大帝カール⑨
1.魔王
肥大化し変形した頭部。頬まで裂けた口と鋭利な牙。
その醜悪さは何となく悪性腫瘍を想起させた。
特に、あの右腕。あれは銃身だ。生物的な見た目だが間違いない。何なんだコイツらは? 悪役令嬢は一体何をしたんだ?
遺失技術の一つだってことは分かるがこれは――――
「っと!」
襲い掛かって来た異形の首を捻じ切る……が、まだ動いていたので駄目押しで胸をぶち抜く。
これはもう、真っ当な生物じゃない。
覚悟を決めれば人も自壊を厭わず攻めることは出来る。だがそれは決して容易なことではない。普通は理性が邪魔するからな。
しかしこれらに理性があるようには思えない。自壊を恐れる気持ちなんざ欠片もねえ。確実に命を絶たねば終わらない――面倒な手合いだ。
しかし、殴った感触からしてやけに気の通りが良かったような……?
《カール僕だ、手短に伝えるよ。兵士達が変貌した異形には魔法が通り難い。ある程度の火力があれば問題なく消し飛ばせるが並の魔道士では不可能だろう》
魔道士部隊を率いていたゾルタンからの連絡。
生命力がアホほど強い上に魔法が効き難い……厄介なゴキブリだな。
「魔道士はサポートに回るよう通達。ついでに気を使える奴を前面に押し出すよう指示を飛ばしてくれ」
《気を? それは――いや、前線からの連絡が来た。件の異形は気が通り易いのか。了解した、全軍に通達しよう》
他所でも気付いた奴が居たらしい。ま、当然だわな。
遮二無二突っ込んで来る異形どもを蹴散らしながら真実男に視線をやる。
「ぼ、僕はどうすれば良い?」
「遊撃だ。殺しながら戦場を駆けずり回れ」
「了解」
告げると同時に俺は本陣へと転移した。
様子を窺っていたアンヘルがやったのだろう。本陣に帰還した俺は皆を見渡し、告げる。
「いよいよ本番らしい。俺達も動くぞ」
「私はどうすれば良い?」
「遊撃だ。リアルタイムでゾルタンから情報を受け取って必要だと思う場所で暴れてくれ」
「了解。片っ端から殺すとしよう」
言うやシャルは目にも留まらぬ速さで本陣を離脱した。
「アンヘル、アーデルハイド」
二人はこくりと頷き身魂合体を発動させる。
アンヘルは俺と。アーデルハイドはクリスと。それぞれが合体を果たす。
「庵」
庵は無言で頷くと俺達に強化を施してくれた。
「限界ギリギリまで強化を致しました。どうか御武運を」
「ありがとな」
「じゃ、行って来るわ」
庵を置いて行くことは心配だが夫婦鬼が護衛に就いているので問題はなかろう。
俺とクリスは魔法と気を用いて更に強化を施し、空へと舞い上がった。
「クリス、身体は平気か?」
「ん……だいじょぶ」
三重の強化。性能は桁違いに跳ね上がるがその反動も尋常ではない。
俺はどんな激痛であろうと気合で耐えられるし、アンヘルとアーデルハイドも根性があるので大丈夫だろうがクリスはそうではない。
と思っていたのだが強がりを言っている様子もないし本当に大丈夫なのだろう。
ジジイの教えを受けたお陰でかなりタフになったようだ。
「それよりお兄ちゃん」
「ああ」
三つ。大きな気配がこちらに向かっているのを感じる。
本陣の真上で戦うわけにもいかないからこちらからも距離を詰めるべきだろう。
俺はクリスを伴って大きな気配に向かって飛翔する。
そしてしばらく飛んだところで“ソレ”を視界に捉えることが出来た。
「馬鹿皇子二人とテロリスト、だね」
「ええ。ですがあれは……」
遠目に見える皇子二人と悪役令嬢。奴らもまたその姿を変えていた。
眼下で暴れ回る連中に比べると人の形を残しちゃいるが、見た目は明らかに化け物だ。
棘棘しい甲殻に覆われた四肢。背中から生える悪魔のような翼。全身を血管のように駆け巡る真紅のライン。
一目で悪役と分かるようなデザインである。
ただ、悪役令嬢は基本的なデザインこそ似通っているが皇子二人よりも派手な感じだ。
翼も三対六枚あるし、髪と瞳が黒に染まっている。多分、コイツが力の大元なんだろう。
皇子二人や兵士らは悪役令嬢から力を分け与えられたっぽいな。
(つか、コイツらも右手が銃身になってやがるな……)
俺達に向けられた三つの砲口から禍々しい光弾がこちらに向かって放たれた。
それを裁きの極光で相殺し、俺達は改めて屑三匹と対峙する。
「ようやく会えたなカール・ベルンシュタイン。身の程を弁えずに好き勝手してくれたツケは……」
「雑魚は黙ってろ。お前らに用はねえ」
「なっ!? てめ……」
「こんな安い挑発に反応しては思うつぼですわよ?」
挑発っつーか本音だけどな。皇子二人と語らう言葉はない。
だってコイツらはもう、後は殺すだけだからな。今言葉を交わす必要があるのは悪役令嬢だけだ。
「派手なイメチェンだな。男が欲しくなったのか?」
「……男女のお付き合いだけが幸せではありませんのよ?」
小さく眉をひくつかせたのが分かった。
前に煽ってやったがこの歳で心身共に処女ってのはコイツも気にしているのかもしれん。
いや、俺らが煽ったせいで気にするようになったのか。
「しかしまあ、趣味の悪いイメチェンだな。テメェは魔王かよ」
「あら、よく分かりましたわね」
「……何?」
「ええ、これは魔王の力ですもの」
この世界はファンタジーだが魔王なんてものは存在しない。過去に存在したという記録もだ。
どういうことだと視線で問うが、悪役令嬢は鼻で笑い飛ばした。
「素直にお答えするとでも?」
「……だよな。まあ、分かってたよ」
どの道、ボコボコにしてからどうにかして情報を聞き出すつもりだったのだ。
俺達が戦意を滾らせると、あちらも呼応して殺意を漲らせ始めた。
刹那の睨み合い。先手を取ったのは俺達だった。
「悪役令嬢、まずはテメェに借りを返す! よくも俺の女を傷付けてくれたな糞ったれが!!」
言いつつ短距離転移で第一皇子の背後に回り翼を引っ掴んで背中を押し出すような蹴りをくれてやる。
めりめりと音を立てながら翼は引き千切れ第一皇子は地上へとすっ飛んでいく。
ワンテンポ遅れてフォローに回ろうとしていた悪役令嬢だが、クリスの猛攻によって防がれ俺はフリー続行。
第二皇子は……立場上、当然と言えば当然だが殺し合いの経験が皆無のようで突然のことに呆気に取られているのが分かった。
「そんなザマでよくもまあ、戦場に出て来たな」
「や、やめ――――!」
翼を引っ掴んでぐるぐるとぶん回しその勢いに耐えられず翼がもげ、奴も同じように地上へすっ飛んでいった。
追撃で裁きの極光を放ち二人をギリギリ死なない程度に穴だらけにしてゾルタンの下へ転移で飛ばす。
後は奴が戦争終了までの間、拘束しといてくれるだろう。
ここで殺ることも出来たが後々のことを考えると旧帝国の皇族だし正式な手順に則って処刑する方が良いからな。
「あらあらまあまあ」
五分とかからず負け犬にジョブチェンジした兄弟に対する悪役令嬢のリアクションがこれだ。
総大将が獲られたってのにこれなんだから分かっちゃいたがコイツは別の目的で動いていたんだろう。
今ある情報から推察するに多分、俺なんだろうが……まるで心当たりがねえんだよなあ。
「クリス、交代だ」
「うん」
後ろに下がったクリスがアーデルハイドと主導権を入れ替える。
アーデルハイドは黒と紅の髪を靡かせながら無数の魔方陣を展開した。
「陛下が前衛。アーデルハイドが後衛というわけですか」
「おう。バランス良いだろ?」
俺は魔法と武術を併用した言うなれば魔法拳士として前に。
クリスとアーデルハイドは最低限、身の安全を守るために武に振り分けつつ魔法に比重を傾けた後衛として俺のサポートをする。
こうなる前の悪役令嬢ぐらいなら苦戦はするだろうがこの編成で倒すことは出来ていたと思う。
ただ魔王? の力を得た今の悪役令嬢は……さて、どれほどのものか。
皇子二人は楽勝だったんだがなあ。
「では、始めましょうか。わたくしとあなた方の最後の戦いを」
「ああ」
動いたのは同時だった。そして考えていることも。
互いに距離を詰め、手四つでガッツリ組み合う。どうやら右手の銃身は普通の手にも出来るらしい。
「「ッッ!!」」
俺達が組み合うことを選んだのは互いの性能を測るほどだ。
数秒で理解した。単純な膂力では奴の方が十倍近くは上だ。
距離を取るべく脱力、からの逆上がりの要領で蹴りを放つ。悪役令嬢は逃がすまいとするが、そこにアーデルハイドからの援護射撃が届き無事離脱出来た。
「アーデルハイド」
「御任せあれ」
再度、吶喊。だがさっきとは違う。
俺の動きに合わせるように闇の極光が追尾している。
「チッ……面倒な」
残心も糞も考えていない胴廻し回転蹴り。
こんな大技を普通に撃てばまず当たらないし、カウンターを食らわされるのが関の山だ。
だがサポートがあれば違う。
数百のレーザーを完全に制御しているアーデルハイドが逃げ道を塞ぐし、カウンターを潰してくれる。
すると、奴が取れる手は限られて来る。
「逃がさねえよ」
大きく後ろに飛んだ悪役令嬢。
魔力と気を混交させた全長数十メートルの光刃を勢い良く横に振るう。
これは回避させるための攻撃だ。上か下か。どちらかに逃れるしかないが、
「くっ」
そこをアーデルハイドが狙い撃つ。
そして防御による隙が生じたところに距離を詰めた俺が狙い打つ。
「カッ……!?」
見た目は様変わりしたが人体の構造自体はそこまで変わってはいないのだろう。
俺の肝臓打ちは良い具合に効いたようで、吐瀉物を撒き散らしていた。
だがここで手は緩めない。空間歪曲を利用した不規則な連打で悪役令嬢を滅多打ちにしてやる。
「ならば!!」
「ん!?」
ボコボコ、と不自然に悪役令嬢の肩が隆起し――爆ぜる。
咄嗟に結界を張って防ぐことには成功したが、悪役令嬢はアーデルハイドの下に向かってしまった。
自傷覚悟で闇の極光を突っ切るが、
「――――クリスにもそのツラ、殴らせてくれるの? ありがと!!」
ノータイムで主導権を切り替えたクリスが悪役令嬢の顎に強烈なアッパーを喰らわせる。
同時にアンヘルに主導権を切り替えたこちらも裁きの極光で追撃を放つ。
「羨ましいね。私達じゃ直接、殴るのは難しいんだもん」
アンヘルは裁きの極光を操り悪役令嬢を穿ちながら皮肉げに笑う。
「……そちらも入れ替えは出来ると思っていましたが」
悪役令嬢が大きく距離を取ったので俺達も再度、スイッチする。
「クリスの急成長が意外だったか? あれでアイツも姉ちゃん二人を傷つけられてキレてんだぜ」
「わたくしも姉なのですが」
「その責務を果たしていない方が何を言っているのですか」
「耳が痛いですわね」
「心にもねえことを」
悪役令嬢は一度大きく溜息を吐くとすっ、と片手を天に掲げた。
「切ることになるとは思っていましたが、ここまで早くとは見通しが甘かったと言わざるを得ません」
その瞳が鈍い光を帯びたかと思うと戦場の全域から黒い靄が立ち上った。
靄は意思を持つかのように悪役令嬢の下に集まって来る。
まるで蝗害のようだ。まあ、魔王には相応しい光景ではあるが。
「分け与えていた力を戻したのか」
更に禍々しくなった悪役令嬢。
こういうビジュアルの変化でパワーアップが分かるのは良いことだと思う。
「ええ。しかし、リアクションが薄いのではなくって?」
「お前のような女が切り札の一つや二つ、用意してないはずがないだろう」
それに、
「魔王と言えば変身。第二形態はお約束だろう。RPG的に考えてな」
「あーるぴ……?」
「ついでに言うとヒーローもだな。パワーアップはお約束だぜ」
俺の隣に転移して来たアーデルハイドが小さく頷く。
俺も小さく頷き返し――その唇を奪った。
瞬間、アーデルハイドの身体が光となり俺の中に溶ける。
心身が盛大に軋むが、代わりに更なる力を手にすることが出来た。
「ふふん」
「そのドヤ顔。癪に障りますわね」
俺は素直に謝る。
「すまんすまん非モテ女にゃ刺激的な光景だったな」
「……殺します!!」
第二ラウンド開始である。
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