大帝カール④

1.忍者じゃないで御座る


 まるでラノベだと最初は笑った。異世界転移とか、完全に物語のそれだろうと。

 だが特別な力を得ることもなければ、優しい誰かが手を差し伸べてくれることもない。

 自由を奪われたまま半年以上の時間が流れてしまった。


「…………何時まで続くんだか」


 一クラス丸まるぶち込んでも尚、余裕がある大きな談話室。

 就寝時以外は皆、ここに移される。その方が管理し易いからだろう。

 談話室と言っても基本的に良い意味での会話はない。最初はそこそこあったが今は殆ど皆、何をするでもなくボーっとしているだけだ。

 俺もまた何をするでもなく時計を眺めていたんだが、クラスメイトの誰かが愚痴をこぼした。

 これが最初ではない。もう何度も似たような愚痴を聞いている。

 最初こそ気が滅入るから止めろとまた別の誰かが言って諍いが起きていたが今はもう、それをする気力もない。

 別段、劣悪な環境ってわけじゃない。三食しっかり食わせてもらえているしトイレだって自由に行ける。

 寝床も集団ではあるが、男女が分けられているし風呂も週一で入れる(監視つきだが)。

 だが、そういう問題ではないのだ。俺達三十七人――いや、神崎は最初の段階でどこかに連れて行かれたから三十六人か。

 囚われている俺達三十六人は自由を当たり前のものだと認識していた現代人なのだ。


 ――――無機質な不自由は俺達の心を確実に蝕んでいた。


 どうしてこんなことになってしまったのか。誰も何も教えてくれない。

 異世界に来た理由も、囚われた理由も。

 それらを知ったところで何が変わるわけでもないのかもしれない。でも、無知で在ることは苦痛だった。

 生きながらに死んでいくようなこの感覚。俺は、恐ろしい。


「ッ」


 苦しみから逃れるように身を捩る。ふと、暖炉の上に置いてある美堂の遺影が目に入った。

 横Wピースをしながらウィンクを飛ばし、舌を出して笑うアホみたいな――それでも、アイツらしい遺影。

 三年間同じクラスで過ごし、一緒に卒業するはずだったのに去年の冬、事故で死んでしまった俺の……俺達の親友。

 卒業旅行にあたってアイツも一緒にと誰ともなく言い出して後見人の方に遺影を借りたんだが……ほんと、暢気な面しやがって。


「…………美堂が居たら、どうしてただろうな」


 思わずそう口にしてしまった。

 別に返答を期待していたものではないけど、


「螢ちゃんが異世界に飛ばされたなら……そうだなあ。

“異世界転移キタァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!

おいおいおい、これは俺の愉快痛快サクセスストーリーが始まっちゃうんじゃねえの?!

ハーレムとか築いちゃう流れだろこれ絶対! 貴族のお嬢様とか! 女冒険者とか! エルフとかも鉄板だな!

おっと、ケモっ娘も忘れちゃいかんな。発情期になると超エッチになるケモっ娘を! やべえな、すげえな、流石俺だわ!!”――とか言いそう」


 言いそうだ。


「ってか言うよね」

「エミュ精度が高過ぎて笑っちゃうんだけど」

「まあでも、速攻で監禁されるわけだが」

「いやいや、それでもアイツは口が上手いし俺らを捕らえた奴らの懐に入って良い感じにやりそうじゃない?」

「美堂くんのコミュ力ってどうかしてるもんね」

「それな。猥談してる工事現場のおっちゃん達の中にふらっと入ってって一緒に盛り上がるぐらいだからな。しかも仕事終わりに飯まで食いに行ってる」


 それからしばらく美堂の話で俺達は盛り上がり、気分が幾らか上向いた。

 アイツが死んだ悲しみは今もあるけれど……それでも、アイツならこんな状況でもきっと諦めない。

 前を向いて少しでも状況が良くなるように考えを巡らせていると思えば、凹んでるのが馬鹿らしくなって来たのだ。

 と、その時である。耳に談話室の扉が開く音が聞こえた。そう言えばそろそろ夕飯の時か――――


「ぇ」


 190はあるだろう日本人離れした長身。衣服越しでも分かるギッチリと絞り込まれた筋肉。

 それらがどうでも良くなるほど、その男の出で立ちは特異だった。

 全身を覆う黒の装束。忍と刻まれた鋼の額当て。

 これはどう見ても……。


「え、忍者?」


 皆が思わずそう口にしてしまった。

 どう考えても看守には見えない謎の不審者に迂闊な発言だったかと一瞬、緊張が走るが……。


「違うで御座る。拙者、忍者じゃないで御座る」

「御座るって言った? 今御座るって言ったわよこの人!!

「やっぱ忍者じゃん!」

「コイツ絶対忍者だよ!!」

「ちょ、あの、マジ止めてくれねえで御座るか? 拙者、そういうレッテル貼りめっちゃ嫌いなんで御座るけど」


 レッテル貼りも何もデカデカと看板掲げてるじゃねえか。忍者って書いてんだろ。

 謎の忍者は溜息を吐き、どこからか取り出した手裏剣とクナイでジャグリングを始めた。

 どう考えても忍者だ。


「さて。改めて自己紹介をば。拙者の名はサスケ・ザ・モンキージャンプに御座る」

「隠す気ないですよねあなた!? 佐助ですよね! どう考えても猿飛佐助ですよね!? 忍者ですよね!!」

「サルトビィ? ちょっと何言ってるか分かんないで御座るね」


 歴女のクラスメイトが叫ぶ。

 彼女は史実も好きだが、創作寄りの話も大好きなのだ。

 しかし……何だこの妙な既視感……。


「ってか、何なんだよあんた? どう考えても看守じゃないし……」

「! ひょっとして異世界人を捕らえてるってのが他所にばれて奪いに来た、とか?」


 その言葉で皆に緊張が走るも、サスケはカラカラと笑い飛ばした。


「安心召されよ。拙者は諸君らを助けに参ったので御座る」

「助けに……? 怪しい奴が使う常套句じゃん」

「ああ。悪人ってのは笑顔で擦り寄って来るもんだ」

「あらやだ、防犯意識がしっかりしてるで御座る」


 そうは言いながらも皆はサスケに警戒心を抱き切れずに居るように見えた。

 というか俺もそうだ。普通こんな糞怪しい忍者男が現れたら警戒して、会話どころじゃないと思う。

 俺達は異世界で、力のない囚人って立場だからな。

 なのに自然と、それも気安く話せてしまう。そのことがどうしようもなく不気味で、だから刺々しい言葉を敢えて使っているんだと思う。

 そしてサスケ。コイツも言葉とは裏腹に楽しげだ。


「助けたいってのは嘘じゃねえよ」

「…………何で?」

「何でって」


 サスケは覆面を剥ぎ取り、


「――――友達を助けるのは当然のことだろ?」


 笑った。

 俺も、皆も、その笑顔に言葉を失う。

 日本人のそれとかけ離れた容貌で、だけどその笑顔は疑いようもなく……


「…………み、どう?」

「イエス! ツラ良し! 性格良し! その他諸々、ヨシ! ヨシ! ヨシ!」


 やけにキレのある動きで左右に指差し確認をする姿はアホそのもの。

 俺達は知っている、この思わず笑っちゃう馬鹿を知っている。


「猫さんも太鼓判を押す噂の快男児、美堂螢たぁ俺のことよ!!」


 デデン! と大見得を切るサスケ――美堂に胸がいっぱいになる。目頭が熱い。

 言葉にならない感情がこの胸を満たしていくのが分かった。


「おっと。感動の再会で抱き付くなら女子だけにしてくれよ? 男に抱きつかれても腐った方に餌を与えるだけだからな」

「死ね!!」

「感動して損した!!」

「お前は……ホント、美堂だな!!」

「つか抱きつかないわよ。自惚れんな馬鹿」

「……そ、そうね」


 ぐだぐだになった空気。でも、これで良かったのかもしれない。

 美堂からしても変にしんみりされるのは困るだろうし。

 あいつは大好きな爺ちゃんが死んだ時も悲しみを仕舞い込んで明るく振舞ってた奴だからな。


「あの、さ。お前が美堂なのは分かったけど……」


 クラスメイトの一人が言い難そうに切り出す。

 まあそうだよな。お前死んだのに、なんて言えるわけがない。


「事故で死んだ俺が異世界に転生してロイヤルハーレム作った件について」

「薄々そうじゃないかとは思ってがマジでそういうアレかよ!!」

「お前の葬式で流した涙は何だったの?」

「香典返しなさいよ!!」


 明らかに俺達の知る美堂螢の容姿とはかけ離れているから……そういうことなんだろう。

 だが皆が言うようにこう……こう……何とも言えないものがある。

 また会えたのは嬉しいけど、異世界に飛ばされるなんてことがなければ美堂が元気にやっていることを知れなかったわけだし。

 知ったら知ったでこの一年あまりの時間は何だったのかと……。


「ワハハハ! まあ細かい事情は後回しだ。今ジジイが準備を……」

「待って美堂くん! 神崎さんが……」

「安心しろ。神崎はとっくに保護してある。そもそも、皆の存在を知ったのも神崎から聞いたわけだし」

「そう、なの?」

「ああ。それで俺がダチに情報を探らせてここに俺が来れたってわけだ。っと、ジジイから合図が」


 その瞬間、美堂の表情が焦りで塗り潰された。


「――――そういうことか糞ったれ!!!!」




2.我が妹ながら狂ったことをしますわね


 薔薇の監獄を中心に発生した局地的な重力崩壊。

 遠目で見れば突然、黒い球体が出現したようにしか見えないがその内部は地獄のそれだろう。

 一筋の光さえ差さぬ闇の中を渦巻く破壊の嵐。巻き込まれてしまえば殆ど詰みだ。


「……さて、どうなるでしょうか」


 安全圏からその様子を眺めていたエリザベートがぽつりと漏らす。

 そう、これは彼女の仕込みだった。

 調べてもそれらしい痕跡は出て来なかったが神崎雅とカール・ベルンシュタインには間違いなく関わりがある。それもかなり深い関わりが。

 大義よりも私情を優先するカールが神崎を殺すとは思えない。必ず奪取するという確信があった。

 ゆえにそれを利用してやろうとエリザベートは放送局への襲撃に神崎を加えたのだ。

 と言ってもどうやって救出したのかまでは分からなかった。

 実際に理解したのはヴァレリア襲撃でシャルロット・カスタードクラスの人間が複数存在したことが割れてからだ。


「どうなるも糞もこの状況だ。まず生きてはいまいよ」


 エリザベートの隣に居た男がクク、と喉を鳴らす。

 彼女の周囲には五十人ほどの人間が一緒に居た。カールの反撃が始まった日から皇子らが大金をはたいて国外から呼び寄せた大陸の実力者達である。

 万が一生きていた場合に備えて連れて行けと同行させられたのだ。

 が、エリザベートにとってはお荷物以外の何ものでもなかった。


 放送局での戦いによりカールの実力はほぼ正確に測れた。

 人質達を守ろうとそちらにも気による防御を施せば共倒れ。詰みだ。

 自分の命だけを守ることに集中すればギリギリ、重力崩壊には耐えられる。

 だが致命に近い傷を負うのは間違いないし気も使い果たしてい活性の気による回復も望めないだろう。

 数なんて必要ない。自分一人でも殺れる。仲間の存在があっても関係ない。

 エリザベートはカールの計画を完全に読み切っているからだ。


(少数……自分を含めて最大でも三人ぐらいでしょうね。潜入するのは。

とは言えあちらもあまり人を動かしたくないでしょうし本人とシステムを操作するための人員で二人が現実的ですわね。

転移による増員も重力崩壊に伴う空間異常は広域に出ていますし、しばらくは不可能)


 事前にどこかに待機している可能性もなくはないがこの状況で出て来ていないなら居ないと考えて良いだろう。

 であれば問題はない。諸共に殺せるだけの手は用意してある。

 エリザベート一人で十分……どころか、同行者の存在は邪魔だ。

 彼らは金で雇われた輩で、連帯感など欠片もありはしない。

 手柄のために足を引っ張り合う可能性があり下手をすればあちらが付け入る隙になってしまう。


(まあ、こうなってしまった以上は仕方ありませんが……さて、そろそろですわね)


 十分ほどが経過した。

 そろそろ重力崩壊は終わる。空間の異常はしばらく残るが普通に活動する分には問題ない。

 エリザベートはゆっくりと形成されたクレーターの下まで歩いて行き、それを目にする。


「これを、切り抜けますか」


 致命に近い重傷を負いながらもカールは異世界人達を“魔法による結界”でしっかり守り通していた。

 その事実を認識しエリザベートの頭は一瞬、完全に真っ白になった。


「…………我が妹ながら狂ったことをしますわね」


 カールの頭髪は半分が雪のような純白に染まり背中からは白い魔力が翼のように噴き出している。

 それだけでエリザベートはカラクリを看破し、普通に引いた。


「うっそだろ……いやだがチャンスだ! あの傷なら楽に殺れる!!」

「あ、お馬鹿」


 同行者達も動揺はしていたが、それでもエリザベートよりも早く思考を切り替えていた。

 カールが何をしたかを理解出来なかったせいだろう。

 我先にとクレーターに飛び込む姿を視認した時にはもう手遅れだった。


裁きの極光ガンマ・レイ


 カールの背後に展開された魔方陣から数百の光線が放たれる。

 不規則な軌道を描きながら凄まじい速度で進むそれは襲撃者達の手足を吹き飛ばし、肺を正確に貫いた。

 生きてはいるが活性の気や回復魔法でも欠損はどうにもならないし、彼らはもう戦力にはならない。


「み、美堂! ちょ、あんた……だ、大丈夫なの!? ボロボロじゃない!!」

「ん? ああ、大丈夫大丈夫。これはアホを釣るために敢えてこうしてるだけだし」


 言うやカールは回復魔法で自らの傷を完全に消し去ってしまった。


「さて、これでゆっくり話が出来るな? 悪役令嬢」

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