大帝カール⑦

1.決戦


 ヴァレリアを陥落させ軍を引き入れた時点で中立派の貴族もポツポツとカールの支持を表明し出していた。

 そこに戦果という燃料が加わればもう、動きは止められない。

 風見鶏のままで居れば容赦なく滅ぼされてしまう。旗色を明確にしなければいけない時期が来たのだ。

 灰色は消え帝国は白と黒に二分された。

 戦力比としてはカール率いる新帝国軍が6、皇子二人が率いる旧帝国軍が4といったところか。

 色分けが成された以上、最早これ以上の時間は必要ない。


 ――――決戦の時、来たれり。


 九月中旬。カールは帝都への進軍を大々的に宣言し、数十万の軍勢を率いてヴァレリアを発った。

 旧帝国軍はそれを迎撃すべく兵力を結集し、帝都近郊にある大平原へ布陣した。

 皇帝暗殺から始まった内紛劇、その最後の幕が上がる。


「…………不自然に士気が高えな」


 今回は初っ端から前に出ることはなく本陣で戦の推移を見守っていたカールがぽつりと呟く。


「魔物兵、の影響では?」


 隣に控えていたアーデルハイドが言う。

 旧帝国軍はモンスターを完全制御し、兵力として使っていた。兵の総数で言えば新帝国軍の倍はある。

 召喚術師というものも存在するが、あれらは明らかに違う。恐らくはエリザベートの持つ遺失技術だろう。


「報酬の影響もあるんじゃない?」


 旧帝国軍の兵士は末端に至るまで報酬をキッチリ提示されていた。

 前払いと後払いで最低額でも二つ合わせればちょっとした財産になるだろう金額だ。


「あとは皇子二人が金に糸目をつけずに他国から招き入れたフリーの実力者達の存在も」

「どうだかな。いや、最初は俺もそうだろうとは思ってたよ? だがこれはおかしい」


 数で勝れば人はイキり始める。己が力を柱に立つ者以外の習性だ。

 だがそれは数に勝る質を目にすれば消え去る程度のもの。

 戦は今のところ新帝国軍が優勢。末端の兵士であろうとそれぐらいは肌で感じているはずだ。

 なのに士気が衰えない。これはおかしなことだ。


「まだエリザベートや皇子二人が姿を見せてねえからな。自分達には秘密兵器があると察することも出来るだろうが……」


 それにしても現場で実際に命を懸けて戦っている者からすれば不安なはずだ。

 大なり小なり士気の“ブレ”が起こって然るべきなのにそれが見えない。あまりにも不自然だ。


「魔法による精神干渉の類ならアンヘル達が気付かないわけもないし可能性があるなら……」


 言葉を濁すカールだが、クリスがそれを引き継ぎ笑う。


「遺失技術? まただよ(笑)」

「……言うなよ。俺もそう思ってたんだからさ」


 不自然なことがあれば遺失技術の一言で片付けられる現状は流石にどうかと思う。

 かと言って他に有力な理由も見つけられず……溜息を吐くカールの下に伝令が届く。


「左翼に真実男が出現しました! 勢い止まらず真っ直ぐ本陣へ向かっています!!」

「……当然だが的確に薄いとこを突いて来たな」


 シャルロット以外の実力者は既に戦場の各地へ散らして、並の兵では相手取れない連中を任せてある。

 だが全てをカバー出来ているわけではないのだ。


「私が行こうか?」

「いやまだだ。お前を切るのはまだ早い。俺が行って型に嵌めて来る」


 どうせ奴の目的は俺だし良い機会だ、と嘆息しつつカールは立ち上がる。


「二十分経っても戦いが続くようなら頼む」

「了解」


 アンヘル達との合体は軽々と切れる札ではない。

 一旦解除した際の反動を考えるならギリギリまで温存すべきものだ。

 とは言え、それでカールがやられてしまえば元も子もない。

 だから条件をつけた。二十分という制限時間を経ても尚、仕留め切れないなら使うと。

 カールは全身に気を巡らせ、そのまま本陣を飛び出し真っ直ぐ真実男の下へ向かう。


「おい見ろ! カール・ベルンシュタインだ! 野郎を殺せば――――」

「邪魔だ」


 戦場を突っ切るわけだから当然、こんなこともある……が、問題はない。

 カールはすれ違いざまに首を捻じ切り足を止めずに駆け続ける。

 そして、


「あ、あああ会いたかったよ! 僕の……僕の愛しい人ォ!!!!」

「……お前が僕っ娘だったら朕の朕が元気になるんだがなあ」


 真正面から激突する拳と拳。

 大地を抉り、空間を軋ませる衝撃に逃げ遅れた者らが吹き飛んで行くが今のカールにそれを気にする余裕はない。


「あのさぁ! 一応聞くけど今は退いてくれね?! 全部片付いた後なら幾らでも相手してやっからさぁ!!」

「うふふ、だぁめ★ 余裕のある君じゃ、ダメ。大切なものを守るためにギンギンギラギラ滾ってる君だから、良いんだ」

「糞ァ!! ホント迷惑! マジ迷惑!! 死んでくれねえかなぁ!?」

「なら、殺してみせてよ!!」


 鞭のようにしなる蹴りがカールの首にヒットする。

 真実男が僅かに目を見開く。あっさり当たったことに理解が及ばなかったのだ。

 刹那の困惑を見逃すカールではなく蹴り足を掴み引き寄せながらその顔面を殴り飛ばす。

 それでも足は離さず再度、同じことを繰り返そうとするが……。


「こん……の!!」


 フリーの片足でカールの顎をかち上げ離脱した真実男だが体勢を立て直したカールが突進をモロに受け吹き飛んでしまう。


「なるほど、この馬鹿正直にもほどがある直線の動き……僕への対抗策か」

「まあな」


 神崎から聞いた真実男のカース。

 虚実曖昧になってしまうのは間違いなくカースが原因だ。

 これを攻略するにはどうすれば良いか。既にその端緒は掴んでいた。

 己の真実を疑うことなく信じ貫き通す。何ともあやふやなことだが実際、カールは一度それで真実男に有効打を与えている。

 とは言え、とは言えだ。真実男を型に嵌めるにはまだ一手足りない。

 以前は真実男の未熟につけ込みリズムを変えるという小手先の技を使ったがあれで仕留め切れるとはどうしても思えなかったのだ。

 そこで、


「心の在り方に身体の動きも合わせたらどうだろう? って思って試してみたが正解だったらしいな」


 カールは確信を得た。このやり方が真実男を倒す正解であると。


「い、言うは易し行うは難しだ。それが僕も知らない僕の弱点とは言え正気の沙汰じゃないよ」


 避けず防がずただただ真っ直ぐに。

 痛みに怖じればその瞬間、再び虚飾の霧が真実男を包む。

 一度でも折れてしまえば二度目はない。一度折れるという時点で自分を信じ切れなくなった証拠だから。

 そんな方法を堂々と正解だと言ってのけるカールは間違いなく正気じゃない。


「でも……うん、そんな君だから僕はどうしようもなく惹かれたんだろうね」

「そういう危ない台詞は女だと判明してからにしてくれ」

「せ、性別とかどうでもよくない? 大事なのは想う心だよ」


 言葉を交わしながら互いに一歩、また一歩と近付いていく。

 そうして互いの領域が重なった瞬間、


「オラァ!!」

「はぁ!!」


 同時に拳を放った。

 深々と互いの頬に突き刺さる拳。常人であれば頭が吹き飛ぶような威力のそれだが二人の命を奪うには遠い。

 軽く仰け反ったものの直ぐに復帰して防御無視、攻めのみに重きを置いた乱打戦が始まる。


「カッ……!? テメェまで、こんなやり方に付き合う理由はねえだろうに!!」


 頭を引っ掴まれての頭突き。

 頭蓋骨が砕け散りそうな衝撃に意識が一瞬、遠退く。

 それでもカールは寸でのところで踏み堪えボディブロー。身体が折れ曲がったところで両肩に手を置き膝蹴りの連打を見舞った。


「ふ、ふふふ……ぼ、僕だって馬鹿じゃないんだ。そんなことをすれば負けちゃうだろ?」


 真実男がカールを上回っていたのは純度100%のセンスに起因する技術に加えカースの恩恵があったからだ。

 しかし、恩恵の方は既に無効化されてしまった。

 ならば技術だけで攻めれば良いかと言えばそれは否。

 確かに真実男の技術には目を見張るほどのものがあるが圧倒的な格下ならともかく相手はカールだ。

 真実男の技術は何もかもを度外視して真っ直ぐ突っ込んで来るカールを捌き続けられるほどの域にはまだ達していない。

 となればいっそ同じ土俵に上がった方がアドバンテージを取れるというわけだ。


「別にお前は俺に勝ちたいわけじゃねえだろ!?」


 両足で地面を踏み切ってからの抉り込むようなボディブロー。

 鋼よりも尚、硬い腹筋はいとも容易くぶち抜かれカールは言葉と共に血を吐き出した。


「本気の君と本気の僕がぶつかり合ってこそだろう!? 負ければ良いなんて腑抜けた性根で真実を掴めるもんか!!」


 くの字に折れ曲がったカールの後頭部に手を沿えそのまま地面に叩き付ける。

 だが追撃の手は止めない。ひょいっと飛び上がるや残像が出るほどの速度で踏み付けを始める。


(あぁ……何かもう、気持ちよくなって来たな……)


 絶え間なく襲い来る衝撃と痛みの中、カールは遠い過去を思い出していた。


『OH! ケーイ! 今日は格闘訓練だヨ!!』

『だからOKみたいに聞こえるからそれ止めろって……つか、格闘訓練?』

『Ah……ケイの言いたいこと分かるネ。アナタは表の社会なら鍛えればかなりのトコまでイケルですヨ』


 ただ身体強化が当たり前の世界では意味がない。

 術のセンスはなく、気を会得するにも年単位で時間が必要だ。

 アイテムで補うことも出来るが市場に出回る類のものは時間制限付きで使い捨て。

 緊急手段として持っておくのは良いが戦闘のメインに使うのはあまりよろしくない。

 ゆえにロドリゲスは基本はメインウェポンである罪過の弾丸を使いこなすため銃火器の訓練をつけていた。


『今回のレッスンはですね? そういう相手への対処を学ぶためのものなのデス』

『ああ、そういう。じゃあ俺は技を対処し続ければ良いのか?』

『Yes! 知恵と勇気でガンガン行こうゼ! というわけで準備は良いデスか? ワタシのコマンドサンボは凶悪ヨ!!』

『お前元米軍だろ』


 在りし日の思い出。カールはこんな時にも関わらず笑ってしまった。


「?」


 真実男はその不可解さに一瞬、動きを止めてしまう。

 それを見逃すカールではなく半ば意識を飛ばした状態で反撃を繰り出し真実男は距離を取った。


「礼を言うぜ真実男。楽しい記憶を一つ、思い出せた」


 言うやカールは前傾姿勢で両手を緩く前に突き出しすっと腰を落とした。

 そしてそのまま踵に集めた気を爆発させ、それを推進力に飛び出した。


「……ッ!?」


 多少意表は突かれたものの真実男は危なげなくタックルをカット――出来なかった。

 頭部への打ち下ろしで地面に沈むはずのカールは沈まず踏み堪えるやそのまま腕を取り顎へ肘打ちからの一本背負い。

 しかもただ投げたわけではなく投げると同時に腕を折った。

 これまでとは異なる真っ直ぐでありながら確かな技術を感じる動きに動揺していた真実男は対応が遅れ、後手後手に回ってしまう。


「どうよ? 元米兵直伝コマンドサンボの味は」


 寝技に移行したカールはガッチリと間接を極めながら笑いかける。


「うちの流派にも投げや間接技がないわけじゃないんだが……基本は打撃だからなあ。

それに、お前とやる上では相性がよろしくない。基本、その手の技は曲線的な技術だからな。

だがサンボは違う。柔の技術ではあるが剛ありき。シンプルで骨太な味が癖になるたぁロドリゲスの言よ」


「ぐ、ぎぎぎぎ……!!」


 必死に逃れようと歯を食い縛っている真実男だが無駄だ。

 完全に極まる前なら持ち前のセンスで脱することも出来ただろうが極まってしまえば後は身体能力の問題になる。

 膂力と体格で上回るカールから逃れる術はない――が、カールはあっさりと真実男を解放してしまう。


「……何の、つもりだい?」


 怪訝な顔をする真実男にカールは言う。


「よう、何で総大将たる俺様がわざわざこっちに来てやったと思う?」

「え、それは……えーっと、僕に借りを返すため?」

「んなわけねえだろ」


 アンヘル達を傷付けていたのなら何を無視してでも報復しに来ただろう。

 だが真実男によって傷付いたのは自分だ。

 殺す機会があるなら殺そうとするが別に何が何でもこの手でというほどではない。


「ジジイかシャル……相性の良さを考えると義弘あたりでも十分、対処出来ただろうな」

「戦線に穴を開けるわけにはいかないから……」

「じゃあ俺がそこに入れば良いだろ。お前とやるよか安全だしな」

「な、ならどうして……?」

「交渉だよ」


 後で相手してやるから今は退け。それを呑んでもらうのが一番だったが、直にやり合ってそれは無理だというのが改めて分かった。

 ならば次善を狙う。この時間を無駄にしないためにも。


「お前の望みを叶えてやるよ。今、ここでな。その代価としてこの戦争中は俺の下につけ」

「の、望みを叶えてやる、か。簡単に言ってくれるね確かに僕は君が僕を見つける一番の可能性だと思ってるけど……」

「安心しろ。“大体分かった”から」

「?」

「で、どうなんだ? 呑むのか? 呑まないのか?」

「断るって言ったら……」

「分かるだろ?」


 転移魔法でさっき挙げた三人の誰かと入れ替えてもらうつもりだ。

 益にならない以上、付き合う理由はどこにもないのだから。


「…………僕が約束を反故にするとは思わないの?」

「別にしても良いぜ。ただし、その時は地獄を見ると思え」


 殺しはしない。だが死ぬよりも惨いことをするつもりだ。

 折角取り戻した己を消す。アンヘルを救う研究の中でゾルタンが作り出した粗悪な精神寄生体をぶち込んでやるのだ。

 とは言えカールは具体的な内容は口にしなかった。その方が不安を掻き立てられるからだ。


「……」

「どうする?」

「い、良いよ。別に僕は帝国がどうなろうと興味はないからね。本当に君が僕を見つけ出してくれるのなら協力しよう」

「交渉成立だな」


 ふぅ、と小さく息を吐く。


「――――じゃ、仕切り直そうか」

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