さよなら。

氷鏡京太郎

――


 二日が過ぎ、二千華との面会の日が来たのだけど。

 なんとその場には、被害者である武大の姿もあった。


「被害者と加害者が面会してはいけない何て法律はどこにもないからな。それに刺された程度なら病気じゃないんだ、直ぐに動けるさ」


「いや、普通は直ぐには無理だと思うけど」


 こんなに筋肉バカだったかな、そう思ってしまう程にアグレッシブに武大は行動していた。刃物で腹部を刺されたのに入院は二日、何としても今日僕達と一緒に二千華に会いに行くんだと、その想いだけで警察署へと足を運んでいたらしい。


 警察官に訊くと、三人での面会は可能とのこと。時間にして十五分程度。

 そして、僕達が案内されたアクリル板で遮られた室内で待つこと数分。


 質素な服装に身を包んだ二千華が姿を現し、僕達の前に座った。


「何よ全員揃って…………武大、生きてたんだ……」


 少しだけ武大を見て表情を緩めたけど、二千華はすぐさま眉を顰めた。足と腕を組んで悪びれた態度を取ったのだけど、そんな二千華に武大がこう言った。


「またそんな態度を取って……これから裁判なんだろ、印象悪くするからちゃんと受け答えはしっかりしろよ。予め言っておくが、今回俺は被害届を出すつもりはない。だけど、殺人未遂って事件は裁かれちまうみたいでな……二千華、弁護士は?」


「要らないって言ったんだけど、強制的につくみたい」


「だとしたら国選か……俺がもっと良いの探してきてやるから。調べたんだけどよ、殺人未遂でも執行猶予五年とかで出て来れるみたいなんだ。だから、この留置所が終われば刑事裁判になって、それで終わり。意味、分かるだろ?」


 執行猶予、つまりは意味合い的には社会にそのまま戻れるってことだ。

 実刑判決で刑務所行きよりかは全然いい。

 

「私、お金ないから……いいよ、そんなの」


「お金の事なら心配するな。俺を誰だと思ってるんだ? 世間じゃ知らない人がいない程の有名人だぞ?」


 武大に続いて巴絵も口を挟む。


「私もお金出すから。私、二千華さんともちゃんと話がしたい。外に出て一緒に、四人で一緒に話をしよう? きっと私達ちゃんと話せば上手くいくと思うの」


「上手くいくって何よ、どうせ一時しのぎの話でしょ。……いいよ別に、私なんかに無理しないで。それに、一生に一度の結婚式をぶち壊したのは私なのよ? 何でそんなに優しくするのよ、気持ち悪い」


「結婚式なんか何回でも出来る。でも、二千華さんは世界に一人しかいないの。同じ人を好きになったんだもん、私達絶対に友達になれるよ」


 それを言われると、少しだけ口の中がむず痒くなる。

 武大が半眼で僕を見るけど、おかしいよね、昔は武大の方がモテてたと思うけど。


「まぁ、そういうこった。聞けば二千華、お前両親とも勘当されてるんだって? だから俺が身元引受人になるから、言葉と態度次第で本当に全部変わる――」


「だから、いいって言ってんだろ! 何なんだよお前等!」


 声を荒げた二千華に対し、立ち上がり武大が叫ぶ。


「俺がお前の事を一生面倒見るって言ってんだ! わかんねえのか!」


 武大の思わぬ叫びに僕と巴絵が目を見張り、二千華も目をぱちくりとして。同席していた警察官が静かにって叱り、二人はすいませんでしたって謝ってたけど。


 武大の告白……いや、プロポーズとも取れる言葉に、二千華は目を泳がせる。


「とにかく、そういう事だ。あの時言っただろ、二千華の考えは全部分かるって。俺達は似た者同士なんだ。卑怯で、卑屈で、嘘つきで、なのに自分が大好きで。だから、そんな二千華の事が心配で頭の中から離れないんだ。だったら側にいて、俺の目の届く所に居た方が良いって話なんだよ、分かるか?」


「……そんなの、分からないよ」


「だよな、俺も分からない」


「なにそれ……」


「分からないけど、分かるんだ。信用出来なかったらまた俺の事を刺せばいい、何でもいいから、俺は二千華に笑顔になってもらいたい」


 怒鳴りあったかと思えばすぐさま沈黙し、目を泳がせながらも見つめ合う。

 元々僕達の入る隙間なんて、この二人の間には無かったのかもしれない。


 時は流れ、二千華の刑事裁判は武大の言う通り懲役三年、執行猶予五年と判決が下された。本人の真摯な反省態度、被害者である武大の供述、証人である僕と巴絵の証人尋問。全てが今回の事件の犯人である綿島二千華を庇う内容であったが故の、温情ともとれる判決だったのだと思う。


 旧姓八子巴絵の結婚式を血の海に変えた犯人の裁判という事で、傍聴席は抽選になったほどだったけど。僕達は最前席でその判決を聞くことが出来た。


 むしろ、終わった後の取材の方が大変だったけど。


彼女二千華は私達の大切な友人です。一般人である彼女のプライバシーを侵害する事は、誰であっても絶対に許しませんので、あしからず」


 巴絵の氷の様な言い方が功を奏したのか、多少騒がれた程度で今回の事件そのものが世間から消えつつある。武大が教えてくれたけど、本当に人の噂は三日だ、あっという間に消えてしまった。


 僕達は日常を取り戻す。僕は元の工場へと勤務を再開し、巴絵は音楽事務所の社長として、演者として。武大も格闘家兼コメンテーターとして活躍していたのだけど。


 ……二千華だけは、僕達の前からその姿を消してまった。


――

最終話「優しい人」

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