大帝カール⑥

1.旧交


『せめて思い出の中の美堂くんだけは綺麗なままにしてあげて』


 皆を救出するという話をした際、神崎はそう言った。


『皆は知らないでしょう? 美堂くんが復讐に身を窶しその果てに死んでしまったなんて』


 その通りだ。俺は日常に非日常を持ち込むことはなかったからな。

 俺が何をしていたかなんて同じく裏の住人であった神崎ぐらいしか知らない。


『まあ、確かに嫌だよな。自分の友達が復讐のために散々外道働きをしてたなんてさ』

『それもあるわ。でも、それ以上に大切な友達が深い闇を抱えていたことにまるで気付けなかったことの方が辛いと思うの』


 だから皆には何も言わないであげて。

 俺は神崎の頼みを受け入れて、事故で死んだというカバーストーリーを飲み込むことにした。

 とは言え、転生してからのことについては別だ。

 俺が皇帝として立ったことも、貴族の多くを殺していることも周知の事実だからな。

 それを知らせないようにするとなれば完全に監禁するしかない。そんなのは俺も御免だ。

 引かれようが嫌われようが今の俺についてはなるべく包み隠さず話すつもりだ。


「よう、昨日はよく眠れたかい?」


 話をするために用意した部屋に入ると、既に全員が集まっていた。

 顔を見る限りではリラックス出来てるっぽいな。


「お陰様でな。でも螢ちゃん、ここって……お城、みたいな感じだけど……」

「安心しろ。キッチリ事情は説明するから」


 どっこらせと椅子に腰掛ける。

 まだ若干、合体の後遺症である気怠るさが残ってるが……回数をこなせば慣れるだろう。


「まずは今の俺の名前から教えとこうか。カール・ベルンシュタイン。新しい俺の名前だ」

「……何かお菓子が食べたくなって来た」

「チーズ味……」

「誰が麦藁帽子被った泥棒髭のオッサンだって?」


 絶対に許さんぞ。

 でもそれはそれとしてあの味が懐かしいと思う気持ちもある。


「えっと、ベルンシュタインくんって呼んだ方が良いのかな?」


 歴女ちゃんが小首を傾げながら聞いて来た。

 俺としては別にこだわりはない。どっちも大切な俺の名前だからな。


「好きに呼べば良いよ。神崎も美堂くんって呼んでるし」

「なら、これまで通り美堂くんって呼ばせてもらうね」

「おう」

「じゃあ改めて聞きたいんだけど……美堂くんってお貴族様だったりする?」


 お城に連れて来られて下にも置かないもてなしを受けたら普通はそう思うわな。


「ベルンシュタイン家は代々続く大工の家系で貴い血とかは微塵も流れてないよ」

「それなら……」

「ただ俺は今、皇帝やってるけどな」

「は?」


 良いリアクションだ。話してて楽しいぜ。


「待てよ。そういやお前ロイヤルハーレムが何とかって……」

「お、覚えてたか」

「……マジなの?」

「マジマジ。十五ん時に上京して伯父さんの店で働き始めたんだけどさ。そこで出会った女の子が実は皇女だったの」


 アンヘルの事情とかは話せば長くなるので割愛だ。

 色々あって付き合うことになったとだけ伝える。


「んでまあ、これまた細かいことは省くがその後に関係持った二人の女の子も皇女でな」

「ハーブでもやつておられる?」

「まあ、どこのエロ漫画だよってシチュなのは分かる。でもマジなんだよ。マジで俺は知らずに皇女三人に手ぇ出してたんだよ」


 手ぇ出したってか出されてだな。

 最近になって知ったけどアーデルハイドん時も俺が襲ったんじゃなくて、あれ魔法使われてみたいだし。

 アンヘルには押し倒され、アーデルハイドには魔法で理性を飛ばされ、クリスには薬を盛られ……。

 おいおいおい、改めて思ったがやべえなコイツら。今は普通に全員、好きだけどそれはそれとして危険人物待ったなしだとは思う。

 自発的に手ぇ出したの庵だけじゃねえか。


「ちなみに恋人四人居るんだけど三人が皇女でもう一人は邪神を封印する血族の末裔なんだよね」

「ハーブでもやつておられる?」

「いやだからマジなんだって」


 頭悪い男の妄想だろって言いたくなるのは分かるけどさ。本当にあったエロい話なんだよ。


「つってもつい数ヶ月前までは皇女だなんて知らなかったんだけどな」

「そうなの? じゃあ何で皇帝なんてものになってるのさ」


 神崎が暗殺に来たことを除き、大体のあらましを説明すると皆の顔が気遣わしげなものに変わった。

 安心させるように笑顔を作り、俺は言ってやる。


「心配すんな。今んとこ優勢なのは俺らだ。後は決戦に勝利することが出来りゃもう何も憂いはねえ」


 プロシア帝国が滅びベルンシュタイン帝国になる頃にゃアンヘルもアーデルハイドも完全回復しているだろう。

 核ミサイルを無制限に撃てるようなもんだから他国の脅威とかはあんまり心配してない。


「そうか。それなら良いんだが……」


 ほっとしたようだが、直ぐに複雑な表情に変わった。

 言いたいことは分かるがそれをコイツらに言わせるのは酷だろう。


「俺は人を殺しているよ」


 皆が息を呑む。


「意味もなく殺したことは誓って一度もない。俺が人を殺める時は何時だって俺の大切なものを守るためだ。

今回もそう。舐めたことをした連中への報復として女や子供にも手をかけたが後の禍根を絶つためでもある」


 だからと言って現代日本で生きていた彼らに殺人を肯定することは出来まい。

 これで俺が罪悪感の一つでも抱いてりゃ話はまた変わって来るんだろうが……。


「そして俺はそのことに悔いも恥も抱いていない。

俺は俺に恥じない生き方をして来たし、これからもそれを貫くために更に人を殺めることもあるだろう」


 そこまで言い切って一度、言葉を止める。

 嫌悪……は思っていたほど少ない。嫌悪感を抱いている奴らにしてもそれは殺人への嫌悪であり俺への情は消えていないように見える。

 一番多いのは困惑と、心配か。


「別に無理はしちゃいないよ。平和な現代日本じゃ気付かなかったが……どうも俺はわりとヤンデレ気質だったらしい」


 冗談めかして言うと少しだけ空気が軽くなった。


「思うところがないわけではないけど、それでも……やっぱ美堂は美堂だと僕は思う」

「あたしも、怖くないかと言ったら嘘になるけどさ。それでもあんたは、変わってない」

「じゃなきゃ俺達を助けに来たりはしなかっただろうしな」

「それにあっちの常識で、どうこう言うのは違うっしょ」

「こっちでも普通に人を殺せば犯罪だけどな」

「フォローしてんのに余計なこと言うなよ」

「その気持ちだけで十分さ」


 それより、だ。


「皆がどう思おうと俺は皆を友達だと思ってる。だから、皆のために出来ることをするつもりだ。

国が安定したら日本に帰る方法がないかを探してみるよ。……ただ、正直望み薄だと思う。

そういうことに詳しそうな奴に聞いてみたがそもそも異世界なんてものが存在してること自体、初めて知ったみたいだしな。

だから並行して皆がこの世界で馴染めるよう常識やら何やらを教えたいと思う」


 何か身につけたいスキルがあると言うならその補助もしよう。

 この世界に根付くことが出来るようしっかりフォローするつもりだと伝えると、


「……ありがとね、美堂」

「悪いな。お前も大変だろうにそこまで気ぃ遣わせちゃって」


 多少ショックは受けているみたいだが、皆はそれなりに受け止められたらしい。

 普通ここはもっとごねたり取り乱したりする場面だと思うのだがと首を傾げていると、


「そりゃ半年以上も時間があったんだから大なり小なり覚悟は出来るっての」

「あ」


 そういやそうだったわ。

 何もすることがない状態で半年だからなあ。否が応でも考えさせられるわな。


「そういやさ、雅ちゃんは美堂くんと一緒に戦ってるんだよね?」

「ああ」


 フェイクを入れつつも神崎についての事情は本人が既に説明してある。

 元々裏の人間で常識を学ぶために学校に通っていたって感じだ。

 こっちの人間に力を見抜かれ使われていたのを俺が偶然、保護したということになっている。


「雅ちゃんって結構ポンコツだけど大丈夫なの?」


 神崎ェ……お前、皆にもクール気取ってるポンコツだってバレてるじゃねえか……。

 やるせない気持ちになりつつ俺は質問に答えてやる。


「頭使わせるとアレだが戦う分にゃ普通に強いよ。良いように利用してくれたアホどもに目にもの見せてやるって張り切ってるよ」

「そっか。でも、やっぱり心配だし美堂くんも気をつけてあげてね?」

「おう」


 神崎の世話については今更だ。

 コンビ組んでた時も俺がブレーンで、アイツが武力担当だったわけだしな。


「にしても……喋ってる感じは美堂なのに外見が全然違うのは……こう、戸惑うよな」

「背ぇ高過ぎじゃない? 筋肉も何をどうすればそんなになるんだよ」


 前世でも170後半ぐらいはあったが、今は190超えちゃってるからな俺。

 体重も以前は60ちょっとで今は100以上。自分でもどうかと思うぐらい育ってるわ。


「ベルンシュタイン家は代々、恵体なんだわ。親父も伯父さんもタッパはデカイし鍛えてるわけでもねえのに筋肉あるし」


 俺の場合はそこに地獄のようなジジイのシゴキも加わったせいだろう。

 あと、修羅場を潜り抜けていく内に自然と肉体が研ぎ澄まされていったってのもある。


「この長い脚から繰り出される蹴りが俺の必殺技なんよ」

「必殺技て」

「そういや何かビームみたいなんも撃ってたよな。あれは?」

「あれは魔法。つっても俺単独じゃ使えんがね。ああでも、気なら使えるぜ」

「気。これまたファンタジーなバトル用語が出て来たわね」

「折角だし少し見せてやろう」


 ハッ! と短く息を吐いて気を発露する。

 雷が迸る紫のオーラを全身に纏いながら俺はクイ、と親指で自分の顔を指して告げる。


「オレは……スーパーカールだ!!」

「漫画か」

「でもカッケー……な、なあそれって俺にも使えたりすんの?」

「いや魔法使いのがカッコ良くね? 俺は魔法が使いたい」


 それは……どうなんだろう?

 人体の組成があっちと完全に同じかは分からんしな。

 ただ、神崎は魔術を使えてるみたいだしあっちの技術なら素養があれば使えるかも?


「あとは……カースを授かればワンチャン」

「え、呪い?」

「は?」

「いや今、カースって言ったでしょ? 呪いとかもあるのかなって」

「ああいや違う違う。あっちと似たような言葉もあるから勘違いしがちだがこっちじゃカースは祝福の意味なんだよ」

「へえ」

「カースってのはDR教ってとこの神様が授けてくれる――分かり易く説明すると才能・異能ガチャのことだな」

「…………宗教とかはちょっと」


 現代日本人的には引くよな。


「DR教はクッソ緩いから他宗教の人間であろうと普通にカース貰えるから入信する必要はないよ」


 ただ、人によっては刻印が難点かな。

 俺は上着を脱いで背中を皆に見せてやる。


「カースを貰うとこんな風に刻印が勝手に刻まれるから刺青はちょっとって奴は止めといた方が良いかもな」

「それは……結構、大きいなあ。あたしらが日本に帰れたとしたら、ねえ?」

「まあ時間はあるんだしそこらもゆっくり考えりゃ良いよ。欲しい奴は言ってくれ。教会に連れてくから」


 見た感じ五、六人ぐらいは乗り気のように見える。

 特別な力を得られるかもしれないという期待……ではない。割り切りだ。

 彼らはもう心の底から日本への帰還は不可能だろうと見切りをつけている。

 ゆえに少しでも手札を増やそうとしているのだろう――ホントに学生かコイツら?


「ちなみに俺の親父はサンドイッチを美味しく作る才能をゲットしたぞ」

「神様に恵んでもらわんでもちょっとした努力で何とかなるだろ」

「それな」

「美堂くんは?」

「俺? 俺はまあ、そう大したもんでもないよ」


 役に立たないわけではないんだがなあ。ロイヤル竿姉妹とのあれやこれやでは役に立ったし。

 だが、アンヘルの例を除けば自前の観察力でも何とかなっただろうことは想像に難くない。ちょっと手間が省けた程度だ。

 今となっては軍略や政治の才能とかのが喉から手が出るほど欲しい。

 (強盗で稼いだ金で)課金するからもっかいぐらい抽選やってくれねえかなぁ……。


「基本、ソシャゲで言うと大体がNかRぐらいのしか出ねえから受ける気ある奴はそこまで期待しない方が良いぞ」

「夢がねぇ……」

「ねえねえ美堂くん。時間があるのならもっとこの世界の話を教えてくれないかな? 具体的に言うと歴史関係」


 歴女ちゃんが目を煌かせながら迫って来る。


「時間は全然大丈夫だが……歴史ねえ。自分の国の歴史さえロクに知らないからなぁ」


 ああでも、葦原の話はしてやれるな。

 何の偶然か織田信長や武田信玄、上杉謙信なんて名前も出て来るし皆も楽しめそうだ。


「大陸を東に進んで海を渡った先に葦原って国があってだな……」

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