後悔の海に沈む者、引き上げる者。

綿島二千華

――


 八子巴絵は変態だ。アイツは狂ってる。


 私は、定職にも就かずにそんな情報をSNSで延々と垂れ流す生活をしていた。適当なバイトをして、終わったらネットカフェで巴絵の悪口を書き込む。意外にも賛同する人は多く、私はグループを作りそこで毎日の様に愚痴をこぼしていた。


 私の文句はSNSにとどまらず、オフ会という形でリアルエンカ実際に会うにも繋がっていき、そこで知り合った人と意気投合した私は……気付けば、身体を委ねてしまっていた。


 結局の所、誰でも良かったんだと思う。


 互いに八子巴絵が嫌い。その繋がりだけで私は身体を許し、そして安心を求めてしまう様な、クズみたいな女だったんだ。初めては京太郎君が良かった。だから、相手をひたすら京太郎君だと思い込んでした。


 その後も数人と夜を過ごしたけど、誰が相手でも全員仮想京太郎君。寂しさの穴埋めには誰かが必要だった。それは誰でも良くて、誰でも良くなくて。気付けば、私の身体は人には言えないぐらい穢れていた。


「二千華、八子巴絵の婚約者の情報だってよ」


 一般人と結婚するって情報はテレビでもネットでも騒がれていた。でも、相手が一般人だから個人情報は伏せられていて。少し汚れたベッドで気怠く煙草を吹かしながら相手の名前を見て、私の中の何かがキレた。


「この情報って……本当なの」


「ああ、間違いねえよ。知り合いの週刊誌の記者から聞いたんだ。同じく八子巴絵が大嫌いな奴でな、何かとあれば追っかけてんだけどよ。ソイツが写真に収めたらしい。何でもその男の会社で出会ったとか?」


 出会った? 再会したの間違いでしょ。私にはケジメとか言っておきながら、自分はのうのうと幸せを満喫しようとしているじゃない。こんなの、許せるはずがない。絶対に許せない。私は貴方の為に全部犠牲にして肥溜みたいな生活をしているのに、なんでお前達二人は幸せそうに笑っているのよ。


 凡人だって言ってたじゃない、私が一番お似合いだって言ってたじゃない。

 ふざけんな、ちくしょう、結局私だけが一番最悪を選択してるじゃないか。


 殺してやる、絶対にアイツを殺してやる。許せない、絶対に許せない。


「……はい、参列客の一人です。本日は本当におめでとうございます」


 一流ホテルのチャペルの受付で、私は一人受付を済ませていた。海外で未亡人の事をウィドウっていうらしい。私は彼女達が身にまとっている様な黒のドレスを着こみ、微笑みながら受付を通過する。


 馬鹿ね、こんな格好をしている人を通すなんて。結婚式だから金属探知機も設けなかったのかしら? そんな全てが私にとって都合よく物事が働いた。私はこれからこの服の通り、氷鏡京太郎という最愛の人を失って未亡人になる。


 結婚式の会場では、二人の出会いみたいな映像が淡々と流れていて。


 幼馴染だったんですもの、そりゃ沢山あるでしょうね。私との思い出は半年しか無かったのに。一歩一歩近づくにつれ、誰かが背中を押している様な気がした。嬉しくて、これで終わらせることが出来ると思うと、胸が高鳴っちゃって。


 綺麗ね、巴絵さん。貴方が苦痛に歪む顔が見てみたいわ。

 京太郎……貴方、貴方がいけないのよ。全部、何もかも。


 あと数歩の所まで近づいた所で、巴絵さんが私に気付いた。係の人や他の参列者も私という異変に気付く。そして、私は満を持して隠し持っていた刃物をバッグから取り出して、その手に握りしめた。


「私は、私を捨てた貴方を絶対に許さない!」


 一緒に死のう、京太郎君。貴方を殺して、私も死ぬ。

 このまま貴方が巴絵と幸せになるなんて、私には我慢できない。


 刃を上にして、両手で握りしめて京太郎君へと駆け込んだのだけど。

 二人を遮る様に入ってきた人物に、私の刃は遮られてしまった。


「……な、んで、なんでアンタが……」


 目の前の男は、私の良く知る人物だった。

 深く突き刺さった刃物ごと私の手を握りしめるその男……武大君が、そこにいた。


「……な、なんでアンタがここにいるのよ…………アンタだって二人に縁を切られたんじゃなかったの。……やっぱり私だけ、私だけなんだ。私だけが皆からのけ者にされるんだ」


「それは違う、二千華」


 苦悶の表情のまま、だけどしっかりと私を見ながら彼が語り掛ける。

 

「京太郎も、巴絵も、二千華の事を心配してた。話がしたいって言ってた。俺だってお前の事が心配だったよ……だけど、お前、いなくなっちゃったじゃないか……」


 彼の血が刃物を伝い私の手に掛かる。吐息は荒くなっていき、顔も青ざめていくのに、武大君の力は全然緩まなくって。抜きたくても抜けない、私の目的は貴方じゃないのに。


「二千華、お前は俺と同じなんだ」


「同じって、何よ、そんな訳ないじゃない! それよりも放して、放してよ!」


「お前は俺と同じで卑怯者なんだよ。眩しい二人に憧れて狂っちまったんだ。だから、二千華、お前の苦しみは俺なら全部分かる。お前がこうしたい理由も、激情も、全部分かるんだよ、二千華!」


 血まみれになった右腕で、武大君は私を包み込む様にして抱き締めた。

 あやす様な言葉は、私の事を全部許しているようで、優しくて。


「そんなの、私には分からないよ。だって、貴方も巴絵さんに惚れてたんじゃないの? 私の事なんか見向きもしなかったじゃない。何を今更優しくしてんのよ、どうせこれだって全部嘘なんでしょ、もう全部信じらんないよ」


「……一度だけ連絡があった時は、嬉しかったと思ってたよ。着信拒否なんかにするなよ、悲しくなるだろ……」


「…………そんな……そんなの……」


 私が刺してしまった人は、私を一番理解してくれている人だった。

 私がこれ以上馬鹿な真似はしない様に、身体を張って私を守ってくれた。

 

 でも、もう戻らない。


 涙を流しながらその場に座りこんでしまった私の体を、他の参列客が取り押さえる。地べたに這いつくばり、のしかかる様にして押さえつけられた私が見たものは。


 血の海に沈む様に、だけど、私を見て微笑みながら目を瞑る、武大君の姿だった。


――

次話「嵐の後、静かな海。」

※17日、18日は18時と20時、一日二話投稿します。

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