁ、その唇を舐めたい。
「胃は平気そう?
こっちも食べられそうなら」
そう良いながら、出来上がったばかりの肉と野菜を炒めたものを出して正面に座る。
「これもうまいな。
食べた事がない味だが、普段は食べない野菜がこんなに旨いとは」
「ふふふ、まともに誰かに食べて貰うの久しぶりだから、そんな風に褒められると嬉しい。
グランさん肉食系の獣人でしょ?
足りないよね。
いつも1人だから、食材あんまりなくてごめんね」
申し訳なさそうに謝るが、貴重な食材を使わせたんだろう。
レンはスープだけで良いと言うので、全てたいらげた。
「俺の方こそ貴重な食糧だっただろうに申し訳ない。
薪も食材も俺が調達するから安心してくれ。
布団や衣類も買い足そう。
去年は暖冬だったからどうにかしのげたんだろうが、今年の冬はぶり返しで寒さが厳しくなる。
見た限りあの布団に君の手持ちの服では間違いなく凍死するぞ」
「えっ、去年て暖冬なの?!
そっかぁ····でもお金ないから、買いたせないんだ。
でも薪があれば多分大丈夫だよ。
寝る時は友達にお願いすれば、暖も取れるだろうし」
「····友達?
暖も取れるって、もしかして昨日みたいに誰かと添い寝する気か?!
これでも騎士としてはそこそこの立場で金には余裕があるから、金の心配はするな。
レンが拒否しても絶対に俺が買う。
身売りするような真似はするな!」
思わず怒鳴ってしまう。
ビクリと体を震わせるレンが、いじらしくも憎らしい。
友達とは誰なんだ!
まさか体の関係があるのか?!
「大体、自覚が無さすぎる。
その顔も体躯も獣人の庇護欲をそそる。
挙げ句黒目黒髪で珍しいどころじゃない目立つ色を持ってるんだぞ。
俺は騎士だし自制心も騎士としての誇りもあるから何かする事はあり得んが、獣人とは本来獣としての色々と奔放な性質があるんだ。
恐らくここは魔の森の外れ辺りでここを離れず暮らしてたんだろう?
今まで人身売買する人拐いや加虐思考の獣人に会わなかった事が奇跡だったとしっかり自覚するんだ」
そこまでまくし立てて、冷静になる。
やばい、言い過ぎた。
嫉妬に駆られて普段から騎士達にすら厳ついと言われる顔で睨み付けてしまった。
目の前の顔をチラッと盗み見る。
キョトンとした顔だが、その瞳に恐れはない、のか?
「あー、すまない。
つい怒鳴ってしまった。
ただな、心配なんだ。
拐われれば性に関しての虐待を受けたり孕み腹として使われかねない。
特に黒を纏う人間は例外なく魔力量が多いから獣人の子を授かり易く、体の具合も良いというのが獣人の間では常識なんだ。
獣人同士での妊娠率が低い我々にとって、無防備な人間ほど都合が良いものはない。
その友達は信用できるのか?」
徐々に青ざめていくレンに申し訳無さが募る。
しかし添い寝する友達というのが聞き捨てならない。
「お爺ちゃん達から多少聞いてたけど、それがこの世界の常識なの?
くれぐれも森から出るな、知らない獣人を見たら親の仇と思って逃げろって最後の遺言だったの、納得。
あれ、でもグランさんも獣人····」
おい、不安そうな目を向けるな。
番を売るような獣人などそもそもいるか。
まぁ人属のレンには番なんてわからないだろうが。
俺はわざとらしくため息をついた。
「俺は騎士で、それなりの立場も誇りもあるし互いが望む情事以外に興味はない。
そもそもこの国での人身売買は禁止されていて、俺は人属を保護する立場にあるんだ。
もちろんレンが望むなら連れ出して安全な場所での生活を斡旋してやれるが、そうするか?
集団生活にはなるから、いきなりそんな所に行くよりは気ままなここでの生活がレンには良いと思うが?」
あからさまにホッとしたレンに、少し傷つく。
お前を売るなんて誰がするか。
まぁいずれは番としてお前を伴侶にはするつもりだけど成人するまでは待つし。
「このままここが良い。
あんまり群れるの好きじゃない。
それにここのが多分安全だし、友達も守ってくれてるから。
グランさんが良ければ、もう少し色々教えて?
ここ以外の事ってあまり知らないから、常識がわからないの。
まともに話す獣人も何人かしかいないし」
最後の言葉に引っかかる。
「友達は獣人じゃないのか?」
「違うし、呼べば来てくれるよ。
あと、ここ森の外れじゃないよ」
立ち上がって恐らく外に繋がるだろうドアを開ける。
「ウォンちゃーん!
キョロちゃーん!」
大声で外に向かって叫んだと思ったら、扉を少しだけ開けたままにして座った。
「少し待ってて」
「あ、あぁ。
それよりここはどこなんだ?」
何となく嫌な予感がする。
「魔の森のど真ん中?」
レン、何で疑問系なんだ。
小首傾げてあざと可愛い過ぎる。
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