大帝カール⑤
1.真っ赤な空を見ただろうか
してやられた。誰が悪いのかっつったら間抜けな俺が悪い。
神崎の立場は鉄砲玉だ。話を聞いても大した情報は持っていなかった。
一応、真実男の目的については知れたがそれは別枠だ。戦争そのものとはまるで関係のない話である。
悪役令嬢について聞いた時もロクに会話を交わしたこともないから知らないとのことだった。
だから俺と神崎の繋がりについては知るはずもないと、そう思い込んでいた。
放送局での戦いでも神崎のことなんてまるで気にしてなかったし尚更だ。
……あの女は、そんな可愛いタマじゃないと分かってたはずなのにな。
これは推測だが多分、神崎は俺の放送を見ていたんだろう。
そしてその様子を悪役令嬢も見ていた。そこから何かしらの関係性があるのだと察し埋伏の毒として利用することを考えたんだろう。
実際、その効果は覿面だった。俺一人じゃあ、確実に死んでたと断言出来る。
ってか、この状態でさえギリギリだった。
「局地的な重力崩壊。
あの現象でこの威力を再現しようと思えば一流の魔道士を百人ぐらい集めて大々的に準備しないと不可能だろうしアーティファクトって線もまずない。
こんなことが出来るアーティファクトを作れるのなら帝国は大陸を統一していたはずだ。
いやそもそも、だ。
「あれ、魔法じゃねえだろ?」
魔法だったら事前に感知出来ていた。
そうじゃないから対応が寸前になってしまいギリギリの綱渡りを強いられたのだ。
「御名答。
「……素直に答えるとは思わなかったな」
それよりも、遺失技術だと?
ルーツは多分……だとして、コイツが何でそんなものを?
テロのために強力な兵器を求めて? それは何か――――
「ええ、わたくしも伺いたいことがありましたので。等価交換ということで一つ」
「聞きたいこと?」
「……その狂気染みた所業についてです。陛下は皇子達に報いを受けさせれば後はどうでもよろしいので?」
咎めるような視線が俺に向けられる。
狂気染みた所業ってのは……合体(NOTエロ)のことだろうな。
「二つの肉体と魂を溶け合わせるなど……わたくしのことをどうこう言えた義理ですの?」
「ククク」
「何がおかしいのです?」
「お前、処女だろ」
「は? いきなり何を……」
「ああ、肉体的な意味じゃねえぞ。精神的な意味での話だ」
多分、初恋も経験してないんだろうね。
ああ、潤いのない人生を送ってるようで同情しちまうぜ。
だったら盛大に惚気てあげなきゃね。
おうとも、幸せのお裾分けだな。
「確かにお前の見立て通り俺とアンヘルは混ざり合ってる」
俺が魔法を使えるのはそのお陰だ。
アンヘルと合体してなきゃ皆を守るどころか自分の命さえ怪しかっただろう。
「だが、完全に溶け合ったわけじゃあない。パーセンテージで言うなら99%ぐらいだな」
「それは殆ど……」
「分かってねえな。残る1%が絶対の壁なんだよ」
俺がアンヘルでアンヘルが俺で。
完全に溶け合ってしまえばもう二度とは戻れないし精神も不安定になって早晩壊れてしまうだろう。
だが決してそうはならない。俺とアンヘルを隔てる1%の壁がある限り俺達は決して一つにならない。
「二人が一つになっちまったら抱き締められねえだろ」「二人が一つになっちゃったら愛せないでしょ」
俺は俺でアンヘルはアンヘル。合体してもそのラインは絶対に譲らない。
目と目で通じ合うことも。言葉を交わし想いを伝え合うことも。
愛しさ極まり抱き締めることも。唇を重ねて愛を確かめ合うことも。
一つになっちまったら出来やしない。そんなの俺もアンヘルも御免だ。
「アンヘルが愛した俺で在りたいと願う気持ちが」「カールくんが見つけてくれた私で在りたいと願う気持ちが」
とびっきりの笑顔で言ってやる。
「今の
まあ、それはそれとして負担は糞ほどキッツイんだが。
1%の壁が融合を解除しようと反発するのを無理矢理抑え込んでるからな。
ただ悪いことばかりでもない。反発によって生じる力が俺達の気や魔力の出力を上げてる面もあるのだ。
「まあお前には分からんだろうがな」「幸せでごめんね?」
「……」
イラッ、としてる顔だ。
イラッ、としてる顔だね。
スカっとしたわ。
スカッとしたよ。
「はぁ……やけっぱちになったわけではないようで安心致しましたわ。ええ、それでは退屈にもほどがありますもの」
「退屈、ねえ」
お前は、更に言葉を続けようとするが悪役令嬢はそれを遮り告げる。
「結構。これを防がれた以上は策謀でどうこうというのはもう無理でしょう」
悪役令嬢はスカートを摘まみ上げ、一礼する。
「であれば、最後は真正面から。決戦の日を楽しみにしておりますわ陛下」
「……ここで決着をつけるつもりはない、と」
「お互いここで殺り合うのは不利益にしかならないのではなくって?」
ちら、と奴は俺の背後を見た。
「そうだな」
助け出した皆に万が一があっては悔やんでも悔やみ切れない。
ジジイもそこを理解しているからこそ、土中で俺の指示を待ってくれているのだ。
「でもまあ、これぐらいはさせてくれや」
不意討ち気味に裁きの極光を一発だけ撃ち出す。
奴は取り出した短剣でそれを切り裂こうとして、
「ッ」
寸前で回避に切り替えた。
どうやら、俺の仮説は当たっていたらしい。
「アンヘル達を襲った状況を聞いたが、やっぱその短剣が魔法を阻害する種だったわけね」
アーティファクトではない。
アンヘルもアーデルハイドもそう断言していたので、あれも遺失技術の一つなのだろう。
古代兵器とか男の子的には超燃えるが、使われる側になると鬱陶しいだけだな。
「魔法特攻の兵装。だが、気には通用しないみたいだな」
気を断ち、その発生を阻害出来るようなら放送局での戦いで使ってただろうしな。
とは言えこちらを油断させるために敢えて伏せていた可能性も零ではない。
だから試させてもらった。裁きの極光に気を混ぜたらどうなるのか。
結果はご覧の通り。
「……抜け目のない御方」
「お前もな」
それ以上は何も言わず、悪役令嬢は裂け目を通ってこの場から去って行った。
一つ溜息を吐き、俺は改めて皆に向き直る。
「悪いね。怪我はないか?」
「あ、あたし達は大丈夫だけど……美堂、一体何が……」
「まー、そこらの説明は後日だな。とりあえず安全な場所に連れてって今日は一晩、ゆっくりしてくれ」
「……まあ、別に良いけどさ。あの、その人らは……」
「え? ああ」
クラスメイトの一人が周囲で呻き声を上げている屑どもを心配そうに見やる。
神崎からの頼みもあるし、俺は猫を被らねばならない。
「大丈夫。近くの連中に連絡を飛ばしてやったから直、仲間が保護しに来るだろうさ」
「そ、そうか。それならまあ……良いのかな?」
「……襲って来た奴を放置するのもどうかと思うが」
「まま、雑魚のことはどうでも良いだろ。とりあえず転移させるから整列してくれ」
言われるがまま皆は綺麗に整列してくれた。
俺は一つ頷き、転移で皆をヴァレリアへ飛ばす。転移先では神崎達が待機しているので大丈夫だろう。
「ジジイ」
呼びかけると先ほどまで悪役令嬢が立っていた場所の土が盛り上がり、ジジイが姿を現す。
「なるべく凄惨に殺すんじゃな?」
「おう。死体は皇子陣営に属するどっかの都市にでもばら撒いてやろうぜ。あ、顔は傷つけるなよ? 誰か分からなくなるから」
俺がそう告げると馬鹿どもの中の一人が焦ったように叫ぶ。
「な、何で……見逃して、くれるんじゃ……」
「はぁ? 殺そうとしてた相手に慈悲を求めるんじゃねえよみっともない」
これは俺の殺意もあるが、それ以上に俺の中のアンヘルの殺意がやばいのだ。
静まれ! 静まりたまえ! さぞかし名のある女神と見受けたがなぜそのように荒ぶるのか!? って感じ。
なので祟り女神様を鎮める贄になってもらおう。
「じゃ、殺すから」
2.帰還
部屋に転移で帰還すると同時に、俺達は融合を解除した。
途端に襲い来る虚脱感に足元がふらつくが、俺のことよりアンヘルだ。
鍛えてる俺ですらこれなのだからアンヘルの方がしんどいに決まっている。
アンヘルを抱き留めた俺はそのままソファに倒れ込む。
「兄様、アンヘルさん、お水です」
部屋で待機してくれていた庵が冷たい水を持って来てくれたので礼を言って受け取る。
キンキンに冷えた水を口の中に流し込む。五臓六腑に染み渡る美味さだ。
「う、うめえ……うめえよ……」
「お水がこんなに美味しく感じたの、はじめてかも」
アンヘルはお嬢様だからな。
疲労困憊になるまで身体を動かすこともなかっただろうし、水の美味さを知らんのも無理からぬことだ。
「ところで兄様、予定より随分と時間がかかっていたようですが……」
「一体何があったんだい?」
「悪役令嬢に裏を掻かれた」
これこれこうこうと説明をしてやると皆の顔が険しくなった。
特にゾルタンは遺失技術という部分が気になるようで思案げにぶつぶつと何ごとかを呟いている。
「カールくん……」
「廃棄大陸由来、だろうな。人造神なんてものを作れる文明なんだ」
重力崩壊を起こす兵器なんて代物を作れてもおかしくはない。
八俣遠呂智が廃棄大陸由来の存在だと仮定するなら、だが。まあ明確な証拠は出ちゃいないが間違いないと思う。
それより気になるのは何故、悪役令嬢が遺失技術の産物を所持しているかだ。
いや廃棄大陸に渡り、その文明の名残から発掘したんだろうが……そもそも何で廃棄大陸に行くことになったかが分からん。
「テロのために有用な兵器を求めて、じゃないの?」
「クリス。それなら何でアイツはこれまでのテロでそれらしい兵器を使わなかったんだ?」
明らかに異質な代物を使っていたのなら情報が出回るはずだ。
アズライールに頼んで悪役令嬢の情報を集めさせたがアイツは自分の武力と知力のみで混乱を起こし続けていると見て間違いない。
遺失技術らしきものを使った痕跡は見受けられなかった。
「使うまでもなかったからじゃない? でもお兄ちゃん相手だとそれは苦しいから……」
「使ったってか? そう単純な問題でもなさそうだがな」
「ではカールさんはどう御考えなので?」
「分からん。だが、正直かなり嫌な予感はしてる」
帝国だけに留まらない。もっと広く根深い何かがあるんじゃないかと直感が警鐘を鳴らし続けている。
「……だから癪ではあるが決戦では奴を殺さない。捕縛して情報を聞き出すべきだと思う」
アンヘル、アーデルハイド、クリスの三人を見る。
俺の女を傷つけたことを許すつもりはない。
だが、巡り巡って俺の女に別の被害が襲って来るというのなら一度は呑み込もう。
とは言え直接の被害を受けたのはこの三人だからな。コイツらが殺したいというのなら俺もそうしよう。
「私はカールさんに賛成です。カールさんが大好きだから、という理由ではなく私自身も知るべきだと判断したからです」
「私も同意見だよ。カールくんと一緒にアレと戦ったからね。この不吉と不安の正体を知るためにもアレから情報を聞き出すべきだと思う」
「クリスはまあ、ムカついてはいるけどお姉様やお兄ちゃんがそう言うなら別に良いかな」
「……悪いな」
「良いよ。必要なことだもん」
水のおかわりを貰い、一気に飲み干す。
話すべきことも話せたし、少し落ち着けたわ。
「時にアンヘル様。データをまとめたいので融合についての詳しい話を聞きたいんですが」
「融合なんて味気ない言い方止めてよ」
「……まあ僕が途中で投げ出した研究だから好きに名づけても良いですけど……何と呼べばよろしいので?」
「身魂合体とかどう? あ、これは新婚さんにかけたネーミングでね」
まあ、身体と
「にしても……ふふ、私って二つの意味でカールくんの初合体貰っちゃったんだよね」
あからさまにマウント取り始めたぞコイツ。
つかエロい方の合体はともかくとして物理的な合体とか普通はしねえよ。
「「「……」」」
――――よし。とりあえず逃げよう。
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