大帝カール⑩

1.あ゛?


「…………まるで神話の光景だな」


 打ち合うだけで天が割れ、空間が歪み、大地が鳴動する。

 正しく人ならざる領域の戦いだ。広域結界を展開していなければどうなっていたことかとゾルタンは深々と溜息を吐く。


「何の何の。八俣遠呂智に比べれば可愛いものでしょう」


 ゾルタン並びに魔道士部隊の護衛に就いている義弘がカラカラと笑う。

 エリザベートの変身によって敵軍の異形化は解け、不自然な士気も霧散したことで余裕が出来たのだ。


「八俣遠呂智とはそこまで?」

「正しく神ですからね。あの女も確かに尋常ならざる力を持っているようですが」


 単純な力という面では八俣遠呂智と比べれば何枚も落ちるし、何より理不尽な不死性が存在しない。

 そう語る義弘にゾルタンは少し残念な気持ちを覚えた。

 ああ、一目で良いから人造の神とやらを見てみたかったなと。


「アレぐらいならば殿下を筆頭に実力者達で囲めば倒せなくはないでしょう」

「……まあ、それはね」


 カールが袋叩きを選ばなかったのは後々のためだろう。

 力と意気を示すため敢えて皇帝である自分と妻である皇女の四人で戦っているのだ。

 まあ、傍から見れば一人なわけだが。

 現に新帝国軍の兵士らはこれまでの戦いを忘れてしまったかのように、空中で行われる戦いに魅入られてしまっている。

 絶大な力もそうだが、それ以上に強固な意思の光が人々を惹き付けてやまないのだ。


「しかし、あれは一体何だったんだ……?」


 遺失技術だというのは分かるが具体的に何がどうなっているのか。

 ゾルタン自身、人造生命等の研究にも手を出しているが見当がつかない。

 いや、手を出しているからこそか。その異質さが嫌でも分かってしまう。


「魔法を使わずあれほどのものを……ううむ、意味が分からない」


 サンプルにと捕らえていた兵士らを軽く調べてはみたが異常はなし。

 異形化が解ける前に調べるべきだったかと歯噛みする。


「はぁ……ふぅ……ゾルタン」

「ん?」


 後ろに転がしていた皇子らに声をかけられ振り向く。

 死ななければ良いので最低限の治療しか施していないので、二人は酷い有様だ。


「お、俺達を助けろ」

「何言ってんの?」


 思わず素で返すゾルタンに構わず皇子らは続ける。


「い、今ならばまだ間に合う……これより、忠を誓うのであればこれまでのことは不問にしよう」


 自分達を治療し、カールを討つのを手伝え。

 そう語る皇子らにゾルタンは頭痛を堪えながら答える。


「御二方、老婆心で忠告致しますがこれ以上醜態を晒すのはお止めなさい」

「馬鹿が! 理解してんのかテメェは!? アイツが、あの糞野郎が勝つってことは帝国の歴史が終わるんだぞ!?」

「最も古く最も偉大なこの国をあんな奴のせいで終わらせて良いと思っているのか!?」


 言葉もないとはこのことだ。

 義弘も苛立ちを通り越して正気ですか? とこちらを見ている。

 だが正気ですか? と問いたいのはゾルタンも同じだった。


「……終焉の引き金を引いたのはあなた方でしょうに」


 確かにカール・ベルンシュタインという少年は破格の男だ。

 先帝ジークフリートが覇者の器であると評したことは間違いない。

 が、同時に彼はどこまでも普通の人間だった。


「色事については少々……いや、かなりのものですが権力などには微塵も興味がない」


 むしろ煩わしいとさえ思っているだろう。


「御二人が手を出さねば彼は穏やかにその一生を市井の人間として終えていたはずだ」


 眠れる虎の尾を踏み付けたのは、龍の逆鱗を剥ぎ取ったのは皇子達だ。

 プロシア帝国の滅びに原因を求めるのであれば皇子達以外には居ない。


「本当に愚かなことをしたものだ。あなた方と比べれば野に生きる獣の方がまだ賢明でしょうよ」

「獣ならば本能で殿下との敵対を避けるでしょうねえ」

「喧嘩を売る相手を間違った挙句にこの物言い。つくづく救えない」

「貴様……!!」

「それと僕は帝国に忠誠を捧げた覚えは欠片もありませんよ」


 ゾルタンの忠はあくまでジークフリートに捧げられていた。

 そして今はカールのために力を尽くすと決めている。

 皇子達のために何かするつもりなんてさらさらなかった。


「第一、僕の愛しい人を殺した糞野郎どもに何で手を貸さなきゃいけないんです?

カール陛下が居なければ僕があなた方を殺していましたよ。何なら今からでも許されるなら殺してやりたいぐらいだ」


 吐き捨てるような言葉。

 これ以上はもう、何も言うまい。そう思ってゾルタンは視線を空に戻そうとするのだが、


「ふざけるな! 愚かなのは父上だろう!?」

「あ゛?」


 聞き捨てならない言葉だ。

 顔筋をピキらせるゾルタンに構わず皇子達は続ける。


「私達が好んでこんなことをしたとでも!? 父上があの男を皇帝になどと言い出さなければ穏当な道を進んでいた!!」

「俺達に親殺しという罪を犯させたのは父上のせいだ! あの男のせいだ!! 俺達は何も悪くねえ!!」


 罪を犯した側が言うことではないとかこの期に及んでどこまでも恥知らずだとか、言いたいことは多々ある。

 あるがそれよりも何よりも気になった一言があった。


(……あの男を皇帝に?)


 文脈から察するにあの男、とはカールのことだろう。

 ジークフリートがカールを皇帝にしようとしていたというのはゾルタンも初耳だった。


(僕らもこの状況自体が先帝陛下の意図したものではないかとは思っていたが……確たる証拠はなかった)


 が、ここに来てぽろりと証拠が舞い込んで来てしまった。

 なるほど。確かにカールを皇帝になどと言われれば、この皇子達ならば愚行を犯すだろう。

 それはジークフリートも承知のはず。なのにそんなことを言ったのならばそれはもう、この状況を狙っていたからとしか思えない。


(だとすれば、だとすればだ。お嬢様達の葦原行きをあんな手段で止めたのは……)


 カールの力量を測るため? それならば納得がいく。

 そしてこの状況も。完全なる不意討ちで帝国を敵に回した状態で逆転出来るのならば皇帝としての資質は十分だろう。


(しかし、何のために?)


 やはりここに戻ってしまう。

 ゾルタンの知るジークフリートは実に真っ当な為政者だった。

 少なくとも何の理由もなしに皇族でもない市井の人間を皇帝にするようなことはしない。

 例えどれほどの器を持っていたとしても、だ。


(次期皇帝の最有力候補がぼんくらだから何とかしたかった? だとしてもそれならそれでアンヘル様かアーデルハイド様を引き上げれば良い)


 最初は不慣れだろうが、あの二人は才覚に恵まれている。

 少しすれば皇帝として立派な治世を敷いてくれるだろう。


(なのにカールくんを……)


 皇子二人を踊らせるための虚言、ではあるまい。

 ならば自分の命を捨ててまでカールを皇帝にしなければいけない理由とは?

 考えて、考えて、考えて……辿り着く。


「――――戦う、王?」




2.決着


 勘違いされがちだが俺のファイトスタイルはパワータイプではなくテクニカルタイプだ。

 必殺技の殺戮刃からして攻めにも使えるが迎撃技だし、不純で不埒なお人形遊びなんかもそう。

 気で人間を操るって簡単に言うが繊細な操作が必要なのだ。

 他にも攻撃を受ける時は打点をずらしたりしてるし、前世からの十八番たる跳弾芸も技術の結晶である。


 そんな俺が強者相手に真正面から殴り掛かってるのはそうせざるを得ない相手とばかりやり合っているからだ。

 今もそう。八俣遠呂智ほどの出鱈目な再生はしていないものの悪役令嬢のそれはかなりの脅威だ。

 待ち構え、隙を突いてチクチクやってるだけじゃ終わらない。

 一発叩き込まれる間に二発ぶち込むぐらいの勢いでやらにゃ倒せないから守りを捨てて攻めに専心しているのだ。


(囲んでボコるのが一番手っ取り早いんだが)


 どうにも、それじゃいけないらしい。

 コイツが切った魔王というカード。なるほど、確かに強力だった。

 一兵卒を死ぬまで進軍を止めない化け物に変えてしまえるのは厄介極まる。

 こちらもそれなりの被害を被った。皇子らが逆転の切り札として夢を見るのも当然と言えよう。


 だが悪役令嬢は分かっていたはずだ。これでは勝てないと。

 現に第二形態に移行したことで兵達の力は失われ、戦場で戦っているのはもう俺達だけになってしまった。

 それはつまり、新帝国軍の実力者達がフリーになるということだ。

 悪役令嬢がこの展開を読めなかったわけがない。


(なのにこうして、前線に出て来た)


 つまりコイツの目的は勝ち負けとは別のところにあると断定しても良いだろう。

 ただ、本気で俺を殺そうとしているのは確かなので……多分、俺を試している?

 そしてそこに俺が気付くことも折込済みだろう。

 んで気付いたのなら俺の性格上、情報を得るためにも袋叩きは選ばず思惑に乗っかり一対一を選ぶ……と。

 まあ正確に言うならアンヘル、アーデルハイド、クリスの力も借りてるので四対一だがこれはセーフラインらしい。


(それにしても……地獄のような削り合いだねこれ)


 クリスが俺の中でぽつりと呟く。

 まあうん、言いたいことは分かる。俺の背後には曼荼羅のような魔方陣。奴の背後には無数の目玉。

 そこから放たれる無数の光線に撃ち抜かれながら殴り合ってるからな。


(それよりお前らは大丈夫か?)


 今、俺の中では役割分担が成されている。

 魔法による攻撃がアンヘル。魔法と気による回復がアーデルハイド、クリスってな感じだ。

 サポートを全部放り投げて攻めにのみ集中しているからどうにかこうにか戦えてるわけだが……。


(大丈夫だよ)(カールさんが痛みを引き受けてくださっていますしね)(うん、バッチリ集中出来てる)


 そいつは重畳。


「――――チャージ完了」

「何っ……!?」


 顎を掠めるようにして放たれた拳が脳を揺らし、俺は一瞬隙を作ってしまう。

 悪役令嬢はその隙に六枚の翼を力いっぱい羽ばたかせて更に天高く舞い上がる。

 高度数千メートルに一瞬で達した悪役令嬢は右手を地上に向けて突き出した。

 肥大化した右腕が巨大な銃身へと形を変え、その砲口には凄まじいエネルギーが集中しているのが見て取れた。


 あれは、まずい。

 俺だけなら転移でケツ捲くることも出来るがあの一撃が地上に着弾したのならそれなりに距離のある帝都も余波で軽く消し飛ぶ。

 いや帝都どころか帝国、ひいては……逃げるという選択肢はない。個人としても公人としても、な。


「さあ、覚悟はよろしくって?」


 これまで他に割いていた魔力や気というリソースを全て右脚に集中させる。

 迎え撃つなら自分が最も信を置く技で、だ。


「“堕天のダウンフォール・弾丸バレット”」


 破滅の光が降り注ぐ。それでも、恐れはない。

 むしろリラックスしているぐらいだ。小さく、誰に聞かせるでもなく呟く。


「――――殺戮刃」


 右脚が塵殺の刃と化し弧を描く。

 力と力。真っ向からのぶつかり合い。

 ぶちぶちと全身の筋肉が断裂し、傷口から流れ出る血が沸騰していく。

 それでも怖じず曲がらず、天を睨み付け続ける。

 そして永遠にも刹那にも感じる拮抗の末、


「俺の勝ちだ」


 破滅の光ごと、俺の殺戮刃が悪役令嬢を切り裂いた。

 力を失い墜落する悪役令嬢を見つめながら俺は深々と息を吐き出す。


「ふぅ」「いやふぅ……じゃなくて。お兄ちゃんアレ、死んでない?」


 あ゛。


「い、いやまだだ! まだギリ死んでねえ! 直ぐに治せばいけるいける!!」


 やべえ! 急げ急げ!

 俺は自分の回復を後回しにして急いで地上に向かった。


「……文字通り、全てをつぎ込んだ一撃ですら……陛下には届きませんのね」


 声はか細く、瞳は焦点が合っていない。

 今にも燃え尽きそうな蝋燭を見ているかのようで、俺は盛大に頬を引き攣らせた。

 ここでコイツに死なれたら情報源がなくなってしまう。それだけは避けねばならぬと回復魔法を発動させようとするが、


「このまま眠ってしまいたいけれど……最期に、御伝えせねばいけませんわね。父のこと、わたくしのこと」

「!」


 ……最初からそのつもりだったのか。

 自分の課す試練を超えられたのなら全てを話そうと。


「どうか、お耳を」


 地面に膝を突き言われるがまま顔を寄せ、


「――――油断大敵ですわよ、陛下♪」


 俺は唇を奪われた。

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