皇帝の日々③

1.ねえテオ聞いて!?


 日が暮れるまで皆と遊び、一緒に飯を食って一緒に風呂に入る(残念ながら男女は別)。

 実に良い休日だった。十分に英気も養ったし明日からまた頑張るぞい!

 と言いたいところだがまだ一つ、やらねばならぬことが残っていた。真実男の処遇だ。


「……ところで私も同席して良いのかしら?」

「アイツと二人きりってのも……何か、こう、微妙に気まずいからな」


 風呂上り。俺と神崎は浴衣姿で貴族街を歩いていた。

 真実男の軟禁場所にも粛清された貴族の屋敷を使っているのだ。


「しゃーないとは言え結構デリケートな部分を穿り回しちゃったからさあ」


 性自認の問題は慎重に扱うべき事柄だ。

 専門でもない人間が土足で踏み入って良い領域ではないだろう。

 俺がそう言うと、


「…………あんな公開処刑をやらかした人間の言うことかしら」

「あん? あれは別に問題ねえだろ」


 あそこまでやられるだけのことをしたんだからな。

 やられたらやり返す。これは大原則だ。だが報復の度合いというものがある。

 第三者から見れば公開処刑のが惨いのかもしれないが俺からすれば性自認についてつっつく方が酷いと思うのだ。


「ようは釣り合いよ。俺の中で釣り合いが取れてりゃそれで良いんだ」


 真実男を物理的にボコボコにして殺すのはまあ、妥当な報復だろう。

 悪意はなかったし本人からすれば死活問題だったとは言え命を狙って来たんだからそれぐらいはね。

 だが心の中のデリケートな部分を穿り返すのはちょっとやり過ぎかなーって。


「はぁ。良くも悪くもそういう揺ぎ無さがヘレルを倒せた大きな要因なんでしょうね」

「かもな」


 目的の屋敷に辿り着く。

 衛兵が居たけど俺は皇帝なので当然、顔パスである。

 屋内で出くわしたメイドに居場所を聞くと書庫に居るとのことなのでそちらに足を運ぶ。


「や、やあカールくん。神崎ちゃん。こんばんは」


 書棚の前で本を読んでいた真実男が微笑む。

 ……やっぱり女だ。何だろうな。現実を歪ませるとかありかよお前。

 この場におけるカースのカースト(ギャグじゃない)で言えば俺、最下位だぞ。


「こんばんは。美堂くんが落ち着いたみたいだから連れて来たわよ」

「う、うん。えーっと、場所を移した方が良いかい?」

「別にここでも問題ねえだろ」


 よっこらせと脚立に腰を下ろす。


「そ、その……ぼ、僕から良いかな?」

「ああ」

「……じゃあ、改めて名乗らせてもらうよ」


 ああそうか、己を取り戻したんだから名前も思い出してるよな。


「僕の名前はテオドール。テオドール・フーリエだ。そ、その……し、親しみを込めてテオって呼んで欲しいな」


 えへへ、と笑う真実男改めテオ。

 あざとい。とてもあざとい。おどおど系の僕っ娘とかそりゃ股間も元気になりますよって。


「じゃあテオって呼ばせてもらうぜ。テオ、お前の処遇についてだが」


 一応、事前にゾルタンに相談して幾つか選択肢を用意してもらった。


「一つは永続的な国外追放」


 理由はどうあれコイツは敵対者で一度は俺を殺しかけたわけだからな。

 その罪をなかったことには出来ない。だが先の戦での功もあるから国外追放で帳消しって形にするのだ。


「もう一つが労役だ。俺の下で働いてもらう。しばらくは首輪つきで多少、自由は制限させてもらうが……」

「き、君の下で働かせてもらうよ」

「……即答かよ」

「前に言っただろ? き、君のためなら喜んで命を捧げるって」


 ……薄々そうじゃないかとは思ってたが、コイツ俺に惚れてるな。

 コイツからすればそれだけのことだったんだろうが……ううむ、どうしたもんか。

 僕っ娘は堪らんと思うが、今んとこ性欲だけで惚れた腫れたって感じじゃないんだよな。

 まあ、これからゆっくり考えていけば良いか。時間はあるんだしな。


「分かった。そんじゃあ神崎と組んでもらうが問題はないな?」

「うん。神崎ちゃんなら僕も気が楽だよ」

「神崎も良いか?」

「ええ、構わないわ」


 ふぅ、これでテオの件は片付いたな。


「あ、ああでも一つ。お願いがあるんだけど……」

「? 言ってみろ」

「監視つきでも良いから……そ、その……一度だけ、お父さんとお母さんに顔を見せたいんだ……」


 ああ、そういやそうだったわ。

 おかしくなって行方を眩ませたわけだし父ちゃん母ちゃんも心配してるだろう。

 指名手配にでもなってりゃ気付けたかもしれんがコイツ、名は知れてても犯罪者になったわけでもないしな。


「生きてるのか?」

「た、多分……」

「郷里は?」

「ジラソーレ王国の片田舎なんだけど」

「ああ、それならジラソーレに行く時に同行させてやるからそこで顔見せて来いよ」


 ジラソーレと盟を結ぶことは考えてないがそれでも外交はするつもりだ。

 直接、赴くつもりだからその時に神崎と一緒に郷里に行かせりゃ良いだろう。


「う、うん……ありがとうね、カールくん……あ、陛下?」

「公の場じゃなけりゃ好きに呼べば良いさ」


 あんまりかしこまられてもケツが痒くなるだけだし。


「他に何かないのか?」

「と、特には……」

「じゃあ折角だし、お前の話を聞かせてくれよ。故郷のこととか、故郷を出てからのこととかさ」


 これから一緒にやってくんだから親交を深めないとな。

 神崎も興味ありげな顔をしてるし。


「ぼ、僕の話か……それじゃあ」


 とその時である。全員が同時に転移魔法の気配を感じ取った。

 現れたのはゾルタンだった。


「突然、すまないね。だが早急に報告せねばならぬ案件ゆえ勘弁して欲しい」

「良い。それで、何があった?」


 ゾルタンは真っ直ぐ俺の目を見据え、告げる。


「“彼女”の使者が現れた」




2.最悪の未来


 彼女、が誰かなんて考えるまでもない。

 ゾルタンが緊急の案件なんて言うぐらいなんだから悪役令嬢以外にはあり得ないだろう。

 俺は神崎とテオを伴って使者を留めてあると言うアンヘルの屋敷に飛んだのだが……。


「……和尚?」


 そこに居たのは赤毛の赤子を抱いたガッデム和尚だった。


「うむ。久しぶりであるなカール――いや、今は陛下と呼ぶべきかな?」

「……カールで良いよ。あんたは別に帝国の臣民ってわけじゃないんだし」


 それよりもだ。和尚が悪役令嬢の使者?

 ってことは、ってことはだぞ……この和尚があのタイミングで葦原行きの船に乗っていたのは……。


「お主の想像通りよ。拙僧は我が友、ジークフリートの頼みでカール・ベルンシュタインの戦いを見届けるため葦原に舞い戻ったのだ」

「……」

「……もしや、爺やが言っていたレグナという方は……」


 庵がはっとした顔で呟く。


「うむ。ジークフリートの偽名である」

「……色々言いてえことはあるが、まずはあんたの話を聞かせてもらおうか」


 ソファに腰を下ろし話を聞く体勢に入る。


「応――……と言いたいが帝国に属さぬ者らが居るようだが構わんのか?」


 アズライール、帰国した島津四兄弟を除く葦原組、ヴァッシュ、人斬りコンビ。

 この部屋には帝国の首脳陣以外の面子も集っているが大丈夫なのか? と問う和尚に俺は問題ないと返す。


「葦原と俺の仲はあんたも承知の上だろ? アズライールもそうさ。殆ど共犯者みたいなもんだからな」


 殆ど、と言ったのは情報が確定ではないからだ。

 とは言えアズライール自身も臭いものを感じているのは確かなので手を組むのは半ば決定事項なんだがな。


「そうか。まあ明美については既にある程度話してあるのだが」

「あ゛?」


 全員の視線が良い歳こいてえっぐいレオタード着てる女に注がれる。

 当の痴女様は心当たりがないようであたふたとしているが、和尚がふかしこいてるってわけでもなさそうだ。


「ふふふ、今記憶の封印を解こう」

「……記憶の封印?」

「言っておくが拙僧がそうしたわけではないぞ。あ奴が話を聞いた上でお主と行動を共にするなら封印した方が良いからと頼んで来たのだ」


 ああ……多分、俺なら些細な違和感を拾って詰問するだろうしな。

 それを避けたかったのか。

 和尚が短く呪文を呟くと何かが弾けるような音がして明美が盛大に顔を顰めた。

 和尚から聞かされた話と現状を照らし合わせて苦々しいものを感じたのだと思う。


「和尚、そろそろ頼むよ」

「相分かった。まず第一に伝えるべきは我が友ジークのカースについてであるな。ジークは未来予知のカースを授かっておった」


 ゾルタンを見ると奴はふるふると首を横に振った。

 この様子を見るにカースの中身どころか、カースを貰っていたことすら知らなかったようだ。


「まあ未来予知と言ってもそう便利なものではない」


 数瞬先の未来を読んで戦いに役立てたり、ある程度先の未来を見て商いに役立てたりといった使い方は出来ないと和尚は言う。


「奴が見れたのは“最悪の未来”と行動によって変動した結果の“未来”だ」


 最悪の未来……。


「何もしなければ確実に訪れる最悪の未来が定まった時のみ、カースが発動しその未来を見せ付けるのよ。

あ奴が最初に見たのは己と母、そして自分達に仕えている家族のような者達の無惨な死に顔だった」


 ……こんな立場になってからではあるが俺もジークフリートについて学んだ。

 そうか、奴が皇帝になる切っ掛けとなった若き日の粛清劇はカースに助けられてのものだったのか。


「動くと決めた時点で最悪の未来は消え、己が皇帝になった未来が見えたそうだ」


 行動したからじゃなくて行動すると決めただけで未来が変わるのか。

 それだけの能力があったからなんだろうが……すげえな。


「自分の命を狙う愚か者どもを皆殺しにし大切なものを守れて万々歳――……とはならなかった」


 だろうな。俺が聞きたいのはその先だ。

 話の流れからしてジークフリートが見た最悪の未来こそが今の状況に繋がっているんだろうし。


「皮肉なものよな。生き永らえたばかりに更なる最悪を目にすることになったのだから」

「御託は良い。皇帝は何を見た?」

「終わった世界。人も鳥も獣も、花や草木も――生きとし生ける全ての命が死に絶えた荒野を見たのだ」


 皆が息を呑むのが分かった。

 世界レベルの危機が訪れることは覚悟していたが……そこまでか。


「只人ならそこで心を折り、いずれ来る終わりから逃げるため命を絶つか現実に目を背け無為な日々を送っていただろう」

「……皇帝はそうじゃなかった」

「そう。幸か不幸か、あれは反骨心の塊のような男でな。最悪の未来に抗う以外の選択肢はなかったのだ」


 分かるよ。

 俺が皇帝の立場でも同じように抗っていただろう。


「あ奴は即座に行動を始めた。兎に角動かねば何も変わらぬからな。葦原に渡ったのもその一環よ」


 そこで和尚や櫛灘の家と関わりを持ったのね。


「が、現実は酷なものよ。皇帝の椅子に座るまでの自由な時間を使ってありとあらゆる手を尽くしたが最悪の未来は小揺るぎもせんかった」


 ならば権力を得てより大きな影響を世界にと皇帝になってからもあれこれ動いたがそれもダメだったらしい。


「そんな未来が唐突に変動したのが三年前のことだった」

「……三年前、ね」

「天覧試合の決勝が行われるその日の朝だったそうな。あ奴はお主を見た」


 和尚は真っ直ぐ俺を見据え、続ける。


「これまでのように終わった世界ではない。終わりに抗わんと全ての命を率いて戦うお主の姿をな」


 全ての命を率いて、ねえ。

 正直、眉唾ものだな。何がどうなったら俺がそんな立場になるんだ。

 あれか? この話を聞いた俺が統一戦争でも起こすのか?

 今の俺なら出来なくもないが……力で抑え付けた奴らを戦力として数えられるとは思わんな。

 これがただの戦争なら良いが人類が滅ぶかどうかの戦いだろ?

 そんな戦いに不安要素を抱え込むのはなあ。いや、人類が急に賢くなって世界の危機だからと一致団結出来るならそれもありかもしれんがよ。

 人間がそんなに物分りが良いのなら俺が何をするでもなく統一国家が出来上がってたんじゃねえかな。


「いや待てよ。さっさと統一してそこから時間をかけて人心を……和尚、皇帝が見た俺の姿は幾つぐらいなんだ?」


 二十年ぐらいかけてじっくり取り組めば或いはと思ったが、


「高く見積もっても二十代前半といったところらしい」

「糞が!」


 無理じゃん。二十五までを前半とするにしてもだ。

 七年しかないよ? 七年で統一戦争のゴタゴタを消し去れるわけないじゃん。

 なら時間をかけて統一を? それこそ七年どころじゃ足りんわ。


「……まあ良い。そこは一旦置いておく。世界を滅ぼす元凶は一体何なんだ?」

「分からん。夥しい数のモンスターが見えたそうだが明らかにそれとは違うモノも混ざっていたそうでな」


 はぁ、と溜息を吐く俺に和尚は告げる。


「まあここから先はこ奴に語ってもらえば良いだろう。拙僧よりも詳しいからな」


 眠っていた赤ん坊の目がぱちりと開き、俺を見つめる。


「おひさしぶりでちね、へいか」

「…………は?」

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