幼馴染なんかに負けたくない。
最初にあの子を見かけた時は「なんであの子なの?」という、ちょっとした好奇心だった。ここで言うあの子っていうのは、
高校一年の時に同じクラスになって、私は周囲になかなか馴染めなくてちょっと焦っていた。中学校の時に人間関係で失敗していた私は、心機一転、家から結構遠い
公立高校って、大概が安くて近くだからって選ぶ人が多い。つまりは中学からの知り合いが多くって、ほとんどの人間関係が構築済みの状態になっている事が多いのだ。入学式から賑わっている教室を見回して、本当に失敗したと思った。
既に出来上がっている輪に入るのは、私には結構しんどい。
そんな中、私の瞳に輝いて映る二人の生徒の姿があった。
どんな学校でも話題になる人達っている。俗に言う陽キャって奴だ。
その人たちは何もしなくとも勝手に周囲に人が集まってきて、自然と人の輪が出来上がり、気付けば頂点に立っている。
違うクラスの二人が一つの教室に集まれば、自然とそこは明るくて賑やかな雰囲気に包まれてしまうものなのだけど。二人の目的は冒頭の京太郎君の様で、彼はどう見ても陽キャの部類には属さない存在だ。
話題としては最適だと思った。近くの女子にそれとなく聞いてみると、あの三人は幼馴染なんだって。幼稚園、小学校、中学校と一緒に過ごしてきて、高校まで一緒なんだとか。なるほどねぇ~と眺めてたけど、どうしても違和感が付きまとう。
どう見ても京太郎君だけ浮いている。
二人は公私ともに活躍しているし、それは誰がどう見ても明らかだ。
学生における恋話の破壊力は凄まじく、あの三人の関係を聞いたのをきっかけに私もグループに参加する事ができた。表面上は武大君のファンクラブ……みたいな感じだったけど、別に私はそれでも良かった。
あくまで、私の人間関係構築の為の手段。見ているだけで分かるんだ、武大君は私の人生に永遠に絡む事のない人間なんだって。
そういうのってあると思う。雑誌のモデルとか、テレビで活躍する俳優とか。電車の中で見掛ける超かっこいい男の人とか。声を掛ける事も、掛けられる事もなく、非接触型人間な彼等は、彼等の世界だけで生きていくものなのだ。
そこに混ざろうとすれば、いずれは嫉妬の炎に焼かれて凡人は灰になってしまう。
それ程までに輝かしい、羨望の眼差しを向けてしまう存在なのだから。
憧れる分には良いと思う。彼らはアイドルの様なものなのだから。
同じようになりたいと思ってしまってはダメだと思う。私達は凡人なのだから。
「
話題作りの為でもあったのかもしれない。私達はアイドルが輝く様を見ていたいのだから。武大君と巴絵ちゃんがカップルになれば、それは尽きる事のない話題へと間違いなく進化する。
テレビのワイドショーよろしく、人は、特に私達女子は恋話が大好きなのだから。
そんな私達の総意が「京太郎君が邪魔」という意見。
私が声を掛けたのは仲間に入れて嬉しかったから。グループの一員として何かしら活躍したかったから。じゃないと、またのけ者にされてしまう。発言権を失って、無視される生活に戻ってしまう。
それは……もう、嫌だったから。
「武大君と巴絵さん、付き合う事になったんだって。だから貴方から距離を取るべきだよ? もう友達としての付き合いだって遠慮しないといけないんだからね」
勢いでついてしまった嘘は、信じられない速度で広まっていった。私は京太郎君にしか言ってなかったはずなのに。それを聞いた誰かが数人に広め、それがまたさらに他の人達へと広めていき。
最終的に、私のついた嘘は公然の事実へと姿を変えてしまった。
それからの日々が怖かった。私がついた嘘が巴絵ちゃんか武大君の耳に入り、二人から罵倒される日が来るんじゃないのかって、心の底から怯えていた。
だって、二人は輝く人達だから。私なんかが何を言っても勝てる相手じゃない。
また失敗しちゃった、どうして嘘をついちゃったんだろう。
自分のついた嘘がバレる日がいつか来る。そうしたら、私はどうなっちゃうのかなって、俯いて、怖くて。口数も減らしていた苦悶の日々だったけど……。何故か、私がついた嘘はそのまま事実として定着し、二人の耳に入る事は無かった。
ううん、入ってたんだと思う。だって武大君の周りには私の友達が沢山いたから。
否定しなかったんだ、きっと。そう思うと、少しだけ心が落ち着く。
「ねえ、二千華、武大君が探してたよ! もしかして、告白とか⁉」
それは、私が三年生になり、卒業も間近だった頃の事だ。告白されるのかもねって嬉々としている友達から言われた言葉に、私は入学当初についた嘘がまだ嘘として生きていた事を知り、愕然としたのをよく覚えている。
逃げたくて、地方の大学を受験するって決めてたのに。
最後の最後で私は、嘘の清算をする羽目になった。
「……何で、あんな嘘を付いたんだ」
静かに語る武大君を前にして、私は傍若無人に振る舞った。どう見ても武大君と巴絵ちゃんは付き合っている様にしか見えなかったって。事実、二人はいつも一緒にいるし、そうするよう私達は仕向けた。武大君だってそれには気付いていたはずだ。
巴絵ちゃんが近くに来れば、私達取り巻きは距離を取ったし。武大君に近づく女がいれば、極力排除してきた。京太郎君も、その一人にしか過ぎない。
多分、廊下には沢山の私の友達が聞き耳を立てている事だろう。私の嘘を聞いて、皆は何て思っているのか……。でも、もう高校生活も終わりだし、今の人間関係に意味なんて無くなるんだ。もう、どうでもいい。
「教えてくれてありがとう」
優し気に微笑むと、武大君はその場を去っていった。追いかける事はせずにその場に少し佇んだ後、教室を出ると数人の女子が私を見て、最低って言葉を吐き捨てる。
最低……そうだね、私は最低だ。自分が良ければそれで良い、なんて考えを最優先させてしまっていたのだから。人から罵られても、何も反論なんかできない。
三年間、何をしてきたのかな。私は馬鹿で、弱虫で、泣き虫だ。
誰かに側に居て欲しかった、友達って言える存在が欲しかった。
けど、私が得たものは、最低って言葉だけだった。
「大丈夫かい? 何か困った事があったら、直ぐに連絡するんだよ」
両親に見送られて、私は地方の大学へと向かった。大学を決めた時に猛反対されたけど、私はこの街に居たくなかった。小中高、全て失敗してしまったんだ、逃げるしかないじゃない。
県を三つ越えた先にある新しい街で、私は生まれ変わった生活をするんだ。
なのに、私の瞳に飛び込んできたのは、あの氷鏡京太郎だった。私に気付いた京太郎君は、久しぶりだねって微笑んでくれて。私の笑顔は、きっと引き攣っていたと思う。ごめん。
思えば、高校生活以上に大学って友達が作り辛い環境だった。授業のコマ割りとかも自分で考えないといけないし、クラスが一緒、とかがある訳じゃない。
せめてサークルだけでもって考えていたのだけど、趣味をそのままで選択したらそこにも京太郎君がいた。住む場所も田舎で安くて学校から近くてセキュリティーもしっかりしてるって条件で選んだから、何と同じアパート。
住む場所も学校も近い、無論、互いに一人暮らし。適当に選んだけどバイト先だってそもそも選択肢が少ないんだ、同じレストランだった時はもう何て言うか。逃げられないなって思った。
京太郎君は運命みたいだねって笑ってたけど、そう言われるとそうなのかもしれないって、今なら思う。高校一年生の時に付いた嘘がきっかけだったけど、接していると京太郎君はとても優しい人だ。怒らないし、人を憎むって事を忘れちゃったのかなって、そう思ってしまうぐらいに安心出来て、温かい。
私のくだらない話にもちゃんと聞いてくれて、月一の体調が優れない時だって京太郎君は気遣ってくれて。私の用事なのに誘うと笑顔で付いてきてくれる。巴絵ちゃんや武大君が京太郎君から離れられないのが、何となく理解出来た。
互いに告白はしないまま、何となく一緒にいる関係になった。多分……ううん、間違いなく私はもう京太郎君の事が好き。一緒にいて気を使う事もないし、京太郎君が側にいるのが私の中では当たり前になっている。
このままずっと一緒に居たい。告白が必要ならいつでもするし、多分、そういう事をする関係になったら、その最中に沢山「愛してる」って言ってしまう自信がある。
お互いもう十八歳を超えているんだ。大人のお付き合いだって出来る。
春には一緒に公園にも行ったし、夏には海にも行った。花火大会も一緒に行ったし、祭りで浴衣姿も披露した。そして季節は秋になる。
「ちょっと買い物して行こう」
そう言うと、京太郎君はドラッグストアに入り、軽食や今日の夜ご飯の材料と共に、コンドームをそっと籠の中に忍ばせてきた。予め買っておけばいいのに、結構大胆なんだねって、心の中でほくそ笑む。
でも、嬉しかった。望まれる事が無かったから。京太郎君が奥手なのは側にいて分かってたけど、ここまで何もないとちょっと色々と考えないとかなって思ってたから。
二人手を繋いで歩く帰り道は、何も語る事は無くて。ドキドキと高鳴っていく感情が、繋いだ手を通して伝わって行って、伝わって来てしまって。私は今日、彼に全てを捧げるんだなって、体温の上昇を感じながらそう思っていた。
将来は一軒家がいいな。子供は二人。男の子と女の子。普通の家庭でいいの。高望みの幸せはいらない。平凡なんだもん、私達。身分相応の幸せを噛み締めて、京太郎君と仲良しお爺ちゃんお婆ちゃんになって、沢山の孫に囲まれて……。
私は、それで幸せいっぱいになれる。
「……京太郎」
そんな私達の前に、突然八子巴絵が姿を現した。彼女が京太郎に何を求めに来たのかは分からない。だって、彼女は光り輝く人間で、私達凡人とは一緒に生きていけない人間のはずだから。
あの三人は幼馴染なんだって。そんな言葉が脳裏に蘇る。
幼馴染か、それなら、顔を合わせたりするものなのかな。久しぶりに再会して、ちょっとお茶でも飲んで、それであの街に帰るのかな。だとしたら、今の私が出来る事は将来の旦那の親友さんに対して、失礼のない対応をするだけだ。
京太郎君とつないだ手を離し、私は巴絵さんに手を差し伸べた。
だけど、巴絵さんは私の手を取る事も無く立ち上がりこう言ったんだ。
「ごめんね」って。
――
次話「全てから逃げる人、追いかける人。」
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