皇帝の日々②

1.命の値段


 兵士が使っている練兵場を急遽、貸しきった俺達は皆をそこへ導いた。

 一先ずどの程度の才能を授かったのかを検証するためだ。

 武の才能を貰った奴らは俺と神崎が、魔法の才能を貰った奴らはアンヘルとゾルタンが見極めることになったのだが……。


「……陛下、そちらはどうかな?」

「……冒険者になるなら中堅どことして安定してやってけるってとこかな」


 そう言えば大したことないんじゃね? と思うかもしれないがそんなことはない。

 ひよっこどもの面倒を見るために色々調べたから分かる。

 並みの奴ならそもそも中堅にもなれねえか、何とかなれても長く留まれず廃業するのが関の山だしそもそも、だ。

 コイツらは戦いとは無縁の世界で生きて来た人間なのだ。未熟も未熟。積み重ねなんて何一つありはしない。

 そんな人間が才能一つで中堅どこと同じ実力を得ているという時点でカースのレアリティはSRは確実だ。

 ここから磨けば更に上を目指せるだろうしな。


「そっちは?」

「二流。だが一流にまで辿り着ける可能性を持つ二流だよ」


 その道は並大抵のものではないが、そもそもスタート地点に立てる時点で破格だと言う。


「……全員、凡人の域に留まらない才覚を手に入れたってわけね」


「とりあえず彼らを見ながら身体を調べてみたけど特に異常はなさそうだね。

ただ念のため後日、またしっかりした設備があるところで検査するべきだと思うんだが……」


「頼むよ」


 異世界の人間だからな。

 念には念をってぐらいで丁度良いと思う。


「ああそうだ。これ、刻印の位置を記したリストな」

「拝見しよう」


 ゾルタンに頼まれて刻印の位置なんかも確認したんだが、特に共通項はなさそうだったな。

 位置もデザインもバラバラ。例えば神崎なんかは俺と同じ背中で蝶の羽根のような刺青が刻まれてたな。

 俺と似通ってるのは元コンビだからだろうか?


「…………はぁ、頭が痛いな」

「このタイミングだからなあ」


 これが異世界人だけの特権で異世界人なら誰でもってんなら良い。

 だが、世界の危機が仄めかされてる現状で神様から贈られたのが戦うための才能ってのがな。

 穿ち過ぎと思わなくもないが、それでも神様から危機が訪れるとお墨付きを貰ったみたいで落ち着かない。


「まあ、とりあえず目立った異常はないし僕は仕事に戻るよ」

「あ、私も。まだまだ片付けきゃいけないこと仕事が山ほどあるし」

「ん、悪いな」


 二人は大丈夫と笑って転移で去って行った。


(さて、どうしたもんかねえ)


 全員が戦う力を得たという異常とは別に考えなければいけない問題もある。

 頭を悩ませていると、


「……これ、冒険者とかいけるんでね?」

「だよね。異世界転移のお約束だし」

「確かそこそこのランクまで上がれば実入りも良いんだっけ」


 これだ。

 正に俺が危惧していた問題そのものだ。


「あなた達、戦いの場に身を投じるということはそう簡単なものではないのよ?」

「分かってるさ。でもそれは高望みすれば、だろ? 分を弁えて細々とやってく分には十分過ぎるもんを貰ってるじゃん」

「そうそう。漫画みてえなアクションが出来るとか思わんかったわ」


 神崎がそれとなく警告をするが届いていないようだ。


「……」


 神崎は助けを求めるように俺を見つめてくる。

 言いたいことは分かる。ただ、俺もなあ……言えた義理じゃないっていうか……。

 カース貰う前は楽してズルして成り上がる気満々だったし。

 今の彼らと完全に同じってわけではない、決定的に異なる点もある。


「あー……そんな甘い見通しで冒険者になるのはおススメしねえよ?」


 俺も神崎も皆より偉いわけではない。

 だが、戦いという道においては先達だ。ならば先達として伝えるべきは伝えておかなきゃいかんだろう。

 それが友達ってもんだからな。


「おいおい、それをお前が言うのかよ美堂」

「そうそう。美堂くんもチート貰って冒険者になるつもりだったとか言ってたじゃん」

「それはその通りだがそれでも俺は冒険者が命の危険が付き纏う仕事だってことぐらいは分かってたよ」

「それは俺らも分かってるさ。だから……」

「セーフラインで稼ぐって? でもそれは絶対じゃないだろう」


 不測の事態が起きる可能性はどうしたって消えやしない。

 俺がそう言うと、


「そんなもん生きてりゃ当然のことでしょ」

「だが普通に生きるよりその可能性は格段に高くなるぞ。身の丈に合った仕事だけしててもそうさ」


 戦いの場に立つということは命を曝け出すことと同じだ。


「だから……」


 さて、ここからどう諭そうかと考えた時、頭をよぎったのはロドリゲスだった。

 真実男の時といい、脳裏をよぎり過ぎだろあの面白外国人。


「論より証拠。これからちょっと辛い目に遭ってもらうが勘弁な」


 言って俺は緩く殺気を解き放った。冒険者になりたがっていた者だけではなく全員にだ。

 突然、殺気を浴びせかけられた皆はその場で膝から崩れ落ち、どっと脂汗を噴き出させていた。

 一秒にも満たない僅かな時間だったが、死とは無縁の世界で生きていた皆には酷だっただろう。

 ちくちくと胸を刺す罪悪感を無視し、俺は続ける。


「今、俺は殺気を浴びせた。そう、漫画とかでよくあるアレだ。皆は一瞬、ほんの一瞬だが命の危機にあったわけだ。どうだい?」


 同じように剣を振るっても鍛錬と実戦ではその消耗の度合いは大きく異なる。

 気を抜けば死ぬ。実戦における緊張感は凄まじい勢いで己を削っていく。

 いやそもそも、鍛錬と実戦で同じ動きが出来るのか。


「自分は何時も通りに動けてると思っても死の恐怖に縛られ動きがぎこちなくなるなんてのはざらにあるよ」


 それらのデバフが力を曇らせ、傷を負うこともあるだろう。

 そしてその痛みが更に己を鈍らせる。


「その果てに待つのが“死”だ」


 皆が息を呑んだ。


「俺の師匠……みたいなん曰く、戦場に立つということは死神の手を取ることだそうな」


 びびってしまえば一瞬で連れてかれてしまう。


「だから死神と上手に踊れるように心身を鍛えるのさ」


 まあ、才能だけでやっていける人種も居なくはないが一握りだ。

 そしてそいつらはハナからイカレてるので参考にはならない。

 真っ当な性根の人間が戦いの場に立とうってんなら心も身体も鍛え続けなきゃいけない。


「なあテンちゃん」

「! な、何?」


 冒険者になりたがっていた男子生徒の一人に語り掛けるとビクリと身体を震わせた。

 その目には未だ拭えぬ恐怖があってひじょうに胸が痛むけど……ここで手を抜くわけにはいかない。

 はぁ、知らん奴なら何しようが全然気にならんのだけどなあ。

 …………まあ、知らん奴にスパルタかましたせいでおかしな集団が生まれたわけだが。


「絶対に治せるって前提があるなら自分の腕を引き千切れるかい?」

「む、無理に決まってんでしょ。そんなの……」

「俺は出来る」


 左の二の腕に手をかけ躊躇なく引き千切る。

 鮮血が舞い、悲鳴が上がる。

 痛みがないわけではないが、これぐらいでは揺るがない。


「腕か命か。生きるか死ぬかの戦いをしてる時はそんな選択を迫られることもある。

誰に聞いても普通は後者を選ぶだろうよ。だが、一秒にも満たない時間が生死を分かつ状況で即座にそれを選択出来るか?

それを出来るように努力するんだ。俺も神崎もそんな場面が訪れたら躊躇なく腕を捨てられる」


 千切った腕を断面にくっつけ活性の気を巡らせる。

 痛みと痒みが酷いがこれぐらいではもう、眉一つ動きはしない。


「別に冒険者になること自体を否定するつもりはねえよ?」


 これまで積み重ねて来たもんを台無しにされて異世界なんてとこに来ちまったんだ。

 ただ生きるため、だけでは辛いだろう。夢や希望をここで見つけて欲しいと思う。

 冒険者は浪漫のある職業だ。実力のある奴にとってはな。

 だからそれを一つのモチベにしたいってんならそれで良いとは思う。


「ただ命のやり取りについて甘い認識のまま踏み込んで欲しくはないんだ。

甘い考えで足を踏み入れたばっかりに友達が死ぬなんてのは……辛いもんよ」


「美堂……」

「だから厳しいこと言わせてもらった。色々ショッキングだろうが胸に留めておいてくれると嬉しい」


 空気を入れ替えるように手を叩く。


「それでも冒険者になりたいってんなら時間がある時は俺と神崎が鍛えてやるよ。

しんどくはあるが、これでも俺は教育者としては中々のもんでな。確実にレベルアップさせてやれるぜ」


 カースによって得られた才能もあるし能力はガンガン伸びていくと思う。

 ハートの方も徐々に殺気に馴染ませてやれば心臓の毛をふっさふさにしてやれるだろう。


「…………サンキュ。もうちょっと真剣に考えてみるよ」

「おう。あ、魔法の才能をゲットした方は研究職とかもなくはないぜ?」


 高校卒業程度の学力があるなら基礎教育の必要はない。

 最初から魔法の専門教育を受けられるだろう。

 ゾルタンも何人かそっち方面に進んでくれないかなとか言ってたし。


「じゃ、真面目な話はこれで終わり。これからどうする? 街に出るなら案内役つけるけど」


 屋敷で遊ぶなら俺も一緒で問題ないが、外出るならな。俺が居ない方が楽しめるだろう。


「あ、それなら私もうちょっと魔法の訓練したいんだけど」

「俺も俺も。これで食ってくかはどうかは別だけど……なあ、分かるだろ?」


 ああうん。ファンタジーなことが出来るようになったならそれで遊びたいよな。

 武の才能は剣、弓、槍、徒手と様々だがオマケである程度、気の才能も付属してるみたいだし。


「しょうがねえなぁ! だがその意気や良し! 俺もそういうんは大好きだ!!」

「さっすが親分、話が分かるー!!」

「キャーステキー、ダイテー(野太い声)」

「魔法については……教えられる奴が忙しいから教材だけ寄越してもらうわ」


 ゾルタンに念話を入れると一分もせず大量のテキストが送られて来た。

 魔法は門外漢だから魔法組はあれで勉強してもらうとして、


「よっしゃ物理戦闘組! まずは何したい?!」

「波ァ! したい波ァ! 手から波ァ! 出したい!!」

「波ァ! も良いけどまずはどんなことが出来るのかを知りたいな。美堂、何か漫画やゲーム的な見栄えの良いのない?」


 とりあえず波ァ! は出せるが見栄えの良いの、かぁ。


「あ、そうだ。あれなら良さそうかな」


 訓練用の刃を潰した剣を手に取り雷気を纏わせる。


「魔法剣じゃーん!! お約束! 定番! でもそれが良い!!」

「いや魔法じゃなくて気だろ? ならオーラソードだろ! ハイパーオーラ斬りやってくれー!!」


 紫電が迸る刀身に皆、大興奮だ。

 だがまだだ! お約束だと言うならこれもしなきゃな!!


「ハッ!!」


 逆手に持ち替えて思いっきり振り抜く。


「飛ぶ斬撃! これは古流剣術の復権も近いな!!」

「お、おい剣ばっかじゃなく他のも! 他のも頼むよ、なあ!?」

「ふぇふぇふぇ、安心なさい坊や達。まだまだ良さげなのはありますからねえ」


 思わずおばあちゃんになっちまうぜ。


「ねえねえ、空って飛べないの? 男の子が好きそうなあれには興味ないんだけど空を飛べるなら飛んでみたいんだけど」


 女子の一人が期待を込めた目で俺を見るが……。


「空、空かあ」

「飛べねえの? 気で飛ぶってポピュラーな感じだと思うんだが」

「いや、飛べなくもないんだが……まあ、見た方が早いか」


 気を用いて空を飛ぶには幾つか方法がある。


「まず一つ、足の裏から気を噴射する」


 ジェット噴射の要領で飛ぶやり方だ。

 上空まで舞い上がった俺は体勢を変えて小刻みに噴射を繰り返し飛んでみせる。


「んで次。風気で道を敷いてそこに乗るやり方。イメージとしては透明な風の道を敷いてその上を滑っていく感じかな」


 これも実際にやってみせる。

 皆の顔はこう言っていた。何か違うんだよな、と。

 分かってるよ。こういうあれじゃないのは分かってる。


「あのー、ピーターパンみたいな感じで自由自在に空を舞う感じが良いんだけど」

「それも出来る。正確にはそれっぽい感じで、だが」


 空中に浮かび上がりぐるんと一回転し、そのままスイスイと泳ぐように空を飛んでみせる。


「よっと。こんな感じのがお望みなんだろ?」

「そうそうそれ! そんな感じ!!」

「そうか……でもなあ、何でもないようにやってるけどこれ実は結構大変なんだよ」


 これもまた風気を用いるのだが難易度はさっきの比ではない。

 自由自在に飛行しようってんなら気流を作り出してそれを制御しなければいけないのだ。


「常時気を放出し続けないといけないし繊細なコントロールも必要だしで……ぶっちゃけクッソ面倒なんだわ」


 空中戦を行う必要があるなら気で空中に足場作りながら駆け回る方が良いし、移動目的なら風の道を滑る方が良い。

 遊び目的でも複雑な作業をこなしながらだと楽しむのは難しいと思う。ミスればあらぬ方向に行くか地面に真っ逆さまだからな。


「……そうなんだ」


 中二ごっこに興味のない女子らが露骨にガッカリした顔をする。

 野郎どもが何とかしてやれよという目を向けてくるけど、んなこと言われても……ああ、あれがあったか。


「気は健康や美容にも……」

「詳しく」


 めっちゃ食いついてきた。

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