俺が守らないといけないもの。

降矢武大

――


「手紙? 一体誰が……京太郎?」


 色々な事にうんざりしていた俺に届いたその封筒は、表に懐かしい名が書かれてあった。その封筒を開き、返信用の折り畳み葉書を開いた瞬間、思わず口角があがる。


「……はは、なんだよ、あの二人。なんだよ……そっか、そっかぁ……」


 荒んだ気持ちが一気に優しい物へと変化する。

 結婚式の招待状。京太郎の横に連名で書かれていた名は、八子巴絵だった。


 本当は連絡を取りたかったけど、武大君も忙しい身だと知り、事務所へと封筒を送りましたって。そんなの別に気にする必要なんかないのに。お前等なら何だっていつだってOKなんだよ。


 しかし、二人が結婚か……泣きながらバイバイって言ってたのは何だったんだよ。 

 ……でも、これが届いたって事は、俺の事は許してくれるって事で良いんだよな。


「あれ、たけちゃんが泣いてるなんて珍しいじゃねえか」


「おやっさん……俺だって感動する事もあるんすよ」


 道場の人達にも盛大に自慢してしまった。親友たちの結婚式に呼ばれたんだぞって。人の結婚式なんて単なる出費だろうって言う仲間の頭をヘッドロックして、そのまま放り投げた。


「お前等にこの招待状の価値が分かるか! これはな、俺が欲しくて欲しくて、ずっと願い続けてやっと届いた招待状なんだよ! 出費だ⁉ おうよ、いくらでも出費してやるよ! 何千万でも足りないくらいだ!」


 後から聞いた話だが、この時の俺は泣きながら笑っていたらしい。すっげえ怖かったって言ってた。でも、しょうがないよな。こちとら二十年も一緒に過ごしてた幼馴染と、ようやく仲直りが出来るんだ。


 そして、パパラッチの奴等や俺と巴絵を無理やりくっつけようとする週刊誌の奴等も、きっと泡拭いて記事を差し替える事になるんだろうな。ざまあみろだ、最近の鬱憤の全てをひっくり返す事ができちまった。


 だけど、俺の中で唯一の気がかりが一つだけある。

 綿島二千華。病院で別れたあと、俺の所に一度だけ彼女から連絡があった。

 

 京太郎が無理やり別れを切り出して困っている、という感じの内容だったと記憶している。京太郎との仲をほとんど面識のない俺に頼って来たんだ、余裕がない感じに受け取ったものの、俺には何も出来ないとその時は返答した。そして着信拒否状態に。流石にあれから六年も経過したんだ、二千華も変わっていると信じたい。


 それから俺は取材陣に対して、巴絵との関係は何もないと声明を発表する。そこに追加されて流れてきたのが、八子音楽事務所からのFAXによる婚約発表だ。


「私、八子巴絵はこの度一般の方と――」


 もう、ハチの巣をつついたような大騒ぎだったとか。後にカメラマンや取材陣から、知ってたんなら言って欲しいみたいな事を言われたけど。そんなの言う訳無いだろうが。俺が親友を売るはずがないだろう。


 やっと手に入れた絆なんだ、もう、失いたくないんだよ。  


 テレビやネット、まとめサイトにも情報が載っていたけど、今の現代人の移り気の早さは異常だ。三日もすればどこそこの馬鹿が何かをしたって情報に集中してしまう。人の噂も七十五日とか言ったけど、今は三日だ。


 そして声明発表から一ヶ月後。

 

「おめでとう、京太郎」


「ありがとう武大……ごめん、本当なら会って説明した方が良かったよね」


 真っ白なタキシードに身を包んだ京太郎と、ホテルの廊下で語り合う。


 車椅子の天才ピアニスト、八子巴絵の結婚式とあって、本当ならもっと盛大に開催した方が良かったのだろうけど。巴絵が知り合いだけでやりたいと言ったらしく、会場自体はよくある……とはいえ数百人は入れる会場だが、ホテルのチャペルでの結婚式となった。


「別にいいさ。それよりも色々と沢山話を聞かせて貰うぜ? あの病院の後で一体何があったのか、巴絵とどうやってゴールインしたのかをな。ああ、奥さんには先に謝っておくぜ、今日は二次会三次会じゃ済まねえってな」


「奥さんって……何か、照れるね」


「ばぁか、お前が照れてどうすんだよ。巴絵はまだ時間が掛かるんだろ? とはいえ、新郎さんはお忙しいのかな?」


「うん、進行の人と打ち合わせしないといけないし……結構ギリギリなんだ」


「……でも、楽しそうだな」


「楽しい、うん、今までで一番楽しいよ。でも、一個だけ気がかりがあってね。二千華と連絡が付かないんだ……結婚式の前にしっかりと話をしたかったのだけど、住所が分からなくてね。招待状も送れてないんだ」


 眉をさげ少し困った感じになりながらも、京太郎は二千華の事を心配していた。

 大丈夫だろ、俺から連絡つけておくから。そう言うと、京太郎はありがとうって。


 良い顔をするようになった。高校生の時はいつも一歩引いた感じだったのに。

 京太郎の魅力は、きっと俺には絶対に持つことが出来ないものなのだろう。


 弱いが故に、人をいつだって思いやる事が出来る。

 人の幸せの為なら、自分を捨てる事が出来る。


 そんな京太郎だから巴絵は惚れて、その想いを貫いたんだ。

 元々、俺が入る隙間なんか無かったのだろう。


 京太郎と別れてからしばらくすると、会場は参列客でいっぱいになった。

 何だかんだで著名人が集まり、あちこちで人だかりが出来ていて。


 もちろん、俺もその著名人の一人だ。しかも巴絵の恋人と噂されていた人間だったからか、何だか他の人達よりも質問が多かった気がする。その一つ一つを「騙されたでしょ?」と笑顔でのらりくらりと。


 そうこうしている内に結婚式が幕を開ける。車椅子の巴絵はバージンロードをゆっくりと父親に押してもらいながら、新郎である京太郎の下へと向かった。


 純白の巴絵は俺が今まで知るどの巴絵よりも綺麗で、美しくて。

 両目から沢山の涙が溢れてきちまって、まともに見る事が出来なかった。


 誓いのキス、そして二人のケーキ入刀、両親への手紙。 

 俺も親友代表として挨拶させてもらった。両親よりも泣いちまって何が何だか。


 でも、そんな俺を見て、京太郎も巴絵も沢山笑ってくれた。

 とても楽しかった、何よりも最高の時間だった。


 ……あの女が現れるまでは。

 誰もその女が入って来た事に気付かなかった。

 

 無言で京太郎と巴絵に近づく女に最初に気付いたのは、俺だった。


「二千華……アイツ!」


 喪服の様な黒いドレスに身を包む二千華。その異変に気付いた皆がざわつき始める中、彼女はバッグで隠していた刃物を露わにする。そして叫んだんだ、全員に聞こえる様に、京太郎に聞こえる様に。


「私は、私を捨てた貴方を絶対に許さない!」


 凶刃が二人を襲う、一瞬で世界が凍り付き、次の瞬間には悲鳴に変わった。

 鮮血が舞い上がり、絨毯が真紅に染まる。


 幸せだった空間は一転して、悲鳴と叫換の地獄絵図へと変化を遂げたんだ。

 

「……な、んで、なんでアンタが……」


 俺の懐に突き刺さったモノを見て、二千華の顔が青ざめる。

 俺は、お兄ちゃんだから、二人を守らないといけないんだ。


――

次話「後悔の海に沈む者、引き上げる者。」

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